化野夕陽

化野夕陽

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引き換えるもの

これは、いわゆる〈異世界転生〉というやつなのだろうか。濃い緑色の舗装道路を、なぜだか必死で走りながら——どうやら逃げているらしい——頭の中を過ったのはそれだった。でも違う。別にマンガに出てきそうな、なんちゃってヨーロッパ的世界でもなさそうだし、仰々しいドレスを着た大層なご身分の悪役令嬢とかでもないらしい。随分と小ぎれいな庭園や澄んだ水の流れる川。時代や土地の分からない建物。なんだか見慣れない風景だと思ったけれど、いや、日常的ではないけれども、見たことはあると思えた。  しかし

    • 桜虫

       ああ、桜。桜よ、桜。  渡米が決まった時、私の胸に去来したのは、なんだか妙におセンチな台詞だった。戦前や戦中の軍歌や国威高揚の歌じゃあるまいし。さらには普段、そんなに桜に思い入れがあるわけでも何でもない。ただ、外国の学校へ行くのだと思うと、入学が春ではないのだという、その事ばかりが頭を過った。そんなことより、全く得意じゃない英語とか、内向的といっていい性格の方を心配すべきなのだが、これは一種の逃避なのかもしれない。  転勤が決まった時、父は家族会議を開いた。母と兄と姉と私。

    引き換えるもの