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『尾道滞在記⑤』

八時半起床。エアコンをつけたり消したりして寝るために、朝起きると口内が乾燥の極致になっている。すぐに枕元のティーを摂取し、あらかじめコンビニエンスストアにて購っておいたおむすびを食する。そんな感じで、こたつに入って眺望を楽しんでいると段々調子が出てくる。毎日、検温しているが、この街に来てからずっと36度いかないくらいをキープしている。シャワーを浴び、少しだけ外出することにした。

実家や御世話になっている人に瀬戸内海の果物(はっさくとかデコポンとか、レモン!)を送ってやろうと思い立ち、林芙美子像の斜め前くらいの老夫婦が営む果物屋へ入る。勝手が分からないのでうろうろしていると、店のおばあさんが「何か送りたいのー」と聞いてくれたので「何か瀬戸内の果物を送りたいですー」と言うと、その辺りにある果物の説明をしてくださった。見た目には全く同じもののように見える柑橘類にも沢山の種類があるものだ。レモンも何だかでかい。「バラバラに何個かずつでもいけるよ」とのことだったので、せっかくだから色んなものを少しずつ送ることにした。適当に二、三個ずつ見繕って包んでもらい、箱一個分の詰め合わせが完成した。次にいつも御世話になっている人の分の詰め合わせに取り掛かる。その方は一人暮らしなので、食べきれるくらいの量を調整して持っていくと、いつのまにか外から戻ってきたおじいさんが箱を持ってきてくれていて、自分が持ってきた量では少ないので送料がもったいないと教えてくれる。しかし、果物は多すぎても腐らせてしまったり、持て余したりするかもしれないので「それで大丈夫ですよ」と何回か言ったものの「いやあ、もったいないよお」と眉毛をハの字に曲げて言ってくれる。それが果物を沢山買わせようという卑しい心からではなく、本当に親切で言ってくれているのがわかったので、その方が近所や職場の方々へ配れるだろうくらいの量にし、箱詰めしてもらった。支払う段階になって、やけに切りのいい数字をおばあさんが伝えてきたので、これはおかしいと思って、聞いてみるとやっぱり少しおまけしてくれていた。ちゃんと払おうとしても「いいよ。いいよ」と言う。お言葉に甘えさせてもらう。優しくしてもらって嬉しかった。

そのあと、以前にも何度か訪れたことのある「紙片」という本屋へ寄った。最近、マスク・眼鏡・帽子のいでたちで、よく行く店の店主にも気づかれない時があるのに、紙片の店主がすぐに自分に気づいてくださって嬉しかった。嬉しい、嬉しいで日があっという間に過ぎていく。中部博『プカプカ 西岡恭蔵伝』を買う。前から気になっていた本ではあったけれど、ちょうど朝、こたつの中でノートPCをこねくっていたときに偶然この本についての友部正人さんの書評を見たことで俄然読みたくなった。本屋や古本屋では何よりも巡り合わせというものを信じたい。今日はこれだと引き寄せられたものを買うに限るのである。そうやって買ったものからはその時に自分に欠けているものや必要としている何かが見出せることが多いから面白い。

尾道の商店街は人は多くないものの、自分的には日曜日よりも今日の方が何だか人が多いように思えた。なるべく人を避けて街を歩く。途中、自転車のベルで人を呼ぶおっさんがいた。道の途中で、どこかの店先で、何遍もベルを鳴らしていた。尾道市役所の駐車場には「尾道PCRセンター」という場所ができており、結構な数の人が並んでいた。自分は一度、自費でPCR検査を受けたことがある。その時は、体調が悪くて受けたのではなく、どうしても遠出する事情があり必要にかられて受けたので、正直に言うと結構な出費だった。無料で受けられるのは本当にありがたいと思う。調べると、自宅の近くにも受けられるところがあるようだ。もっと気楽に皆が受けられるようになるといい。何より少しでも早く収束するように注意しながら暮らしていきたい。こんな時期に他県に滞在している人間がいう事ではないかもしれないけれどそう思う。ずっと負い目みたいなものはある。最大限の対策を続けていく。それにしても毎日状況が変わる。ライブのことも考えなくてはならない。

ある人にお土産を買おうと思い、古道具屋「冥王星」を訪ねた。ふらふら店を覗いていると、店主が「ここにポストカードがありますよ」と教えてくれた。なぜ自分にポストカードをすすめるのかは謎だったが、教えられたファイルを開くと、自分の地元にある世界遺産の古いポストカードが入っていて驚いた。特に意味はないのだが、こういうことにいちいち驚いて自分は生きていきたいといつも思っている。そのほうがなんだか楽しいじゃないか。その人が好きそうなものを何個か見つけ、購う。自分にも何かを、と思って店に入ってからなぜか気になっていた弁当箱然とした銀の箱を買った。ピックとかカポタストとか小物を入れてステージに上がったら超かっこいーと思った。
昼過ぎ、宿に戻る。海のない街で育ったから、この部屋からのぞむ景色に飽きることはない。しゃらくさいコードと相変わらずの拙いスリーフィンガーでこの街のことを歌にしようと、ずっとこたつに向かっている。

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