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品品喫茶譚 第93回『姫路 大陸 木山捷平展でシングするのこと』

朝早く姫路に着いたので、大陸でモーニングを決めることにした。
私は大抵、細長く奥まった店内の一等手前、入り口からすぐの席に座ることが多く、このときもその席をチョイスした。
以前、文学フリマ東京で私のブースに寄って下さったお客さんから、この店をテーマに作った『大陸』(そのままである)という曲をお店の方が知って下さっている、という情報を得ていたため、今日はギターも担いできたし、髪型も昔からの私のトレードマークじみたおかっぱにかなり戻ってきているし、なんならこれから姫路文学館でギグもある。これは恐らく話しかけられるだろうと思った。
曲まで作ってくれてありがとうね。
いえいえ、好きでやっているんです。
むしろ許可もなく勝手なことをしてすいませんでした(てへへ)。
うふふ。本当にいい曲で、この店のテーマソングだと思っているわよ。
とか、こんな具合のやりとりになるかもしれない。いずれにせよ、ご挨拶することは悪いことではない。
モーニングが運ばれてくる。
背筋を伸ばす。
店員さん、食器を並べる。
喉をごくりと鳴らす。
店員さん、置き終える。
ありがとうございます、と言う。
ごゆっくり。
店員さん、踵を返す。
本人が思っているほど、ことは自分本位には進まない。自重せよ。

それにしてもコロナ禍を挟んでしまったことによって、姫路に泊まる機会が無くなってしまったこともあり、大陸でモーニングを決めること自体、かなり稀有な機会である。
ゆっくり食す。ゆで卵はいつも最後に。家で作ったゆで卵は剝きづらいことがままあるけれど、喫茶店のゆで卵ではほとんどそんなことはないなあ、などと呆けたことを思う。一人にひとつ塩があてがわれるのもなんだか贅沢だなあ。おまけにトーストはアーモンドトーストという、すこぶる甘いやつだ。
贅沢な朝だ、と呆けた顔で思う。

雨が降っている。
今日は姫路文学館で開催されている木山捷平展の記念イベントとして、シングする。置き忘れた下駄に雨がふる。まさに今日のギグにふさわしいタイトルになった。
会場のホールに着き、館長室みたいな控室に案内していただき、そこに置いてあった館長のものっぽい机に早速座らせていただく。すぐに机上に楽譜や楽器やなんやらを置いて並べる。無粋だ。しかし、ここは実務的に用意せねばならぬ。
姫路文学館内のカッフェから昼ご飯を用意して下さるとのことで、渡されたメニューから、ハムホットサンド(だったか)をチョイスする。今回のイベントの企画者である学芸員の竹廣さんに注文をお伝えすると、「なんですか、それ、そんなのあるんですか!?」みたいな、まさかのリアクション。しまった。変なチョイスをしてしまった。しかし、こぼれたミルクに泣かないで。それでお願いします。とふにゃふにゃ答える。
館長室みたいな控室でPAをしてくださった長谷川さんと喋りながら、ホットサンド(だったか)を食す。美味しかった。カッフェでは木山捷平展とのコラボメニューもあり、そちらも食してみたかったが、開演前にあまりうろうろするのもみっともないので、我慢した。
食後、二度目の木山捷平展観覧。
本当に緻密で濃密で見ごたえのある素晴らしい展示だった。一度目は一か月ほど前、ふらっと訪れたのだが、ゆっくり観ようと思ったら、かなりの時間を使うべき展示だ。
明日14日まで絶賛開催中。

館長室然とした控室で開演までしばし精神を集中する。もう外では開場したはずなので、お客さんがどんどん入ってきているはずである。
入ってきているはずであるが、控室のものすごい防音性能により、ほとんど音がしない。もしかして誰も来ていないのではないだろうか。不安になるが、なってもしょうがない。足首くるくる、手首もくるくるストレッチし、手のひらや手の甲に何度も人という字を書いては飲み込む。
やがて開演の時間になり、扉を開ける。
本当に沢山のお客さんが観に来て下さっていた。
そこからはいつも通り、楽しく、緊張し、思惑通りに事が動いたり、予定調和を軽く覆すような瞬間が何度もあった。
木山さん楽曲もこの日のために増えた。
『その下で』、『浅草のバーの女のはなし』、『白いシャツ』。
どれも気に入っている。
あっという間の90ミニッツ。
歌を聴いてくれて、本当にありがとう。

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