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通勤時間は3億年とちょっと『マイホーム』/夢のマイホーム⑤

「夢のマイホーム」と題して、憧れの我が家を求める藤子キャラたちを紹介してきた。

ところが藤子ワールドの面々は、持ち家を欲しいという気持ちは強いのだが、資金に乏しい人たちばかりで、自分たちの思うような物件は見つからない。

そして買いたいという焦った気持ちに付け込まれて、悪徳不動産と詐欺同然の契約を結ばされそうになったり、実際に契約書に押印して損を出している家族もあった。

→ 代表例:大原家、ウメ星国王一家(以下の記事を参照のこと)

家や土地の購入は、人生最大の買い物であり、場合によっては人生そのものを掛けた英断となる。慎重にいきたいが、時には勢いも大事。土地と言う「価値」がわかりずらいものだからこそ、人は大いに迷いながら、大枚をはたいて、マイホームを作り上げていくのである。


さて、このシリーズの中で、「火星の土地」の売買といったジョークが登場する『3万3千平米』という作品を取り上げた。

地球上に一軒家を建てることが難しいのなら、地球外に土地を求めてみようというアイディアは、さすがSF名手の藤子先生の面目躍如といったところ。

本稿ではさらにこのアイディアを別角度から迫る作品『マイホーム』を見ていきたいと思う。前作(『3万3千平米』)の舞台が宇宙なら、今度は過去。現代の地球に住む場所が足りないのなら、タイムマシンで過去に戻って家を建てようという、これまた藤子先生ならではのアイディアである。



『マイホーム』
「漫画アクション増刊」1983年2月13日号/大全集異色短編3巻

庭付き一戸建てのセールスマンと、マンションに住む一家の奥さんとの会話から物語は幕を開ける。

この世界では既に富士山の頂上まで高層ビルが立ち並ぶ住宅過密状態となっていて、一戸建てなど夢のまた夢という状況。ところが、そんな中、セールスマンは、格安の分譲地を紹介したいという。

出してきたパンフレットには「石炭紀」造成発売中の文字。「あなただけの世界」とキャッチコピーが添えられている。セールスマンは「石炭紀」について、気候は温暖で危険な恐竜なども発生していないと補足説明をする。


この話を聞いたこの家の主人は、「そんな不便な所へ越したら通勤が大変だろう」と不満顔。窓から映る風景などから、この世界は少し先の近未来ということだろうが、ここでも通勤時間問題は解消されていないようである。

奥さんはこの時点で少し乗り気になっていて、夫に「でもないらしいわよ」と、追加情報を含めてフォローを入れる。
・都市ターミナルから朝夕にタイム列車が出る
・そこから分譲地まではバスで20分
・いずれ直通列車も走る

子供たちも庭で犬を飼いたい、花壇を作りたいと、一軒家プランに大賛成。あまり乗り気ではないパパだったが、「今度の日曜日に行くだけ行ってみるか」と重い腰を上げるのであった。


この世界では、10年前に時間旅行が解禁されている。まるで外国に行く時のように「旅行目的」「滞在期間」などを書類に落としてから、タイムカプセルに乗り込む。

カプセルは幾台も連結して並んでいて、まるで列車のような乗り物である。この家族が乗り込んだカプセルは、「中生代経由カンブリア紀行き」の急行であるという。

ちなみに「中生代経由カンブリア紀行き」という部分は、いい加減に書いたものではなく、きちんとした地質区分を踏まえたものとなっている。カンブリア紀とは、古生代前期の時代で約5億4200万年前から約4億8830万年前とされている。ここが急行の終点であるようだ。

家族が目指す石炭紀は古生代後期の区分で、約3億5920万年前から2億9900万年前までを指す。この時代は巨大な森林が発達していたと見られ、この地層から石炭が多く産出されたことから、「石炭紀」の名がついた。

ちなみに石炭紀の次に「ペルム紀」があり、その後恐竜たちが活躍する「中生代」が始まる。この急行カプセルは、まず中生代に立ち寄ってから、さらに時代を遡るようである。

なお、時代区分は地質研究の発展に従って特に年代部分は、学説が次々と更新されている。そのため、本作に出てくる年代と最新の学説とは異なっている点には留意しておいてもらいたい。


家族が乗り込んだカプセルには、他に二人の男性が乗っている。一人は終点までいくつもりという。終点であるカンブリア紀はまだ一般開放されていないが、観古学の博士ということで、特別に行けるようだ。観古学とは聞き慣れない学問だが、これはタイムマシンが発明されて以降の学問ということだろう。

もう一人の初老の男性は恐竜マニアで白亜紀に行くという。今度で14回目というリピーターさんのようである。

家族も行先を尋ねられたので、「石炭紀に分譲地を見に行く」のだと答えると、これをきっかけに同乗者の二人が口論を始めてしまう。

学者は、「過去への干渉は必ずや時の流れに不自然なひずみを起こす」と怒りだし、恐竜マニアの男は「現代の地球はパンク寸前なのだから仕方がない」と自説を展開する。

この二人の議論は国会などでも行われているようで、巨視的に見ればなんてことないと審議会が答申したという。学者はそれを「不動産屋の政治工作」と非難し、初老の男は「学者は理想論ばかり」と食って掛かる。

このやりとりにパパが割って入るが、初老男性は「買うなら今の内だが、悪質業者には気をつけろ」と注意喚起する。近未来においても悪徳不動産は存在しているようである。


恐竜マニアの男が白亜紀で降りてしまうと、残された学者は「自分の立場としては過去への移住は歓迎できない、せめて生態系を乱すようなことはしないように」と家族に釘を刺す。生態系を大いに乱す可能性大の、犬を庭で飼ったり、花壇を作るという子供たちの夢は叶いそうにもなさそうだ。

なお、このタイムカプセルでの議論は、タイムトラベルによる過去干渉とはどういうことかという議論と重なる有意義なものだった。それは、藤子先生が多くの作品でテーマとしている「過去と未来の関係」に通じるものである。

例えば、「T・Pぼん」では、厳密なルールによって過去干渉を禁じていたが、それでもその後の歴史に波及しない人は救っても大丈夫という「抜け穴」を用意していた。

「ドラえもん」では、勝手に過去を変えてはいけないというメッセージがたびたび出てくるが、そもそもドラえもんはのび太という男の過去を変えるためにやってきたロボットである。

このように、過去を変えることが一切ダメかというと、必ずしもそうではないという考えが見て取れる。もっともそれは、「タイムマシン」を登場させるための作劇的なアイディアなのかもしれないが。


さて、3億年前に到着した家族。ターミナルを降りると「太陽不動産」と書かれた現地案内所が目の前にある。ここで不動産の男がミニサイズのタイムマシンに乗って登場し、乗り継ぎという形でさらに8年遡ることに。

それはまるで、急行の止まる電車の駅からバスに乗り換えて住宅地に向かう感覚を思い起こさせる。不動産屋曰く、過去の土地については「早い者勝ち」らしく、土地は時代が下がるほど値上がりするのだと説明する。

ただし、登記は過去・未来を通じて有効なもので、さらに遡って土地を買うことはできないという。何となく理屈はわかるが、だったら何で8年前に遡るのかは理解できない。

なお、小型タイムマシンを子供たちが欲しがって、試しに運転させてもらうシーンが挟み込まれるが、ここで一度運転したことが何気ないこの先の伏線となっている。


3億8年前に到着。丘の中腹一帯が今回売り出した分譲地で、一戸当たり100平米が単位となっている。不動産屋は、立体映像でモデルハウスを映し出し、木造風強化プラスチック製の外観で、小型原子炉でエネルギーを賄うと説明する。

この後夫婦は、石炭紀への通勤問題などを話し合うが、不動産屋は「あっと言う間に便利になる」と、良い部分を強調してくる。

そして、いよいよ条件の話をなった時に、内金として10%の即金払いを要求してくる。「太陽不動産のセールスマンと話が違う」と奥さんが突っ込むと、「うちとはシステムが違うんです」と言い出す。どうやらこの男、「太陽不動産」の看板の前で待ち受けていた別の業者であったのだ。

この時点で怪しさプンプンだが、料金は中産階級の方に合わせたものだとか、売れ残っているのはこの一区画だけなどと煽ってきて、奥さんの方は「決めましょうよ」と乗り気になってしまう。


その頃子供たちは、家の説明は聞かずに石炭紀を堪能していた。泳いだり爬虫類と遊んだりしていたが、お腹を空いたということでモデルハウスへと戻ってくる。

そこで、先ほど乗ってきたミニタイムマシンを見つけたお姉ちゃんが、「一年ほど戻ってどんな家が建っているか見てこよう」とお言い出す。

先ほど不動産屋の男から教わったようにタイムマシンを操作して一年後に向かうと、期待に反して家など一軒も建っていない。すると、近くの火山が爆発して、一気に溶岩が流れ込んでくる。逃げ惑う子供たち。


一方その頃、父親は「よーし決めた!」と、家の購入を決意。契約成立かというところで、パシュッと、藤子ワールドではお馴染みのタイム・パトロールの船が姿を現す。

一年後の火山噴火に巻き込まれた子供たちが、T・Pに救われて、この世界に送り返しにきてもらったのだ。そして、不動産屋の男は、名うての悪徳業者だったということでT・Pたちに逮捕される。

ラスト、本作で家族が得た教訓が示される。それは、「不動産を買うには骨惜しみちしゃいけない。色々な条件下で物件を見なくては」ということ。そして、「晴れた日降った日はもちろん、十年後や百年後も見て回る必要がある」と。


本作と直接関係はないが、白亜紀に観光旅行に行くお話を、本作の一年半前に発表している。『マイホーム』の家族が立ち寄れなかった恐竜時代への旅も、是非とも堪能いただきたい。




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