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私の朝潮

限界集落で生まれ育った私は、どこに行くにも大変だった。
バス停も遠い、電車の本数は少ないと。
そんなわけで、高校を卒業して故郷を離れ、学生時代は寮生活を送ることになるのだった。
まあ、空気を読めないし共通の話題もないしで、誰とも口をきくこともなかった。
常に、芥川龍之介、太宰治、川端康成、北村透谷らみたいに絶対に自殺する!と、どんな方法でするか考えていたのだった。

本当につまらない日々だった。早く消えたかった。
だが、しかあし!
明治生まれの温厚なクリスチャンの自然科学の教授に出会い、野山を散策して動植物を探すサークルに。
日本人でもこんなに素敵な人がいるのだと思った経験だったかもしれない。

そして、寮に住んでいた猫の朝潮。年齢不詳。


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もう40年も前のことなので、写真はない。当時は携帯電話はおろかデジカメもなく、カメラは気軽に撮影できるものではなかったのだ。
ということで、ネットの拾い画像なのだが、そっくりな猫だ。
もうちょっと薄汚れているが。
寮の食事で出た残飯を捨てる穴が敷地内に掘ってあったのだが、朝潮はその場所に住んでいたのだ。

何年か前の先輩らが、力士の朝潮そっくりだからと名付けたらしい。

そうそう、大関朝潮を猫にした感じ。

汚い、怖いという寮生もいたが、私にはとても懐いていたのだ。
ついでに言うと、同室の先輩の目を盗み、こっそりと部屋に入れて一緒のベッドで講義のない昼間に寝たこともある。

猫の朝潮がいたから、死にそこねたじゃあないかああ。
と、悔しがる私がいるのであった。

今は昔。昭和の時代。アチコチに野良猫がいて、去勢手術なんぞしなかった。そんな時代の話だ。



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