<マルチ投稿開始> 異世界戦争第1話「血塗られた聖夜」

 <早見少尉! >

 

 コックピット内で男の声が通信スピーカーから響く。


「了解!」

 

 コックピットにいる少女は操縦桿の引き金を引く。

 

 それと連動して、鋼の兵隊が手にした自動小銃アサルトライフルを発砲する。

 

 放たれた弾丸は、カメラ越しに見える異形の人形を蜂の巣にした。

 

 <おのれ! 大砲を使うなど野蛮な種族め! >

 

 集音マイクが他の異形から響く声を拾う。

 

「それはどうも!」

 

 少女はアサルトライフルをマウントすると、白兵戦用のダガーナイフを抜き放つ。

 

 ペダルを踏み込み、腰の推進装置スラスターを蒸して異形に飛びかかる。

 

 <なんと! >

 

 異形が驚く中、少女はダガーナイフを異形の丸い水晶に突き立てた。

 

 血しぶきが上がり、異形はその場で動けなくなった。

 

 <少尉、敵は未だいるぞ! >

 

 通信が響く。

 

「了解です、中佐」

 

 少女はレーダーモニターで索敵を始める。

 

 モニターに映し出された数はおよそ4。

 

 それに対して、こちら側は9。

 

 <少尉、あまり無理するなよ。 初陣だからってそこまでやるものじゃないぞ>

 

 別の男性の声がスピーカーから響く。

 

「大尉も、油断しないでくださいよ」

 

 <言ってくれるじゃないか>

 

 通信で他愛のない会話が続く。

 

 <我らが大皇帝のために! >

 

 異形たちが高らかに叫ぶ。

 

 <平和という醜悪な時代に生きる者たちに、死の裁きを! >

 

 <弱者は滅び、強者が生きる! 我らが陛下が望む永遠なる戦こそが我らの使命! >

 

 <慈悲を示す者は、無慈悲を持って裁かれる! >

 

 異形たちはなにか言葉を発しているが、その意図はわからなかった。

 

 しかし、一つだけ理解できるものがある。

 

 彼ら・・が今この世界に宣戦布告を仕掛けたことを。

 

「一つだけ聞きたい! あなた達は何故平和を嫌うの?」

 

 少女は問うた。

 

 <しれたこと! 我らは愉悦に浸る者共にしつけをしているのだ! >

 

 <愉悦こそ、この世界が犯した重罪! よって裁かねばならぬ! >

 

 <永遠なる戦をもって、悠々と生きる時代を終わらせ、はびこる弱者共を駆逐する! >

 

 <弱者にパンを与えれば、そのパンごと擁護者共を処刑する! それこそが、我らが陛下が望む理想! >

 

 異形たちが目的を高らかに叫ぶ。

 

 <貴官等の言い分は了承した。 だが、国連われわれ宣戦布告したけんかを売った以上、それなりの対処を取る>

 

 指揮官機が異形たちに警告を出す。

 

 それは戦争を終わらせるための強い決意を示していた。

 

 <ふん! 擁護者共が! ならばしつけなければならない>

 

 異形たちが剣や槍を構える。

 

 <我らが嫌うのは、平和とそれを擁護する者共! >

 

 <貴様らを駆逐し、豊かな物をすべて焼き捨てる! >

 

 <物に囲まれる愚劣な文化は、終わりを告げたのだ! >

 

 異形たちが突撃する。

 

 <全機、戦闘開始オープンコンバット! >

 

 機動兵器たちも突撃を敢行する。

 

 待機していた狙撃部隊が狙撃砲スナイパーライフルで援護する。

 

 <遠くからの砲撃⁉ 小賢しきこと! >

 

 異形たちが戸惑いを見せる。

 

 <今だ! フォーメーション・デルタX5! >

 

 指揮官機が指示を出す。

 

 機動兵器たちが一斉に散らばり、各個撃破に当たる。

 

 <陣形戦術? ならば打ち破るまで! >

 

 異形の1体が槍を掲げる。

 

 上空に雷雲が巻き起こる。

 

 <雷魔法・神罰の雷迎ラースサンダー! >

 

 強烈な落雷が襲いかかる。

 

 数機が撃破されるが、機動兵器たちは問題なかった。

 

 <3機損失ロスト! されど問題ありません! >

 

 <気にするな。 あれは奴らの攻撃対策用の無人機だ>

 

 指揮官機は部下に指示を出しながら自分の眼前に集中する。

 

 そして、近接戦闘長刀ロングブレードで隊長らしき豪華な装飾を施された異形と斬り結ぶ。

 

 その一方で、少女はダガーナイフで槍使い型の異形と剣戟を交えていた。

 

「ずいぶんと長物をお持ちね!」

 

 <われこそは高貴なる家の生まれ! 貴様のような野蛮人など! >

 

「でも、私はあんたたちを許さない!」

 

 両者は距離を取る。

 

「家族の仇と、みんなの幸せのために!」

 

 少女は突撃する。

 

 近くて遠い未来、突如として現れた謎の武力国家に地球は宣戦布告を受けた。

 

 これは、その武力国家に家族を奪われ、銃を手に立ち上がった少女と仲間たちの愛と勇気と反撃のおとぎ話である。

(パパ、ママ、私はこれからみんなのかたきを討つよ!)

 

 コックピットで歯ぎしりをする少女。

 

 名前は早見早苗はやみさなえ

 

 日本で暮らす女子高生だったが、異形たちの攻撃で両親を殺された復讐のために国連軍に志願した。

 

 そのため、負けん気が強く訓練学校ではトップクラスの成績を収めていた。

 

 <少尉、気合を入れるのは良いが、熱くなりすぎるなよ>

 

 上官の指示に従い、早苗は冷静になる。

 

「さて、眼の前の敵に集中します!」

 

 モニター越しに眼前の敵に集中した。

 

「相手は槍を持ってるし、魔法も使ってくるかもしれない。 だったらこっちは!」

 

 早苗はペダルを踏み込む。

 

 スラスターが火を吹いて、眼の前の槍使い型に突進する。

 

 <小賢しい! >

 

 槍使い型は、手にした槍で牽制をかける。

 

「くっ! チェーンガン!」

 

 早苗はとっさに機体の左腕に装備されている機銃を発砲する。

 

 <何⁉>

 

 槍使い型は慌てて躱す。

 

 <何故だ! 魔力を持たぬ者がそんな人形ゴーレムを作り上げるなど! >

 

 槍使い方が憤るように叫ぶ。

 

「だから、ゴーレムじゃないって!」

 

 早苗が少し呆れているように叫ぶ。

 

 そして、腰のウェポンベイに格納された対装甲投擲貫入炸薬弾を取り出して投げつける。

 

 槍使い型は、とっさに槍を使ってガードする。

 

 槍に突き刺さると同時に炸薬弾に分子レベルで注入された液体炸薬が炸裂して、槍使い型の武器を木端微塵に吹き飛ばした。

 

 <おのれ! この世界の薬師は禁じられし薬の精製に手を付けたというのか! >

 

 槍使い型は憤る。

 

 その様子から、火薬類の精製はご法度らしい。

 

「ん? あんたらの方は、ご法度?」

 

 <当然だ! 火を発する薬は、我らが大皇帝が忌み嫌う! 故に魔法こそが我らの誇りである! >

 

 槍使い型は早苗の問いに答えながら予備的に装備された短剣を取り出す。

 

「それじゃぁ、これでも喰らっておけ!」

 

 早苗は、ダガーナイフを収めると背中の左側に収めた筒を取り出す。

 

 そして発砲する。

 

 飛び出したのは、ジャベリン3超高初速ミサイル。

 

 当たればビル3棟を倒壊させるほどの破壊力を持つ。

 

 槍使い型はなすすべもなくその身を貫かれた。

 

 肉片と肉塊となった異形はその場で倒れた。

 

「あっけなかったなぁ」

 

 早苗は、呑気なことをいう。

 

 <全機、戦闘終了クローズコンバット。 敵は撤退した>

 

 周りを見渡すと、敵はいなかった。

 

 撤退したようだ。

 

「さて、基地に戻って晩御飯にしますか!」

 

 <その前に、報告書レポートを済ませておけよ>

 

 他愛のない会話が戦場に響き渡った。

 

 国連軍極東司令部横須賀基地、そこには全高9mもある機械の巨人・デバイスアーマーが立ち並んでいた。

 

 日本が搭乗型ロボットを開発してから20年、それ以降日本は先進国として目覚ましい発展を遂げていた。

 

 鋭角で細身のある肢体、かかとに装備されたローラーと腰に増設されたスラスターが、3次元機動を可能にしている。

 

 早苗は、そのパイロットである。

 

「しかし、早見少尉も初陣で1機撃破はさぞ気持ちいいだろう? こんな無茶な操縦でも勲章物だな」

 

 整備兵の一人が愚痴のようにつぶやく。

 

「そう言わないでくださいよ。 私だって頑張りましたから!」

 

 早苗は少しだけ頬を膨らませた。

 

「まぁ、いいさ。 それよりも提出したのかい?」

 

「もちろんです!」

 

「そいつは良かった。 だが、気をつけろよ」

 

 整備兵と会話を済ませた早苗は、基地の女子寮へと向かう。

 

 談話室に向かうと、そこには同年代の女性が流行りなどの話題を語り合っていた。

 

「まぁ、みんなあのこと・・・・を忘れてはいないからね」

 

 ひとりそう呟く。

 

 その時、彼女の携帯端末がメールの着信を知らせる。

 

「誰からだろう?」

 

 端末を起動させて内容を確認する。

 

 差出人は、彼女のゲーム仲間。

 

 <SANA、そっちはどうかな? こっちは奴らの支配地域にされて、なんとか逃げ延びた。 でも、奴らは炊き出しの場所さえも容赦しないんだ。 もし、向かえるのなら、奴らを追い払ってくれ>

 

 メールの内容から、異形たちは好き放題暴れていた。

 

「わかったわよ。 次の作戦が決まったらいけるようにするから」

 

 という内容で返信した。

 

「ブラッディ・イヴから、2年か」

 

 早苗は、ある事件を思い出す。

 

 それは、2年前のクリスマスイヴに起きた未曾有の宣戦布告とも呼ばれた人類史上最悪の武力侵攻。

 2年前、それはクリスマスイヴでまだ日本が平和だった。

 

 東京某所1125、街中ではクリスマス商戦で賑わっていた。

 

 パティスリーもクリスマス商戦に基づいて新作スイーツが並んでいた。

 

「さぁ! 今年のクリスマスは例年よりも盛り上がっていますよ!」

 

 TVアナウンサーが元気にリポートする。

 

 その中で、

 

「パパ! ママ!」

 

 当時16歳の早苗が両親を急かしていた。

 

「早苗、ちょっとまってくれ!」

 

「もう、クリスマスが楽しみで仕方ないのよ」

 

 両親は少し照れくさかった。

 

 早苗にとっては、このクリスマスイヴは特別な日。

 

 共働きで多忙な両親が、わざわざ休みを作ってクリスマスパーティーを開くという。

 

 それだけに、早苗はこんなにはしゃいでいるのだ。

 

「チキンはどのお店で買う? ケーキならパパが予約しておいたぞ」

 

 早苗の父が娘のために奮発したらしい。

 

「ほんと? 期待して良いんだね!」

 

 早苗は大喜びだった。

 

 その時、

 

「クリスマス商戦の撤退を!」

 

「クリスマス反対!」

 

 と、抗議デモを行う団体と遭遇した。

 

 彼らはいわば、自称活動家。

 

 気に入らないことに声を荒げて行動を起こす迷惑極まりない連中の総称だ。

 

「また自称活動家あいつらですか。 このご時世よくやることですね」

 

 早苗は呆れてしまった。

 

「こら、口を慎んだほうが良い。 部外者が巻き込まれたケースもあるから」

 

 この時代では、自称活動家に口を挟むとひどい返り討ちを受けるケースが後を絶たなかった。

 

「ささ、あんな連中は放っておいて買い物を続けましょう」

 

 早苗の母が二人を急がせる。

 

 すぐにこの場を離れないと自分たちが危ないと感じていた。

 

 早見一家はすぐその場を立ち去った。

 

 暫く進むと、占い師が営んでいる小さなカフェについた。

 

「あれ? こんなところにカフェ?」

 

 早苗はちょうどのどが渇いていたことに気づいた。

 

「ちょうどよかったわ。 ここでお昼にしましょう」

 

 母に勧められ、3人は店内へ入る。

 

 内装はシックな雰囲気で、ところどころにファンタジー世界を思わせる飾り付けが目を引く。

 

「いらっしゃいませ。 本日のおすすめは特製日替わりプレートです」

 

 占い師を努めているこの店のマスターが出迎えた。

 

「じゃぁ、そのプレートを3つで」

 

 早苗の父がここは自分がと言わんばかりに注文した。

 

「ありがとうございます。 当店では3000円以上のお支払いで占い1回無料のサービスとなります」

 

 店主のサービスの良さに、

 

「じゃぁ、早苗を占ってほしいです!」

 

 と、早苗の母が早苗を推薦した。

 

「ちょっと、ママ!」

 

 早苗は恥ずかしくなった。

 

 占ってもらえるのは嬉しいが、どこか気恥ずかしい気もしている。

 

「良いじゃないの! 貴方だって恋人とかで悩んでるでしょ!」

 

「そりゃ、そうだけど?」

 

 早苗は首を傾げた。

 

「とりあえず食べておこう。 占うのはその後だ」

 

 父に促され、早苗は母と一緒にテーブルに付いた。

 

 この日は、比内地鶏のガーリックソテーと季節野菜サラダと言う構成。

 

「美味しそう!」

 

 早苗は携帯端末を使って写真を撮影してSNSにアップロードした。

 

 たくさんのイイネやコメントが届き、早苗は鼻が高くなった。

 

「美味しい! このガーリック感がたまらない」

 

「ほんとよね!」

 

「来たかいがあった」

 

 早見一家は美味しいランチに会話を弾ませた。

 

「さて、会計は先に済ませておいたから、早苗はしっかり運命のお相手が誰か、見てもらったほうが良いぞ」

 

「はーい……」

 

 少しドン引きながらも、早苗は店主に占いをお願いした。

 

「では、この先を占います。 覚悟はよろしいですね?」

 

「はい」

 

 店主は水晶玉を覗き込んだ。

 

「見えるわ。 貴方はこの先辛い別れをします。 否応のない大きな運命の流れに巻き込まれ、貴方は眼の前で大切な人を失うことになるでしょう」

 

 その言葉に、早苗は固唾をのむ。

 

「ですが、その運命の流れは貴方を導きます。 貴方はこれからの世界に、自らの存在意義を問いかけることになるでしょう。 信じるかどうかは、貴方次第なのですから」

 

 店主の占いを終えた早苗は、なにか腑に落ちなかった。

 

「どう? 結果は?」

 

 母は、早苗に期待した。

 

「え? まぁ、来年あたりには来るんじゃないかって!」

 

 早苗は慌ててごまかした。

 

 その占いは、見事に的中する・・・・・・・

 

 そう、これから起きる<彼ら>の武力で……。

 1324都心部。

 

「クリスマスは家族やカップルで過ごすな!」

 

「独身の気持ちを理解わかれ!」

 

 と言った感じの抗議集会が、都心部で起きていた。

 

 あまりにも迷惑なので、早々にやめてほしいと思うのはこれを書いている作者わたしだけではないはずだ。

 

 道行く人々はなんの集会かと思って写真に収めてSNSにアップロードしたりしている。

 

 やはり、このご時世はどうも空気が悪く感じる。

 

「我々は、独身活動支援機構! 恋人の不要性を訴え、独身こそ最高の活動であることを啓発します!」

 

 そう名乗る団体がいる。

 

 独身貴族もいるが、やはり迷惑極まりない。

 

「ねぇ、ハズい連中だね」

 

「本当だね」

 

 道行くカップルは陰口を叩く。

 

「そこのカップル! 今我々を恥と言ったか?」

 

 団体のリーダーはカップルに詰め寄る。

 

「「言ってませーん!」」

 

 カップルはなんとか誤魔化す。

 

「よし、お前たちは破局とする! 強制破局の儀式開始!」

 

「「「おーっ!」」」

 

 団体はカップルを取り囲んだ。

 

「何をする気だ!」

 

 男性が戸惑った。

 

「これより、我々はお前たちを徹底的に監視し、愛を育む行為を禁止とする! 無論女の方にもだ!」

 

 私人逮捕にも近い行為だ。

 

 その時、

 

「君たちを威力業務妨害で拘束する!」

 

 通報を受けた国連憲兵隊が団体の取り押さえに現着した。

 

「げ、憲兵おまわりさん⁉ 嫌だァァァっ!」

 

 団体は蜘蛛の子を散らすように逃亡を図る。

 

 しかし、憲兵隊は捕縛ネット弾で次々と逮捕していく。

 

「皆さん、私人逮捕系の過激派団体は国連憲兵隊わたしたちが取り締まるので、安心してお買い物してください!」

 

 憲兵隊が住民を安心させた。

 

 その様子をたまたま早見一家が通り過ぎた。

 

「ざまぁだね」

 

 と、早苗は心の内でつぶやいた。

 

「さぁ、今日のパーティーの買い出しをするぞ」

 

 父は、いつにもまして笑顔だ。

 

 これから巻き起こる大きな運命の渦に呑み込まれることを、早苗はまだ知らなかった。

 

 1739、日が暮れてすっかり本格的に聖なる夜が始まった。

 

 きらびやかなイルミネーションが彩り、恋人や家族で賑わいを見せた。

 

 人々は語らい、愛を育む。

 

 この時間がいつまでも永遠に続いてほしいと思った。

 

 だが、それもたった今終わりを告げた・・・・・・・

 

 新宿区のクリスマスイベントが最高潮になっていた。

 

 そこでは、クリスマスソングメドレーが流れ、若者たちが高らかに盛り上げていた。

 

 その時、上空が赤く染まり、空から人の形をした異形の巨人が舞い降りた。

 

 その姿は、生物か兵器なのかを思わせる肉肉しい体つきをしている。

 

 手には剣や斧を装備している。

 

 その数は6体。

 

 人々はなにかのサプライズかと思って写真を撮り始める。

 

 <聞け! 愚かなる弱者ども! >

 

 派手な装飾の個体が叫ぶ。

 

 <我らは神聖エニグマ帝国! すべての世界の平和を滅ぼし、永遠なる戦を以て弱者なき世界を築くものなり>

 

 人々は、意味がわからなかった。

 

 何を隠そう、平和に慣れているから。

 

 <豊かな物を全て焼き捨て、貴様ら弱者をこの世界から一匹残らず駆逐する! それが、我らが大皇帝の望む世界! >

 

 異形たちが演説をする中、

 

「それって、何かのショーかな?」

 

「やばいって!」

 

 人々がざわつき始めた。

 

 なにかとてつもなく危ない予感をしていた。

 

 <よって、貴様らを駆逐し、豊かな物を焼き捨てる! そう、聖なる祭りは、終わりを告げたのだ! >

 

 異形たちは、道行く人々を虐殺し始める。

 

 血しぶきが飛び散り、通行人たちは肉片と可した。

 

 あまりの恐怖に、逃げ惑う人々。

 

 そんな様子でも、異形たちはお構いなしに虐殺の宴を楽しんでいた。

 

 <滅びよ! 愉悦に浸った罪は、貴様らの命で償うのだ! >

 

 異形たちは高らかに笑う。

 

 たまたま、Uターンで逃げるデリバリーピザのバイクを見かける。

 

 異形はそれを斧で叩き割る。

 

 バイクとドライバーは、真っ二つになった。

 

 <愉悦のための餌を与えるから、こうなるのだ>

 

 そんな偉業たちの暴れる姿を、上空にいた中継ヘリは収めていた。

 

「ただいま、新宿上空にいます! これはフィクションなんかではありません! 現実に起きているのです!」

 

 リポーターが緊迫した表情で現場の生々しさを伝える。

 

 「謎の機動兵器によって、東京は攻撃を受けています! 繰り返しお伝えします! この映像は、決してフィクションなんかではありません! 本当に現実で起きているのです!」

 異形の巨人たちが暴れまわる中、政府は超弩級非常事態宣言を発令した。

 

 これは、立憲共産党の反対を押し切る形となり、国連軍の出動要請が可能となった。

 

 これに納得がいかないのが、立憲共産党代表・山本陽一やまもとよういち

 

「今こそ、戦わないという意思を示すときなのです! この国が武力侵攻を受けたときに戦うなどあってはならない!」

 

 現在彼は自身の事務所でオンライン会議を行っている。


「しかし、奴らにそれは通じるのか? 奴らが非道なテロリストなら、それは意味をなさなくなることをおわかりのはずだ!」

 

 他の野党議員が陽一を止める。

 

 野党でさえも、この事態は想定していなかった。

 

「この国が攻撃を受けているのなら、まずは戦わない意志を示す。 そうすれば平和になることを忘れているのですか!」

 

 陽一は憤るように叫ぶ。

 

「しかし、首相は軍に出動要請を出しました。 野党議員連合わたしたちでさえも、この非常事態の前では無力です」

 

 野党議員たちはうつむく。

 

 それもそのはず、今起きている状況を見れば反対意見を出すどころではなかった。

 

「ならば、私だけでも行く! その連中に日本国民われわれは戦わない、武器を収めて話し合うことを要求する!」

 

 陽一はそう言うとその場を後にした。

 

 そして、

 

「準備はできているか?」

 

「先生、いつでも走れます!」

 

 秘書たちが駐車場で出迎えた。

 

 選挙用宣伝車をこんな形で使うとはと思いながらも、陽一は天板に上がり込む。

 

「出してくれ」

 

 車を走らせる。

 

 眼の前に広がるのは戦火に包まれた都内。

 

 かつての空襲よりも遥かに凄まじい状況であることを、陽一はその肌で感じた。

 

「みなさん、戦う必要はありません! いまこそ平和のために戦わない意志を示すのです! そうすればこのテロは終わることでしょう!」

 

 マイク付きメガホンで人々に呼びかける。

 

 しかし、逃げ惑う彼らはその言葉に耳を貸す余裕はなかった。

 

 それでも、陽一は懸命に叫ぶ。

 

「みなさん、戦えば悲しみが増えるだけです! テロリストに平和への思いを伝えるのです! そうすれば彼らは武器を捨てることでしょう!」

 

 その叫びに彼らの支持者はついに動き出す。

 

「そうだ! 今こそテロリストに示そう!」

 

「わたしたちは戦わないことで、テロリストに平和への思いを届けるんだ!」

 

 その思いに感化し、支持者たちは眼の前の巨人たちに両手を広げた。

 

「わたしたちは戦わない!」

 

「戦いよりも平和の話し合いを!」

 

 陽一は、確信した。

 

 自分の思いが届くことを。

 

 だが、それは無惨にも打ち砕かれる。

 

 <愚かなり! >

 

 巨人の1体が地面に斧を突き立てる。

 

 <戦を拒むことの愚かさを、その命で知ると良い! 火炎魔法、断罪の業火パニッシュフレア! >

 

 火柱が上がり、その場にいた人々を骨も残らず灰にする。

 

 しかし、陽一はその状況でもひるまなかった。

 

「みなさん、今こそ示すのです! 戦わないことで平和へとつながることを!」

 

 支持者を呼び集めるも、全くの意味をなさなかった。

 

 それでも、それに応える一握りの支持者たちがテロリストに呼びかける。

 

 そして、灰となって消えていく。

 

「先生、これ以上は危険です! この場から離脱します!」

 

「まだだ! テロリストが攻撃をやめない限り私は呼びかけをやめない! この国を戦争国家にしたくない! 今こそ卑劣なテロリストに断固として戦わない意志を示すことで、彼らは武器を捨てることにつながるはずだ!」

 

 運転手が離脱を要求するも、陽一はその要求をはねつけた。

 

 その時、

 

 <戦を拒む愚か者は貴様か? >

 

 別の巨人が陽一たちの前に現れた。

 

 運転手はとっさの判断で急速Uターンする。

 

 陽一は、振り落されないようしっかりと掴まる。

 

 <平和という愚かな時代に行きた罪、死を以て償うが良い! >

 

 手にした剣を天高く掲げる。

 

 <轟撃・破断衝ごうげき・はだんしょう! >

 

 勢い特振り下ろす。

 

 凄まじい剣圧の波動が地面をほとばしる。

 

 運転手は華麗なハンドルさばきでそれを避ける。

 

 <避けるか! ならこれはどうだ? 闇魔法、悪夢の毒霧ポイズンナイトメア! >

 

 地面に剣を突き立てて紫色の霧を発生させる。

 

 陽一たちを乗せた車はあっという間に錆びて動かなくなり、陽一本人たちも骨も残らず溶けていく。

 

 <戦を望まぬものに、血塗られし裁きを! >

 

 異形たちの破壊活動は続いていく。

 

 そんな中、早苗たちは両親とともに避難壕シェルターへと、急いでいた。

「こっちよ!」

 

 母に連れられ、早苗はシェルターへと向かう。

 

「もう少しだ!」

 

 父は安堵した。

 

 都内の公園地下には都民すべたが入るためのシェルターが建設されている。

 

 有事の際には、6日分の食料と生活用品が備蓄されているので、あそこに避難できれば、助かると思った。

 

 その道中、

 

「あれ、パパとママは?」

 

 早苗は、両親とはぐれてしまった。

 

 周りを見渡すと、底には1体のロボットが乗り捨てられていた。

 

 工事現場作業用の民生デバイスアーマー。

 

「蒼天か」

 

 名を呟いた途端、

 

 <まだ戦から逃げ延びるか! >

 

 異形の巨人がすぐ其処まで来ていた。

 

「最優先は!」

 

 自分の安全確保。

 

 背中にあるハッチを開けて乗り込む。

 

 幸いにも鍵は刺さっている。

 

 鍵を回し、OSを起動させる。

 

 水素ディーゼルが唸りを上げて起動する。

 

 モニター類にも光が灯る。

 

「よし、武器と言っても右腕のハンマードリルくらいか!」

 

 レバーを動かし、蒼天を起こす。

 

 その体つきは力士を思わせる。

 

 <なんだ、このゴーレムは? >

 

 異形は首を傾げる。

 

 コックピットでは、

 

「うわっ、汗臭っ! 工事現場の機体はどうも臭い!」

 

 早苗はそんなことをぼやいていた。

 

 操縦桿を握り、早苗は臨戦態勢を整える。

 

「いくわよ!」

 

 ペダルを踏み込む。

 

 かかとの無限軌道キャタピラが勢いよく回りだし、異形にめがけて突進する。

 

「喰らえ!」

 

 ハンマードリルになっている右腕を、相手の丸い水晶らしき石に突き立てる。

 

 中から血のような赤い水が飛び散り、異形は動かなくなった。

 

「これが弱点? いけるかも!」

 

 早苗は確信した。

 

 これなら戦えると。

 

 <ヘビン! >

 

 仲間の異形たちが次々と集まった。

 

 <良くも気高き同志を! >

 

 <忌まわしき機械人形よ! この場で屑鉄にしてくれる! >

 

 憤る異形たち。

 

 まだ5体も残っていた。

 

「ここからが本番! ……って、ここでガス欠⁉」

 

 早苗は気づいてしまった。


 燃料である水素が底をついてしまったことに。

 

 <死ね! >

 

 異形の1体が斧で斬りかかる。

 

 早苗はすぐさま、予備電源の蓄電池に切り替えて対処する。

 

 しかし、右腕は斧で斬り落とされてしまった。

 

「しまった!」

 

 <これで終わりだ! 機械の人形よ! >

 

 異形が斧の柄でコックピットを殴った。

 

 激しい衝撃と勢いで吹き飛ばされ、コックピットの早苗は頭を打ち付け、気を失った。

 

 <擁護者の一匹にとどめを刺す! >

 

 異形たちがゆっくりと近づく。

 

 その時、

 

 <活動中のテロリストよ、其処までだ! >

 

 不意に声が響くと同時に、銀色のデバイスアーマーが現れた。

 

 日本が誇る最新鋭機「白狼」。

 

 蒼天との違いは水素燃料電池を採用し、電磁砲リニアガンなどを装備できる点だ。

 

 <新手? 小賢しきこと! >

 

 異形の1体が突撃する。

 

 <全機、ライフル斉射! >

 

 白狼たちがアサルトライフルを斉射する。

 

 放たれた50mm弾が異形たちを蜂の巣にした。

 

 <大砲⁉ この人形共は大砲を持っているのか? >

 

 派手な装飾を施された隊長格は、驚きを隠せなかった。

 

 その様子から、銃という概念はなかったらしい。

 

 <隊長、ここは引きましょう! この世界は未知の文化が多すぎる! >

 

 <そうであるな。 全機撤退! >

 

 そう言うと、異形たちは光になって消えた。

 

 <撤退したのですか? >

 

 <そのようだな。 しかし、あの蒼天の操縦士パイロット、話をしたいな>

 

 そう言うと、白狼のパイロットたちは機体から降りて蒼天へと向かう。

 

「非常用レバー」

 

よしゴーです!」

 

「ロック」

 

よしゴー

 

 隊長と部下はやり取りしながらハッチを開ける。

 

 そのコックピットには、頭部から流血して気を失っている早苗がいた。

 

「なんてこった! 民間の女の子だ」

 

「すぐに野戦病院へ運べ。 あとで事情聴取がしたい」

 

 隊長がすぐに衛生班を要請する。

 

 そして空を見上げる。

 

「隊長、今年はとんだクリスマスイヴになってしまいましたね」

 

 部下が駆け寄って話す。

 

「そうだな。 こんな酷い聖夜は例に見ないな」

 

 隊長はポケットに入れていた水筒のコーヒーを飲む。

 

 その味はとても苦かった。

 

 この日おきた未曾有のテロ事件は、人類史上最悪とも言える大規模なものだった。

 

 発生日がクリスマスイヴのため、人々の記憶に未来永劫刻みつける意味でこう呼ばれた。

 

 <血塗られた聖夜ブラッディ・イヴ>と。

 事件から一夜明けて、その傷跡は思った以上に深かった。

 

 焼け落ちた建物、無惨にも横たわる死体。

 

 銀座の高級デパートは、一部が壊され、商品の全てが焼けて黒くなっている。

 

「川島中佐!」

 

 現場検証をしている国連軍の川島昇中佐は部下であるエリック・ウィーストン大尉に声をかけられた。

 

「これは、ウィーストン大尉。 そちらの状況は?」

 

「まったくひどいものですよ。 なにしろ、クリスマスイヴでこんな派手なテロをやらかす大バカ野郎がいたのですから」

 

「ご尤もだ」

 

「ここだけの話しなんだが、その最中で無抵抗を呼びかけた立憲共産党の山本前代表が殉職したらしい」

 

 ウィーストンの発言に、

 

「あの戦争嫌いの無抵抗主義者か。 なんてバカなことを」

 

 昇は旨を炒めた。

 

 陽一は野党でも最大勢力を誇る立憲共産党代表。

 

 その発言力は、与野党問わず一目を置かれた人物だった。

 

 そんな彼が死んだことは、野党勢力にとっては致命的なダメージになる。

 

「亡骸は?」

 

「それが、ドロドロスープみたいでしてね。 かろうじて残された毛髪からの遺伝子DNA鑑定で山本前代表であることが一わかりました」

 

「わかった。 後は?」

 

「錆びついた車ですが、納車して間もない新品だったとのことです。 しかし、どんな魔法を使えばこんなにも錆びて動けなくなるのでしょうね?」

 

 昇は空を見上げる。

 

 時刻は1130を過ぎていた。

 

「それよりも、シェルターに避難した人々は?」

 

「それがだめなんです。 全てのシェルター内部にいた人々が、山本前代表と同じなんです」

 

 昇の質問に近くにいた女性士官が答えた。

 

「もちろん、DNA解析を進めています。 中佐、一部ですがリストアップできましたのでご確認をお願いします」

 

 女性士官から渡されたリストを確認する昇。

 

「よく解析できたな」

 

「最新の鑑定技術を、甘く見ないでくださいね!」

 

 ここ数年生体認証システムの飛躍に伴い、DNA解析も大幅に進歩した。

 

 僅かな手がかりから被害者がどんな人物化を特定できる技術には脱帽せざるを得ない。


 民生では採用されないが、軍用機では生体IDを用いた認証システムが採用されている。

 

 民生機では誰もが扱えるが、軍ではなかなかそうはいかない機密的な背景が絡んでいた。

 

「早見、考古学者の早見博士も含まれていたのか」

 

 そのリストには、早苗の両親が含まれていた。

 

「じゃぁ、あの蒼天を操縦うごかしていたのは?」

 

「おそらく、早見博士の御息女だ。 しかし、意外な拾い物をしたな」

 

 昇は、空を見上げる。

 

 日もだいぶ昇ってきている。

 

「それにしても中佐、立憲共産党の前代表が殉職した事実を代表代行が公表したら、野党支持率の暴落が見込まれますね」

 

「確かに、野党勢力最大政党代表が殉職をしたとすれば、支持率の暴落や、野党に対する批判などが出るな」

 

 ウィーストンと昇は炊き出し場へと向かう。

 

 炊き出し場では、現場の隊員たちに豚汁やローストチキンレッグなどが用意されていた。

 

 この日はクリスマス当日。

 

 国連軍でもそれなりの提供がされていた。

 

「こんな現場でも、チキンが食えるのは嬉しい限りですな」

 

「大昔の戦争では、クリスマス休戦もあったらしい」

 

 二人は炊き出しの配給食を食べ始める。

 

 そこへ、

 

「川島中佐!」

 

 一人の男性士官が駆け寄った。

 

 制服の色から、国連軍特殊部隊の一員であることがわかった。

 

「君は国連宇宙海兵隊コスモシールズの」

 

有坂裕太郎ありさかゆうたろう中尉です。 ご無沙汰しております!」

 

 コスモシールズ、国連宇宙軍のエリート部隊で非加盟国の軍事衛星の破壊や月軌道防衛もこなす。

 

 裕太郎はその一員として目覚ましい戦果を上げている。

 

宇宙そらの方はどうだ?」

 

「何一つ問題ありません! 地上おかで休暇を取りたいと、提督に進言してまで来ました!」

 

「休みのときにすまないね」

 

 裕太郎と昇は今後について打ち合わせを始める。

 

「中尉、私は早見博士の御息女のもとへ向かう。 貴官も同行願えるか?」

 

「もちろんです。 博士の本は面白くてはるかも大ファンですから!」

 

「そうか。 それで、光成中尉とはうまくやっているのか?」

 

「まぁ、うまくは行っています。 早ければ来週中にも婚姻届を出せますが……」

 

 昇にからかわれ、裕太郎は顔を赤く染めた。

 

「それよりも中佐、本題をお忘れではありませんか?」

 

 ウィーストンは二人を引き戻す。

 

 「そうだったな。 早見博士の御息女に事実を伝えなくてはならない。 重大な違法行為と、今後私のもとで戦うかを伝えるために」

 昇は食事を済ませると、野戦病院へと向かう。

 

「しかし、中佐も物好きですね。 少女趣味があったとは」

 

「口を慎め。 敵はいつ襲ってくるかわからんぞ」

 

了解Roger

 

 ウィーストンのからかいをうまく受け流す昇。

 

 そんな二人を見た裕太郎。

 

 (そういえば、あいつとの関係も今でもこんな感じだったな)

 

 裕太郎は、彼女との付き合いを思い出す。

 

「そう言えば、最近のネットニュースじゃ<テロが起きたのは日本の首相が悪い! 首相を引きずり下ろせ>って、政府に苦情コメントが寄せられてるって知ってます?」

 

「確かに、今回の一件で日本政府への支持率が大幅に下落した。 特に反戦主義者からの批判的な意見が耳に痛い」

 

 昇は、裕太郎からの話に頭を抱えた。

 

 無理もない。

 

 それまでこういう大規模侵攻が、日本では起きていなかった・・・・・・・・・・・・のだから。

 

 平和慣れした人々から苦情や批判が殺到するのも頷ける。

 

「しかし、実際起きてみたらここまで騒がなくなったのは、やはり起きてしまった事実を認めたからじゃないでしょうか?」

 

 ウィーストンが少し呆れた表情で発言する。

 

 事実、この甚大な被害を受けた都心部を見れば誰だって認めざるを得なかった。

 

 それでも、

 

「この惨状を起こしたのは、日本政府の責任だ!」

 

「平和のために尽くせなかった首相は即退任しろ!」

 

 と、痛烈な声が上がっていた。

 

「おいおい、まだ反戦主義がしぶといようだが?」

 

「放っておけ。 じきに静まる」

 

 昇の言葉通り、抗議デモは声を上げなかった。

 

「なんでこんな事が起こるんだ……!」

 

「俺達の主義は、一体何なんだ!」

 

 反戦デモは無意味となった今、彼らの存在意義はなくなったも同然となった。

 

 気に食わなかったら声を上げればいいと考えた彼らが、一方的で強大な暴力の前になすすべもなく命を奪われる。

 

 それを理解した途端、萎縮の速さはとんでもなく速い。

 

「あらら、萎縮しちゃった」

 

「当然だ。 この惨状で声を上げても耳を貸すものはいない」

 

 ウィーストンの言葉に、昇は先を急いだ。

 

「そう言えば、彼女の詳細データは届いているはずだが?」

 

「はい。 名前は早見早苗、私立星降学院高等部1年生です」

 

「星降と言えば、名門の女学校ですね?」

 

「はい。 その学院もテロリストの襲撃で壊滅的な被害を受けています」

 

 裕太郎は、昇に報告する。

 

 コスモシールズもそれなりの情報ネットワークを持っている。

 

「しかし、これだけ大規模なテロを起こす武装国家がいるとは……」

 

「敵の残骸については、コスモシールズが回収します。 なにかわかればそちらに情報を送ります」

 

「心強い」

 

 昨日、早苗と国連軍が倒した異形はコスモシールズの技術版が解析するらしい。

 

 解析すれば、敵についてなにか手がかりが得ることを期待したいと昇は思った。

 

「敵さんは、銃器とかあんまり知らないみたいでしたけど? どっかの原始人ですか?」

 

 ウィーストンがこんな質問をする。

 

「大尉、これはあくまで自分の意見ですが、敵は我々とは異なる世界から武力侵攻を仕掛けてきたという可能性を否定できません」

 

 裕太郎がその質問に答える。

 

「たしかに、異形あれはこの地球で作られたものじゃない雰囲気があった」

 

 昇もその可能性に相槌を打つ。

 

「お、TVニュースが流れます!」

 

 裕太郎は携帯端末のTVアプリを起動させる。

 

 <現場の渋谷区に来ています。 ご覧の通り、忠犬ポチ像は跡形もなく壊され、渋谷208は瓦礫となっています>

 

 アナウンサーが異形の攻撃を受けた渋谷区をリポートしている。

 

 <テロリストたちは、神聖エニグマ帝国を名乗り、東京都心部を蹂躙しました。 このテロで多数の死傷者を出し、私達の平和を奪った帝国に対して、私は激しい怒りを覚えています>

 

「渋谷もひどいものですね」

 

 ウィーストンが哀悼を捧げた。

 

 <さらに、この事件で立憲共産党の山本前代表は無抵抗を訴えるも帝国はそれを踏みにじり、前代表は殺害されました。 政府はこの事態を重く受け止め、今後は帝国に対し武力による徹底抗戦の構えを取るつもりです。 以上、渋谷区からお伝えしました>

 

 その中継に昇は、

 

「首相も戦う道を選んだわけだ」

 

 決意を改めた。

 

「そうですね。 こちとら、市民の平和と安全を守るのが俺等の仕事だしな」

 

 ウィーストンも気合を入れ直す。

 

「まずは、早見早苗の事情聴取を行わなくてはいけませんね。 あとは、この事実を知った本人がどう受け止めるかですね」

 裕太郎は、早苗がまともに話を聞けるのか不安だった。

 

 両親が死亡した事実を言えば、最悪PTSD・心的外傷後ストレス障害を引き起こすかもしれないという懸念があった。

 

「それは彼女次第だ。 貴官が気にすることではない」

 

「申し訳ありません」

 

 昇に咎められ、裕太郎はすぐに謝罪した。

 

「新宿区の野戦病院はどこだ?」

 

「ここから歩いて10分、竹下通り方面に行けばつきます」

 

 近くにいた男性士官に案内され、昇たちは早苗のいる野戦病院へと向かった。

 

 そのころ早苗は生死の境を彷徨っていた。

 

「パパ、ママ!」

 

 夢を見ていた。

 

 眼の前の両親に手を伸ばす。

 

 両親は何かを叫んでいるが、全く聞こえない。

 

 立ち上がる炎の壁、そしてその後ろに立つ異形。

 

 <平和に鉄槌を! >

 

 手にした大剣で早苗を斬り殺そうとする。

 

 その瞬間、

 

「うわぁっ!」

 

 勢いよく飛び起きた。

 

 あたりを見回すと、そこには多くの負傷者が応急処置を受けていた。

 

「ここは、どこだろう? そうだ、わたし、蒼天で敵を倒してやられそうになったんだっけ?」

 

 早苗は痛む頭を抑えながら状況を整理する。

 

「痛た……。 パパとママは無事なのかな?」

 

 早苗は体を動かそうとする。

 

「無理しないでください!」

 

 看護師に止められ、早苗はベッドに戻された。

 

「父と母は無事なのですか? 私、すぐにでも確認したい!」

 

 早苗は看護師に尋ねる。

 

 看護師は何も答えない。

 

「ねぇ、無事なのですか⁉ 答えて‼」

 

 涙混じりに叫ぶ早苗。

 

「それが、ご両親は…… 「そのことについては私が説明する」

 

 看護師の言葉を遮るように昇が早苗の前に現れた。

 

「貴方は?」

 

「国連陸軍日本支部所属・川島昇だ。 君が早見早苗だな?」

 

 昇はそう言いながらパイプ椅子に座る。

 

「これから話すことは、君にとって辛い事実が含まれる。 そのあたりを覚悟しておくように」

 

 早苗は、何を言われるのか怯え始めた。

 

「まず1つ目は君の両親についてだ」

 

 早苗は、両親が無事なんだと期待していた。

 

 だが、それは叶わない願いだった。

 

「残念だが、君のご両親は殺された。 遺体は跡形もなかったがわずかに残された毛髪のDNAからご両親のものが見つかった」

 

 その事実に、

 

「そ、そんな……!」

 

 早苗は大粒の涙を流し、泣きじゃくった。

 

 両親が死んだ。

 

 それが彼女にとって、深い悲しみだった。

 

 しかし、

 

「嘆くな!」

 

 昇が早苗に平手を浴びせた。

 

 突然の平手に、早苗はキョトンとした。

 

「2つ目は君はDAに乗り込んで戦闘に介入したことだ。 本来ならば、これは重大な違法行為だ」

 

 あのとき戦ったことが、違反していた。

 

 早苗は自分が処罰されると覚悟した。

 

「だが、君の操縦センスは高く評価する。 だから嘆くな、1秒の嘆きで100人の人が死ぬ。 それくらいの覚悟があるのなら、私の下へ来ないか?」

 

 昇は、早苗をスカウトした。

 

 その言葉に、早苗はある決意をした。

 

「私は……!」

 

 数時間がたった。

 

「それで、彼女は了承したのですか?」

 

「彼女の決意に迷いが見えなかった。 あれは、生半可なものではない覚悟を決めたようだ」

 

 ウィーストンの言葉に、昇は嬉しそうに答えた。

 

「良かったじゃないですか。 まずは訓練学校で2年間のカリキュラムをクリアしてからが必須条件でしたね」

 

 裕太郎は、インスタントコーヒーで喉を湿らせる。

 

「そうだ。 まずは、兵士の基礎をしっかり覚えてからが望ましいと思っている」

 

 昇はそう言うと携帯食を一口かじった。

 

「それにしても、敵さんが襲ってこないのはなにか事情を抱えているのですかね?」

 

「わからないが、それがかえって不気味に感じるよ」

 

 ウィーストンと昇がそんな事をいう。

 

 そこへ、1台の装輪軍用車が到着した。

 

「川島昇中佐、如月防衛大臣がすぐに防衛省へ出頭せよと仰せです」

 

 運転手が、昇を呼ぶ。

 

 どうやら、防衛大臣が昇となにか話をしたいようだ。

 

「その旨を良しとする。 大尉、後を頼む」

 

了解Roger

 

 ウィーストンに後を任せて、昇は車に乗り込む。

 

 車はそのまま走り出した。

 

「防衛大臣が私に話したいことというのは?」

 

「今回の一件で、中佐と方針を決めたいとのことでした。 あれ・・の開発にも関わることですから」

 

 「国連月面自治領ルナヴァースで作っているあれの事か。 確かに今後の方針を決めないと完成期間に支障が出かねないからな」

 車は防衛省へ向かって走り続ける。

 

 道はほぼ瓦礫で塞がれたり、渋滞が激しかったりと予定通りには進めなかった。

 

「こんなクリスマス、初めてですね」

 

「貴官はそう感じるのか? 私も似たような感情をもっているよ」

 

 昇は、タブレット端末を起動させる。

 

 やはり、昨夜の出来事が世界的に報じられている。

 

「どの国のニュースでも、やはりあの事で持ちきりか」

 

「それもそのはずですよ」

 

 昇と運転手は他愛のない会話を始めた。

 

 そんな会話が続くこと無く防衛省に到着した。

 

 幸いにも、無傷で済んでいた。

 

「川島くん、待っていたよ」

 

 入口でヒゲを生やしたいかつい風貌の男性が出迎えた。

 

「室町先生、お久しぶりです」

 

 昇は、とても懐かしそうになった。

 

 室町光子郎むろまちこうしろう、かつては国連軍教導隊司令官を努めていたが、現在は第一線を退いて防衛大臣を努めている。

 

「ここで話すのも何だ。 中でコーヒーでも飲みながらでもしようか」

 

 光子郎に案内され、昇は応接室へと足を運んだ。

 

 内装はとてもきれいに整っており、襲撃の後とは思えないほどだった。

 

「ここは襲撃されなかったのですか?」

 

「テロリストたちは、あくまでも都市部の商業施設の破壊と住民の虐殺を楽しんでいた。 おそらく、防衛省ここの存在を知ってはいないだろう」

 

 光子郎と昇は、応接室につくと簡易ソファに腰を下ろした。

 

「今回の対処は、実に見事だったよ」

 

「先生が横須賀基地に緊急出動スクランブルを出さなかったら、被害はさらに拡大するところでした」

 

 昇は横須賀基地から緊急出動できたのは、光子郎のおかげだと感謝を示した。

 

 あと少し要請が遅ければ、被害は東京都全域にまで及んでいいたことだろう。

 

「山本前代表がなくなったことで、立憲共産党は大幅な組織改革に追われている。 今のところ有力なのが、」

 

松岡時継まつおかときつぐ議員ですね」

 

 時嗣議員は、陽一の右腕として手腕をふるった人物で、立憲共産党内でも行動力のある若手議員。

 

 そんな彼が次期代表に立候補したのは、弱体化に歯止めをかけ、党の立て直しを図る狙いがあった。

 

「しかし、いくら立憲共産党が立ち直っても、この先待っているのは、」

 

「想像を超える野党への不信感と、党の不要性を訴える者たちの声、ということになる」

 

 野党勢力は現在、ブラッディ・イヴを受けて凄まじい批判の声と不信感の煽りを受けて、活動が大幅に縮小されることを余儀なくされた。

 

 そんな状況で、立憲共産党が立て直しても批判の声を受けるのは避けられない。

 

「だが、君は早見博士の御息女をスカウトしたそうだが?」

 

「彼女の操縦センスは荒削りではありましたが、かなりいい腕をしています。 養成学校で基本カリキュラム期間を2年間受けてから私のもとへ来るように言いました」

 

「それは楽しみなことだ」

 

 光子郎は、若い兵士が活躍することを期待せずにはいられなかった。

 

「それよりも、ルナヴァースで勧めているアレの開発はどうなっているのですか?」

 

 昇は、月面で開発されている何かについて光子郎に訪ねた。

 

「試製零式52型のことか? やっと最終組み立てに入ったばかりだ。 アレの装甲は月面で生成されるルアリウム合金がなければ完成できなかった」

 

「それと、例の操縦システムについてですが」

 

「あのシステムの採用は私でも躊躇している。 何しろ手足全てを義肢にしない限り・・・・・・・・本来の性能を発揮できない」

 

 昇の言葉に、光子郎は頭を悩ませた。

 

「私もです。 できれば、このシステムの量産化が進んでほしくないというのが本音です」

 

 昇も躊躇していた。

 

「それよりも、川島くん。 君に極秘任務を与えよう」

 

 そう言って、光子郎は昇のタブレットに作戦指令書を送信した。

 

「これは、中国軍の不信活動の調査ですか?」

 

「そのとおりだ。 中国もいつ第2のブラッディ・イヴの被害国になるかわからない」

 

 中国は、アジア大陸最大の共産国家。

 

 その国家的思想から、テロの被害国になったら自分たちでなんとかするために躍起な行動を起こしかねなかった。

 

「本作線の案件、受領しました」

 

「頼むぞ」

 

 光子郎と分かれた昇は、防衛相を出て空を見上げる。

 

 あたりはすっかり暗くなっていた。

 

 イルミネーションイベントで彩られた町並みも、今やすっかりその面影もない。

 

 灰となったクリスマスツリーや、消し炭になったケーキなどがあちこちに転がっている。

 

「改めて見ると、何故このようなテロを?」

 

 昇は、疑問に思った。

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