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肉体の痛み、人生の痛みは霊的成長のためにある

 Anatomical Spiritual Therapyを教えているシャーマンのKEIです。前回からの続きをもう少しお話しします。

 一緒に講座をやってくださっているホリスティックドクターの幸島先生は生前のバーラサイババから、「肉体を治療できても、魂を治療できる医師はいない」とメッセージをいただいたことがあったそうです。

 肉体を治療すること=魂を治療することになれば、その人の人生はどんなに素晴らしいものになるでしょうか?きっと100年後には肉体と魂の治療は当たり前のことになっているのではないかなと思います。太古の叡智、生命を生み出してきた叡智は私たちの科学を超えるものであり、今は隠されており、それはないものあるいは不確かなものとされていますが、消えることはありません。

 私たちは肉体そのものではなく、肉体は私たちにとって自分自身の本質である魂の器です。今日はそのことについて少し解説します。

 肉体は例えるなら車で、その車を運転するドライバーが魂です。車を使えばガソリンを消費し、ガソリンがなくなれば車は動かなくなります。しかし、車内にいるドライバーには問題ありません。

 肉体の死も同じです。車や肉体や何らかの理由で動かなくなったとしても、その中にいるドライバー(魂)である自分自身は生きています。魂の器である肉体が不調や病にかかっている時、医師も患者も「(肉体レベルにフォーカスして)肉体を治さなければ!」と考えます。なぜなら、車を壊れた状態で使い続ければ止まって動かなくなるだけでなく、事故の原因にもなるからです。

 肉体を不調や病のまま放置したらどうなるでしょうか?多くの場合不調や病は放置しても治りませんので、どんどん悪化して働けなくなったり、治すには遅すぎる手のつけられない状況になったり、死を迎えるかもしれません。

 人類の歴史は生き抜くこと=死への恐怖を乗り越える歴史でもあります。肉体は死を迎えるとやがて虫や菌によって食べられ分解されて自然の一部となります。物質的に消えてしまいます。ですから、死は私という存在の消滅のように思え、死を恐れるのは当然のことです。

 ですが、車(肉体)を運転しているドライバーは魂であり、肉体が不調や病の状態にあるとき、魂である私たちもまた病の状態だと思いますか?
 魂は物質的ではない、エネルギー的な状態です。エネルギーは変化しますが、病になることも怪我をすることもありません。

 私たちの魂が消滅したり、病んだりするように思えることはあるでしょうが、それもまた幻であり、私たちの魂の本質は神と同一であり、飢えることも病に悩むこともないのです。この意味は真理を勉強するとだんだん分かるようになってきます。

 そして、車が故障(不調や病、怪我)したのは、車に原因があったのでしょうか?多くの場合、車の所有者がメンテナンスを定期的にしていなかったり、運転の仕方に問題があったりと原因は車の中にいるドライバーである所有者の行動が原因です。

 もしかしたら、車が傷だらけになるような荒い運転をしているかもしれません。
車を定期的にメンテナンスしないで、酷使し続けているかもしれません。
あるいは車に合わないオイルを燃料として使っているかもしれません。
ドライバーの精神状態や感情に問題があり、不安定な運転をしているるかもしれませんし、こっそり飲酒運転してるかもしれません。
 ドライバー(魂)の問題は生き方の問題であり、そこには感情や精神、過去生、カルマ、生きる目標、自己肯定感、価値観などさまざまなことが関わってきます。

 だからこそ、肉体の問題にだけ取り組んでも、生き方や考え方を変えなければ問題の本質の解決には繋がらないのです。
 
肉体はこの世界を体験するために必要な器ですが、自分自身ではありません。肉体と同時に自分自身を癒やした時、それは肉体の不調や病の本当の原因を理解した時です。その時に私たちは霊的成長の階段を一つ上ります。
 人生の中で肉体を通じて痛みを体験し、肉体を癒やし、自分を癒やすというプロセスを経て、やっと一つの課題を完了させることができます。

 私たちが与えられた100年にも満たない短い人生の中でどれだけの課題をこなせるかは、その人自身のカルマ(課題)の量と霊的な勉強の深さによって変わってきます。

 私が真理の勉強会を開催しているのは、自分で痛みのない人生を創造し、バランス良く生きていく力をつけて欲しいと願っているからです。今回の人生で得た学びは魂の財産であり、唯一来世へと持って行ける素晴らしい宝物です。

 また世の中には素晴らしいヒーラーもカウンセラーもいますが、いつかは自分で自分を癒やし、痛みや苦しみのない人生を創造できるようになることが重要です。私たちは一人では成長できませんので、時には病にかかったり、怪我をしたりして、いろんな人の助けを得て、何かを体験をすることが人生には起きます。それはとても重要な体験であり、意味の無い出来事は何一つ私たちの人生には起こりません。

 存在の本質において物事を見るならば、全体を捉えて、そこから何を体験し、学び、気づく必要があるのか?が重要です。気づきは私たちが魂のレベルで癒やされるために必要なものです。

 もしあなたが魂を治療したり、癒やすことのできる人になりたいのであれば、肉体について学ぶことと同時に真理を学ぶことを勧めます。真理を学ぶことは自分自身を知り、この世界の理を理解することです。そこには体の仕組み、感情や思考が与える影響も含まれます。

 キプロスの賢者と呼ばれたダスカロスは真理を教えながら、魂レベルでのヒーリングができるセラピストを育てていました。そしてセラピストは体についての知識が必要であるとも伝えていました。

 真理を学ぶ道はいろいろとあります。どの道に進んで学ぶかは過去生と深く関わることもあります。いつの時代にも真理へと導いてくれるマスターは存在しています。あなたの霊的成長を導き、見守ってくれるマスターを探してくださいね。

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