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マミ、普通の女の子に戻ります!の巻『スター志願』/キミをスターに②

1977年7月17日。人気絶頂だった3人組アイドル・キャンディーズがコンサート会場でサプライズを行う。「私たち、普通の女の子に戻りたいんです」という、衝撃の解散・引退宣言だった。事務所にも内緒の発言であった。

「普通の女の子に戻りたい」は、当時の流行語にもなり、実際に翌年4月、解散コンサートを終えて、3人とも芸能界を引退してしまう。(後にそれぞれ復帰されているが)

アイドルの引退と言えば、1980年10月、これまた人気絶頂期にあった山口百恵が数々の映画で共演してきた三浦友和との結婚を機に芸能界を退いてしまう。ラストコンサートでは、マイクをステージに置くというパフォーマンスを見せ、これも様々なパロディを生んだ。

そして、この1980年は山口百恵と入れ替わるように、同年4月に後に伝説的アイドルとなる松田聖子が歌手デビューする。次々と人気アイドルが生まれていく、本格的な80年代のアイドルブームの幕開けである。


そんな芸能界が賑やかし1980年に描かれたのが、本稿で取り上げる「エスパー魔美」の『スター志願』である。

本作は魔美が芸能プロダクションにスカウトされて・・・というお話ではあるが、当然その裏には悪事が蠢いている。芸能界は華やかで人目を引き付ける一方で、華美な光に目が眩んだ人たちが騙されやすい場所でもあるのだ。

同じような話が「パーマン」にもあり、これは前稿でご紹介した。発表順では、こちらの作品の後ではあるが、本作との共通点も多いのでチェックしておくとよいかも知れない。


「エスパー魔美」『スター志願』
「少年ビックコミック」1980年10号/大全集4巻

あらかじめ書いてしまうと、本作は、魔美が活躍の自覚をしないままお話が終わってしまうタイプで、藤子先生お得意のパターンでもある。(一例としては「パーマン」の『パーマンの休日』など)

こうしたパターンは、主人公の勘違いが重なって、勝手に事件に巻き込まれ、勝手に事件を解決してしまう。構成が練られていて、傑作となることが多いのが特徴である。


冒頭魔美は、パパの絵のモデルのバイトのため、放課後の家路を急ぐが、見事に空き缶に躓いて転んでしまう。すると魔美を見ていた男性が、「見つけた」と呟き、声をかけてくる。

差し出した名刺には「PANプロダクション スカウト課、宇野目高史」とある。彼は芸能プロダクションのスカウトマンらしく、魔美のことを生まれながらのスターだとおだててくる。

とにかく「社長に会え、カメラテストでも」と畳みかけてくるので、思わずフラフラと心惹かれる魔美だったが、はたとモデルの仕事を思い出して、スカウトを振り払ってしまう。

いきなり冒頭から情報量が多いが、まずスカウトの宇野目高史の名前は、集中して物を探す態度を意味する「鵜の目鷹の目(うのめたかのめ)」から名付けられている。

コケた魔美を目にして「見つけた」と言っているが、これはおそらく彼女のドジっぷりから、うまく騙せるような子だと判断したものと思われる。


魔美は気分上々だが、「甘い言葉に乗せられるマミではない」と、自らを言い聞かせる。しかし、パパの絵のモデルが始まると、考え事の時間がたっぷりあるために、さっきのスカウトは大手のプロだったのではとか、自分の外見がイイ線いっているのでは、などと欲目をが出てくる。

そんなところにママが帰ってくるのだが、魔美が小さい頃に親戚の家で遊んだこともある女の子が、今売れっ子の新人女優の水沢エリだという話題を出してくる。

女優になったきっかけは町でのスカウトだったらしく、偶然のチャンスを掴んだというのである。魔美はそれを聞いて、自分もチャンスが来ているのでは、と色めきだってしまう。


翌日、高畑に「芸能プロはインチキが多いのか」と聞くと、「そういう噂は聞くけど・・」というような答え。そこで、実は昨日スカウトを受けた話をすると、「そりゃもう、絶対にインチキだ!! 関わらない方がいい」と力強く答える高畑。 

これをブジョクと感じた魔美は、「逆に関わってみようじゃないの!」と天邪鬼な対応に向かう。高畑の説得が逆効果となってしまったようである。


パパのモデルを断って、貰った名刺の宛先を見てPANプロダクションを尋ねることに。住所を見ていくと、人波ごった返す新宿の、裏通りの、雑居ビルの地下室に辿り着く。まあ、いかにも胡散臭い。

プロダクション内では、所属タレント(?)が宇野目高史と事務所社長と思しき人物と揉めている。通行人やら死人の役しか回ってこない上に、ギャラが一度も振り込まれないというクレームを付けているのである。

「今は投資の時期だ」などと言い返されているが、そのタレントは怒って事務所を辞めてしまう。魔美とは入れ違いになるのだが、魔美は見覚えのあるタレントだと思い、ここは本物の芸能プロではと思い直す。


残された社長と宇野目の会話からすると、今出ていった男が最後の一人のタレントだったらしい。「山口桃恵が一人いればいいんだよ」などと乱暴な議論をしている。

そして宇野目が、カモになりそうな人たちに片っ端から声を掛けているらしいこともわかる。そこへ魔美が現れたものだから、宇野目は「こないだお話したカモ・・・いや、お嬢さんですよ」と社長に紹介してしまう。

魔美はまだ決めてわけではなく、色々話を聞きたいと言う。実際には中身のないプロダクションだが、ここからいくつかの偶然が重なって、魔美は本当の大プロダクションだと勘違いしてしまう。

・NHKからの視聴料集金が来て、大河ドラマのオファーだと誤魔化す
・武田鉄矢から間違い電話があり、仲良い振りをする


ところが、入社手続きの話になった時に、研究所入学金など合計33万の支払いが必要と聞いてテンションダダ下がり。社長は魔美からお金がないと聞いて、「カモを見分ける目もないのか」などと宇野目に文句を言う。

するとそこへ、いかにもイモっぽい田舎女と金を持っていそうな父親が事務所に訪ねてくる。宇野目高史が声を掛けた女らしいが、社長は「カモとイモの区別もつかんのか」とおかんむり。

ところが父親が金に糸目はつけないから、やるならトコトンやれと娘に告げたらしく、余裕で100万はありそうな札束を差し出すと、急に社長たちも対応が丁寧に変わる。

一人話から外れた魔美は、家に帰って考えてみますと声を掛けるが、「ごゆっくり!!」と相手にされなくなってしまう。


このあたりのやりとりで、怪しい芸能プロとわかりそうなものだが、魔美はいつの間にか本気で今後の進路について検討を始めてしまう。

タレントになるにはお金がかかる
⇒やっぱり美校へ進学しようかな
⇒でもみすみすチャンスを逃すのも残念
⇒貧しい父にこれ以上負担を掛けるのも悪い

モデル中に考え込んで、ポーズを取るのを止めてしまったりする。

その翌朝も

大スターになれば莫大な収入が入り、パパ念願のフランス留学もできる

などと考えていると、ドブに落ちそうになってしまう。

そこへ高畑が「どんな映画出てるの」などと軽口を叩いてきたので、「からかわないで、深刻に悩んでいるんだから!!」と感情的になるのであった。


さて、既に騙されてしまっているカモイモ姉ちゃんと父親が、事務所社長と白澤監督という男と豪華なディナーを囲んでいる。監督は次の主役を探しているが、宝竹映画の首脳部が予算を出さないので企画が流れる恐れがあると危機感を煽っている。

「せめてあと一億あれば明日からでもクランクインできる」と会話が進んだところで、イモ女の父親が立ち上がり、その一億を「わすに出させてくれませんか」と申し出る。

「あなたが!?」と驚かれるが、これは完全にしてやったりというところだろう。父親は田舎の大地主だったようで、田んぼを少し売ればそのぐらい訳ないという。娘をスターにするためなら、本当に金の糸目をつけない男であったのだ。

なお、金持ちが足りない予算をカバーさせられそうになるパターンは、前回の記事の「パーマン」『きみをスターに』で、三重晴が騙された展開と同じである。

さて、白澤監督は、思っていた通りに宇野目高史が変装していただけ。二人はこの一億を入手したら、その足で成田へ直行し、香港に逃げることにする。プロを辞めたタレントたちから、横領罪で訴えられそうになっていたのだ。


一方の魔美。あれから一週間悩みに悩み、出した結論は「やる!!」というもの。そしてやると決めたからには、石にかじりついてでも日本の星となってみせると強い意欲を見せる。

そして「あたしを信じて黙って貸して!!」と、涙ながらにパパからモデル代の前借りをして、新宿のPANプロダクションへ飛んでいく。

ところがちょうど事務所では、社長と宇野目は高跳びの準備中。そこへ魔美がやってきたので、今度は「タレントなんてやめなさい」と言って帰そうとする。魔美が食い下がるので、「明日来なさい」と言って、何とか追い返す。


さて、やる気たっぷりのまま帰宅した魔美。ところが、ママから、例の売れっ子の水沢ユリが過労で入院してしまったという話を聞く。殺人的なスケジュールに追われて、睡眠時間は3~4時間だったと言う。

魔美はあれほどの固い決意をしていたにも関わらず、眠いのだけは我慢できないと急に日和り出す。そして出した結論は・・・

「決心した!! やめよう」

一体、この一週間の逡巡と決意は何だったのだろうか・・・。


ということで、今度はやはり辞めると言いに、事務所へと向かう。まだ始まってもいないのに、終わりを告げに行く魔美は、生真面目なのか天然なのか・・。

事務所は既にもぬけの殻だが、そこへ一億円の受け渡しのため駅前のコーヒー屋で待っている例の地主から電話が掛かってくる。電話はすぐに切れてしまうが、社長たちの場所がわかったので、魔美はすぐに駅へとテレポートする。

社長たちはカモからまんまと一億円を受け取り、挨拶もそこそこに、車に乗って成田へと向かう。魔美がそこへやってきて、後を追う。そして、「大事な話だからどこか静かな場所へ車を止めなきゃ」ということで、テレキネシスを使って社長たちの車を公園の中へと浮かび上がらせる。

そして、魔美は引退宣言をするのである。

「悪いと思ってます。恥ずかしいと思います。でも、あたし、普通の女の子に戻りたいんです」

そう、人は時と場合によって、デビューしなくても引退できるのである。


「お世話になりました」と涙を浮かべて去る魔美。社長たちの車は公園の中で動かせなくなってしまい、そこへ警官が「けしからん」と呼び止める。おそらくこの後職務質問を受けて、悪事が明らかになることだろう。魔美は、何も意図せぬまま、悪徳芸能プロの二人はお縄となったのである。


「普通の女の子に戻ったって・・・、もともと普通だろ」という高畑の冷静のツッコミに対し、魔美は「あなたになんかわかるもんですか、夢を捨てたあたしの気持ちが」と憤慨する。

客観的に見れば、完全に空回りしている魔美なのだが、魔美の主観では、自分の進路について大いに悩んだ日々だったのである。これほどに自分のことを客観視できないところが、魔美の特徴だが、だからこそ憎めないヤツでもあるのだ。




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