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認知症介護小説「その人の世界」全34話まとめ

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認知症のある本人から見た世界を描いた、1話ごと読みきりの小説です。
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記事一覧

認知症介護小説「その人の世界」vol.34『未来からの手紙と過去からの手紙』

あのカーディガン、どこにしまったかしら。 もう長いこと着ている、茶色のカーディガン。左の…

阿部敦子
1年前
4

認知症介護小説「その人の世界」vol.33『女を女として』

おしゃれのセンスって、どこに出ると思う? こうたずねると、靴って答える人が多いわよね。ま…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.32『行くわけないだろう』

行くわけないだろう、と僕は言った。 「そんなあ、ぜひにと思ったのに」 新しい若造の秘書が…

阿部敦子
1年前
1

認知症介護小説「その人の世界」vol.31『この世のおわり』

この建物に何が突っ込んできたらいいだろう。 全て破壊されては困る。条件としては、僕の手脚…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.30『変わるもの変わらないもの』

家が、見つからなかった。 歩いて歩いて、ずっと歩いて、日が暮れるまで歩いて、でも見つから…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.29『つくり話』

裕ちゃんこと、石原裕次郎。若い頃はやんちゃなイメージが強くて、それほど好きというわけでは…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.28『疑える人』

何やらひそひそと話しながらこっちを見ている人たち。私のことを言っているんだと思うけど、すごく感じが悪い。 言いたいことがあるなら私の前ではっきり言えばいいのに、いつも離れた場所で集まって話している。中には私のほうを指さす人までいるし、どうも穏やかではない感じ。 「ねえ」 テーブルの脇を通った男の子の腕を私が掴むと、相手は立ち止まって両腕に積み上げたタオルを抱え直した。 「どうしました」 「あのね」 私が声をひそめると、男の子は腰をかがめて耳を寄せた。 「あそこに

認知症介護小説「その人の世界」vol.27『娘はどこにいる』

俺には確か娘がいる。 大事に育てたつもりはあるが、あいつはそんなこと感じちゃいまい。それ…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.26『大切な君へ』

大切な君へ。ちょっと真面目な話だよ。 今日の僕も帰り道を間違えなかったみたいだね。メモの…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.25『私に言わせれば』

【まえがき】 今回の物語は、前回の物語(認知症介護小説「その人の世界」vol.24)と全く同じ場…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.24『できることもあります』

もうどこにも行きたくない。誰にも会いたくない。 私には馴染みの集まりがあった。この地域に…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.23『わたし、味わっている』

【まえがき】 阿部さま お世話になります。世の中誤解があるのですが、胃ろうなど経管栄養の…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.22『味がせえへん』

なんやこれ。ただのお湯やないの。 「ちょっと、ちょっと」 私はエプロンをつけたお姉ちゃん…

阿部敦子
1年前
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認知症介護小説「その人の世界」vol.21『心配なんです』

もうあれから3日が過ぎた。いったんここで宿を取り、翌日からヨーロッパへ骨董品の買いつけに行く予定だった。 息子と私は201号室と202号室に分かれて泊まった。社長である息子は深夜まで仕事をするのが常だったし、私は9時には就寝しないと体調が崩れる。 出発の朝、身支度を整えた私は息子の部屋をノックした。返答がないので、ねえ、と言ってもう一度ノックする。やはり返答がない。 引き戸のドアに手をかけると、鍵がかかっていなかった。入るわよ、と声をかけ、私は部屋の中に足を踏み入れた。