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展示空間における「余白」から引き出す錯覚体験

概要

芸術界隈において余白として知られる「虚無(Void)」とも呼ばれる要素は、鎌倉画廊の展示空間のデザインにおいて極めて重要な役割を果たします。その目的は、作品と作品の間に必要な余白を加えることで、展示空間に調和とバランス感をもたらすことです。視覚的な混雑を避けることで、作品が中心に据えられ、作り手と鑑賞者を考慮した鑑賞体験が確保されます。

視覚的な観点から見ると、余白は広がりや奥行きの錯覚を作り出し、展示か空間内に開放感と静寂を引き出します。さらに、作品一つ一つのスケールを強調し、鑑賞者が細部にまで注意を向けることができます。一方で、作品と作品の間に余白がない場合、鑑賞者は作品のディテールを見逃すのではないかと私たちは考えました。

今回、私たちは余白を鎌倉画廊で最大限活用する作品の展示方法を考えました。真っ白な背景に錯覚体験を持ち込むことで、作品のストーリーの継続を可能にします。よって、作り手が伝えたいメッセージや鑑賞者の体験や作品の解釈にさらなる奥行きを与えることができるのではないか。今回提案する2つの手法により、作品の存在感を高めながら、没入感のある楽しい鑑賞体験が作れるのではないかと思いました。

企画

① ボックスの中を「覗く」と、別の空間が
〜 比較で感じる余白の広さ 〜

i. 概要
鎌倉画廊は作品と作品との間隔が広く取られています。余白が多いと作品がより際立つように感じられるという効果があります。
そこで、鎌倉画廊の特徴である「余白を生かした空間」を体感してもらうために、ジオラマ模型で窮屈な空間を作りました。このジオラマ模型を覗くことで、鎌倉画廊の空間や、その中での展示の良さをより一層実感してもらえると考えました。

ii. 鑑賞方法
狭く余白が少ない展示空間をジオラマ模型として箱の中に再現しました。この箱を覗き込んでじっくりと見てから、振り返り、実際に作品が展示されている空間を見てください。

iii. タクタイルイリュージョン(錯覚)の仕組みの説明

左側の図に縦線が2本ありますが、右の方が長く見えます。
一方、右側の図では、右の縦線より左の縦線が長く見えます。

"鉄道の遠近法(railroad perspective) "とも呼ばれるポンゾ錯視と呼ばれる現象を活用しました。この現象は、脳が周囲の環境を利用して、物体の相対的な大きさや距離を判断することで起こります。今回のジオラマ模型の場合、狭くて余白の少ない空間が、箱の中で小さく再現されています。

箱の中を覗き込むと、脳はジオラマ空間を別の環境として認識し、箱の中の事象を基準として、その中の物体の大きさや距離を判断します。しかし、実際の展示空間を見ると、脳は別の基準点を使っているため、空間が以前より大きく見えることがあります。

このような錯覚が起こるのは、脳が事象や相対的な位置関係に基づいて大きさや距離を解釈することに慣れているためです。ジオラマから実際の展示空間に移動した時のように、事象が変わると、脳はその解釈を調整しなければならず、その結果、知覚される環境の大きさが変化する仕組みになっています。

② フィルターを付けて、空間の楽しみ方を「発見しにいく」
〜 新しい見え方を発見させる余白の面白さ 〜

i.この表現手法をとった狙い
「残像効果」という現象を知っていますか? 残像効果とは、人が光を一定時間以上見続けたとき、その光が消えた後も、それまで見ていた光や映像が残って見える現象です。
この現象を利用することで、箱の中を覗いてから鎌倉画廊の白く広い壁を見ると、蝶が賑やかに飛んでいる影が見えませんか?このフィルターのような蝶達とともに、鎌倉画廊の色々な場所を見てみてください。想像が膨らむかもしれません。

ii. 鑑賞方法
箱の覗き穴を覗き、中の点を30秒ほど瞬きせずにじっと見てください。そこには何が写っているでしょうか。覗き終わったらすぐ、後ろにある壁を見てみてください。どう見えるでしょうか。

iii. タクタイルイリュージョン(錯覚)の仕組みの説明

晴れている時に外に出ると、自分のかげができます。周りを見回すと、
自分の影だけではなく、建物や木のまわりにも、たくさんのがみられます。

かげおくりは残像現象を利用した遊びです。残像現象とは網膜に映った映像がすぐに消えずに残る現象のことです。そして残像には陽性残像と陰性残像がありますが、かげおくりは陰性残像です。色が反転して残像が映ります。つまり、かげおくりでは影は黒色なので白い残像が残るのです。そしてエンメルトの法則も作用しています。この法則は、残像の大きさが映る場面の距離に比例する法則です。地面と自分の距離と、自分と空の距離を比べるともちろん空の距離の方が長いです。長さに比例して残像が大きくなるという法則です。この法則により「白い背景」に移る残像が大きくなります。ここでもコントラストが生まれます。

実践(鑑賞者フィードバック)

① ボックスの中を「覗く」と、別の空間が
〜 比較で感じる余白の広さ 〜

模型の出来の低さが心残りでした。ジオラマ模型の箱の中を実際の展示会場所の真正面に飾られていた作品に入れ替えた方が、もっと趣旨が伝わったのではないかと思いました。設営日前に展示場所と作品が把握できていなかったため、来場者に基準を満たすジオラマ模型を見せることができませんでした。ジオラマ模型を手で持って目線の高さまで運ぶのではなく、窓の低い位置に配置すると、よりしゃがんで覗き込む体験を提供することができたのかもしれません。

② フィルターを付けて、空間の楽しみ方を「発見しにいく」
〜 新しい見え方を発見させる余白の面白さ 〜

普段注目しない、展示空間の余白に着目した背景は興味深く、来場者は作品を新しい角度から鑑賞することができました。ただ、手で持っては行けないものと思った方が多かったため、触れても良いと示すサインがあるとよかったと思いました。制作過程の段階では、短期間で立体物を作成する細かい作業を行おうとしたため、設営時に製作が間に合わず画廊で作業を行ってしまいました。そのため、残された時間で作れる計画を立てることは大事だと実感しました。

最後に

今回の展示で私たちは、画廊における展示の難しさを実感したと共に、日常的に見かける余白というものを改めて考えるきっかけとなりました。

展示を一から作り上げることは非常に貴重な経験でした。特に展示を考える際には、常に他者視点(鑑賞者側の視点)になって物事を考えることが必要で、その経験が私たちにとって非常に貴重な経験でした。また、今回の展示では想像していたより展示物を紹介するキュレーターは重要な役割を担っていると感じました。キュレーターの説明の仕方や立ち回り(鑑賞者に話しかけるか話しかけないか等)によって鑑賞者が受ける作品の印象や作品の理解度は大きく変わってくるので、また自分で展示を運営する機会があった際には作品の紹介の仕方にも気を配りたいと思いました。

たくさんの情報で溢れている現代の風景に対して、鎌倉画廊の真っ白な空間は非日常的で贅沢に感じた。そして空白は想像力を掻き立てるので、アートを鑑賞するにあたってとても良い効果を産んでいるのではないかと感じました。

鎌倉画廊の白い壁、コンクリートの床がつくる空間は、そのものが展示の印象に大きく関わっているということに気づきました。今後も余白に着目することによって作品をより際立たせられるような展示を模索してみたいです。

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