マハーバーラタ/1-5.カーシー王国のスヴァヤンヴァラ

1-5.カーシー王国のスヴァヤンヴァラ

ヴィチットラヴィールヤはサッテャヴァティーにとっても国民にとっても唯一残された希望であった。
ビーシュマは彼の父親役であり、そろそろ彼の結婚を考える時期に差し掛かっていた。

カーシー王国との間には娘をクル一族に嫁がせるという慣習があった。そして現在アンバー、アンビカ―、アンバーリカーという美しい三姉妹の娘がおり、この王女たちは彼の花嫁としてふさわしいと考えていた。
ところがある日、カーシー王から娘たちのためにスヴァヤンヴァラ(王家の娘がご主人を選ぶ為のイベント)を開催するとの知らせが届いた。これは今までの慣習を裏切ることを意味し、ビーシュマにとっては侮辱であった。ビーシュマはこれに激怒し、スヴァヤンヴァラが行われるという町へ下りて行った。

スヴァヤンヴァラの準備は完璧に進んでいた。バーラタの全ての国々の王が出席し、宝石で着飾った王子達で会場は明るく輝いていた。
彼らの身にまとっている花の香りの中にビーシュマが現れた。その場に来るはずのないビーシュマを見て皆が軽蔑の思いを込めて笑った。
「あのデーヴァヴラタを見てみろ! 永遠に独身を決め込んだあいつがお姫様たちの美しさに釣られて来たぜ。あの娘たちの美しさは禁欲のリシでさえ心が揺れてしまうんだから仕方ないよなぁ。あいつは親父を喜ばせる為にした誓いを忘れちまったみたいだなぁ。もうあんなに年を取ってしまったあいつが王子の一人として選ばれるつもりで来たなんてな。何を期待しているんだろうな。誰があの男の相手をするっていうんだい」
ビーシュマは稲妻のような声で答えた。
「おお、そうだとも! この姫たちをハスティナープラへ連れ帰る為に来たのだ! 我が義弟ヴィチットラヴィールヤの花嫁としてクル一族の王妃となるのだ! 私に挑む勇気がある者がいるなら奪い返してみるがいい!」
ビーシュマは娘たちを一人ずつ馬車に入れて帰ろうとしていた。
その場にいた王たちは怒り、カーシー王と共に突撃したが、ビーシュマには全く歯が立たなかった。
その中で唯一ビーシュマの胸に傷を負わせたのが勇敢なサールヴァの王であった。だが彼は御者も馬も殺され、武器も失って地面に放り出された。もはやビーシュマの慈悲を待つのみとなったが、ビーシュマは堂々とした態度で彼を殺さずに去っていった。

ビーシュマがハスティナープラに戻ると、まるで3つのお月様のような美しい姫たちを一目見ようと人々が大通りにごった返していた。
ビーシュマは姫たちを馬車から降ろし、サッテャヴァティーの前に立たせた。
「お母様、ヴィチットラヴィールヤの為に連れてきた花嫁たちをご覧ください」
サッテャヴァティーは喜び、息子を呼びにやった。ヴィチットラヴィールヤも大変喜び、ビーシュマに愛と尊敬のまなざしを向け、足元にひれ伏した。彼を抱きしめたビーシュマの目は父親のような愛の涙で濡れていた。

その時、恐れに震える声が聞こえた。
「どうか、私の話を聞いていただきたいのですが・・・」
その声は一枚の葉っぱのように震える長女アンバーであった。
「ビーシュマ様が会場に来た時、私はサールヴァ王に花輪をかけようとしているところでした。すでにご主人様として彼を選んでいたのです」
「な、なぜ、それをその場で言わなかったんだ? カーシーを出発する前に言ってくれればよかったのに、なぜ黙っていたんだ?」
「あまりにも突然すぎてそのようなことを言えませんでした。話す勇気を絞り出す頃には、すでに道中の半分を過ぎていました。ですから今話そうとしているのです」
その場にいた皆が混乱している中、ヴィチットラヴィールヤが口を開いた。
「既に誰かに心に決めていた女性と結婚するのは正しいとは思えません」
サッテャヴァティーとビーシュマは彼の意見に同意した。
ビーシュマはアンバーに話しかけた。
「すまなかった。あなたが心に決めたご主人の所へ行かせてあげましょう。良いお供を付けます。あなたにはサールヴァ王の所へ行く自由があります」

こうしてアンバーは心を愛で満たしてサールヴァの国へたどり着き、王の元へ駆け寄った。
「ご主人様、帰ってきました! ビーシュマに連れ去られたとき、すでにスヴァヤンヴァラであなたをご主人様として選んでいたことを伝えたら、私を自由にしてあなたの元へ送ってくれたのです。どうか私を受け入れてください」
サールヴァ王は大声で笑った。
「受け入れてください? 何を言っているんだ? 私が敵からの贈り物を受け取るような乞食に見えるのか? デーヴァヴラタはあの場の全員を戦いで打ち負かし、お前の右手をつかんだのだ。クシャットリヤのダルマでは、戦いによって女性を勝ち取った者がその女性の夫なのだ。彼の所に行って結婚してくれるように頼めばいいさ。私はあなたを受け入れることはできない」

アンバーは屈辱を受けた悔しさと痛みを胸に抱えてハスティナープラへの道を引き返した。
ビーシュマの前に立つと、彼女の頬には涙が流れた。
「何があなたを悲しませているのだ? サールヴァの所へ送ったはずなのになぜここに戻ってきたのだ?」
「旅は実りなきものでしたが、ダルマシャーストラには詳しくなりました。サールヴァ王は私のことをまるで妹のように見ていました。
戦いで女性を勝ち取った者がその女性の夫なのだと彼は言っていました。ビーシュマ様、あなたはあの場にいた全ての王たちを打ち負かし、私の右手をつかんで馬車に乗せました。
今、私は何者でもありません。どうか私に女性としての人生を与えてください。どうか私と結婚してくださいませ」
ビーシュマは目の前で泣いているアンバーへの同情に圧倒されていた。自分のせいで人生を台無しにしてしまったというすまない気持ちでいっぱいのまま、優しく話しかけた。
「こんな形になってしまって申し訳ないのだが、あなたと結婚することはできないのです。私が生涯独身の誓いを立てているのを知っているでしょう? どうかその考えはあきらめてほしい。私は結婚しないのです。
既に主人を選んでいたことをカーシーにいる時に伝えてくれさえすればこんなことにはなっていなかった。運命を変えることはできない。あなたは決して私の妻になることはないのです。
サールヴァ王をなだめることなら今からでもできるはず。他のことならなんでも手助けするが、こればかりはどうしようもないのです。私は誓いに縛られているので、あなたの言う方法であなたを救うことはできないのです」
そう言ってビーシュマはアンバーの目の前から立ち去った。

星の巡りが悪いアンバーはその後6年もの間、虚しく過ごすことになった。不幸の原因となったビーシュマを憎む気持ちでいっぱいにして森へ行った。
森では修行者たちと出会い、身の上話をして修行に加えてほしいと頼んだが、あまりに若い女性が彼らの中にいるのはふさわしくなく、困り果てていた。
そこへアンバーの祖父、ホートラヴァーハナがやってきてアンバーの身に起きた悲しい出来事を聞いた。
「ビーシュマの先生であるバールガヴァは私の親しい友人です。彼ならビーシュマを説得し、あなたと結婚させてくれるはずだ。ビーシュマは決して先生に逆らうことはしない」

数日後、バガヴァーン・バールガヴァがやってきて彼女から話を聞いた。その偉大な聖者は弟子のしたことに対してすまなく思った。
「私がビーシュマに話してみよう。私から結婚するように頼めばきっと聞いてくれるだろう」
バールガヴァはビーシュマを呼ぶよう使いを送った。

ビーシュマが急いでやってきてバールガヴァの足元にひれ伏した。
「おお、慈悲深いバールガヴァ先生、この場に姿を現して私を呼んだ理由は何ですか?」
バールガヴァは立ち上がってビーシュマを抱きしめた。
「おお、我が弟子ビーシュマよ。苦しんでいる一人の人間を助けてもらいたいのだ。この美しい女性を知っているな?」
ビーシュマが振り返るとそこにはアンバーの姿があった。
「ええ、知っていますとも。彼女は運命に裏切られた女性です。彼女はサールヴァ王と結婚することを決めていたのに、彼はそうしなかった。私は独身の誓いを立てているので結婚することはできません。そんなことがあって彼女はハスティナープラから去っていきました。なぜ彼女がここに?」
「お前と結婚させるためだ。私が彼女と約束した。私の言葉を偽りにしてはならない」
「先生、私が決して結婚しないというという大変な誓いを立てたことをご存じだったはずです。たとえ先生の頼みでもそれはできません」
弟子は先生の言いつけに従うべきだということを分からせるためにあらゆる手段を使ったが、最後までビーシュマを説得することはできなかった。彼は頑なだった。ついにバールガヴァは怒りを露わにした。
「この私がお前を呪うことになるぞ。それを避けたければ私と決闘するのみだ」
ビーシュマはジレンマに陥った。最愛の先生から呪われたくはない。その恐ろしい選択の中、選んだのは先生との決闘であった。
「先生、私がどれほどあなたを慕っているかをご存じでしょう? そのあなたが戦うよう言いつけたのですから、あなたと戦う方がましです。私を愛してくれている先生、あなたに呪われたくはありません」

二人による恐ろしい決闘が始まった。
数日に渡る戦いは天界の神々に見守られ、休むことなく続けられた。お互いに全く衰える気配がなかった。
ついにビーシュマはプラスヴァーパという名のアストラを放つ決心をした。それは世界の破滅をもたらすものであった。
その時、ナーラダとルッドラが仲裁に入った。
「ビーシュマ、そのアストラを放ってはならない。お前は世界を破滅させる役割を担ってはいない。それは他の者によってなされることだ。戦いをやめるのだ。先生の方から戦いをやめるのは侮辱にあたるのだから、お前が先に身を引かなければならぬ」
こうして戦いは終わった。
バールガヴァは見事に戦った弟子ビーシュマを抱きしめた。
「お前は最高の戦士だ。この私でさえ打ち負かすことができなかった」
バールガヴァはアンバーの方へ振り返った。
「お前が見ていた通り、私はできる限りのことをした。だが、ビーシュマの決心を揺らがせることはできなかった。彼は真実の道から決して逸れることはないだろう。あなたの望みは叶わなかったのだ」

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