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マーク付きエンジェルネスト

眠りの渦中に沈み込む意識を何者かが引っ張り上げようとしている。おれはその手を払いのける。おれは眠りたい、まだ眠っていたい。断続的に体が揺すられる。ふかふかとした手の感触がおれを捉える。薄皮のようにおれを包んでいた眠気は一枚ずつ取り払われていく。体が再び揺すられた。おれはゆっくり目を開いた。
「お客さーん、終点ですよォー」
息が掛かるくらいの至近距離に浮かぶ【金の目】がぎょろりと俺を見た。おれは飛び起きた。悲鳴が漏れそうになっておれは手で口を塞ぐ。心臓が弾けそうに収縮して、俺は開いた方の手で胸を抑え込んだ。痛い。苦しい。息が、息がうまくできない。黒い影の中、縦に裂けた瞳孔はぱっくりと口を開けておれを伺っている。くろぐろとした闇が俺を見据えている。夜闇の絶望が目を合わせて、俺を深淵へ引きずり込もうとしているように感ぜられる。俺は目を逸らすことが出来ない。怖いからだ。先に目を逸らせば最後、見えないところから抱きこまれ永遠の責め苦を味わわされそうな、そんな薄ら寒い恐怖がおれを竦ませる。寒い。怖い。怖い!
見開かれていた金の目はゆっくりと瞬かれる。煌々と光る金の視線ま遮断され、呪縛から逃れたおれは咳き込んだ。おれは胸を抑えたまま体をふたつに折り曲げた。詰めていた息が肺を圧迫するのがひどく苦しかった。
「終点ですよお」
体を折って咳き込むおれの頭上からケタケタと笑い声が降ってくる。顔を上げると、目の前にいたのは真っ黒な男だった。頭の先から足元までどこもかしこもが黒づくめ。影の中からたった今出てきたかのような艶消しの黒。例外はただ一つ。この薄暗闇の中でもなお煌々と光る金の目だ。俺は茫然とそれを眺めている。男は近づけていた顔を引込めて、細い撫で肩を揺すった。
眠気はどこかへ消え去っていた。頭が妙に冴えている。おれは壁に手をついて立とうとした。冷えていた膝関節に上手く力が入らず、たたらを踏んだ。壁沿いにずるずると這う無様な姿を男に晒しながらも、おれは何とか立ち上がった。埃の積もった床を擦り、ズボンの裾が少し汚れた。
「どうなっている……? ここは……?」
金の目の男はうっそりした笑みを秀麗な顔に浮かべた。右耳に金のピアスが光る。こんなこと前にもあったな、とおれは思った。でもなんだ? ここは、一体どこなんだ?
「ははは……なあ、あんた、ここで会うの何度目だっけ?」

【一度目】
【二度目】
【三度目以降】

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