①肉を切っていた
僕は肉を切っていた。
ゴンゴンと響く鈍い音。
赤黒い血が滴る。
積み上がっていく、肉。
それをガラス越しに子どもが見てくる。
「ラストオーダーなしでーす。」
ホールの方から声が聞こえたところで、僕は手を止めた。
…しゃぶしゃぶ用の豚肉スライサーも止まる。
あとは締め作業をして、明日の営業準備をしたら終わり。
僕は待ちきれず、手袋を外し、スマホを覗いた。彼女からの返信は、ない。
はぁ、と誰にぶつけるでもなくため息をついた。
大学生になって初めてできた彼女。
いわゆる大学デビューというやつだ。
圧倒的男子多数のゼミクラスで、紅一点の子と偶然にも趣味が合った。
入学時に立てた、
「夏の花火大会に初めての彼女と行く」
という目標に洗脳されるように、僕はたった1回のデートで告白した。
そんな雑なアクションにも関わらず、彼女は首を縦に振ってくれた。
それからの数日といったらもう、僕の胸の奥底に棲むシシャモのような小人たちがクラッカーを鳴らし、「ぼくにかーのじょができたんだ〜」と歌い出す。授業なんて手につかなかった。
…ところが次第に状況は変わった。
だんだんと、彼女の返信は付き合う前より遅く、そっけなくなっていった。
わけがわからない。
絶望した。
こんな個人的大惨事にあっても、日々は続くし、バイトはある。
自宅に帰り着いて、玄関に雪崩れるように座り込む。
疲れた。
ふと、友人にLINEした。彼は恋愛マスターだった。
<ちょっと相談したいんだけど…>
すると電話がかかってきた。慌てて出るといつもの掴み所のない上機嫌な声が聞こえた。
「おーっす!」
僕は自然と返事がそっけなくなる。
「おん。」
「今から飲まん?」
「えっ?」
彼はいつも唐突だ。でもそんな気楽さに救われる。
「…いいけど。」
「じゃあ迎え行かせるわ。」
「えっ、誰に…。」
彼の受話器の後ろからは、何やら女の子の声がする。
「まあまあ、行ったら分かるよ。じゃあそうだな、1000号館の前でいい?」
「はあ…。分かった。」
「じゃあまたあとでな!」
そう言って彼は電話を切った。
なんなんだ…。そう思いながらも、連絡したのはこっちからだし、まあ直接話を聞いてくれるならありがたい。
誰がいるのか分からんけど…、とりあえず行こうと思い、バイト終わりの独特な厨房の匂いがついた格好のまま家を出た。
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