かいな

 死んでいたのはおれだったかもしれない。おれはたまたま生きていて、いつ誰に蚊をつぶすみたいにころされるかもわかんないくらいの、そういう社会に身を置いている。あちらから向かってくるおじさんがカバンをごそごそやるとき、ナイフを出されるんじゃないかと思って身構えたり、まっくろなバンが歩道脇に止まっていたら、おれを引きずり込んでぐちゃぐちゃにして海に捨ててしまうんだろうと思ってイヤホンを取ったりする。でもおれがそういうたぐいの不安を吐き出したところで、抵抗すればワンチャン勝てるっしょとかそもそも男が狙われるわけねえじゃんって、みんな短く笑う。半袖から伸びた太い腕をふりまわしたら、すべてをなぎ払える。それを疑うそぶりさえない。おれは目を細めて笑うふりをしながら、あらがうために振りあげた彼らの腕が宙を掻くさまを想像する。その残酷な結果がおれに届いたとき、おれはまた、死んでいたのはおれだったのかもしれないと思う。誰かの手で誰かがあっけなく消えていくたび、おれだ、と思う。さっきまでおれと同じように呼吸していた誰かが、おれよりも先に骨になる。かたくて白色の骨になりながら「ほんとはまんまるくてかわいいおばけになりたかったのに」と思う。いつかおれにもそういうときがくる。いつか。

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