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動物パラダイスを作った男『のら犬「イチ」の国』/ドラえもん感動×動物傑作選④

「ドラえもん」の中で最も感動する「動物もの」は、ダントツで『のび太の恐竜』だと思っているけれど、ダントツで二番目の作品は本作ではないだろうか。

それが、『のら犬「イチ」の国』である。

「アフリカ大陸の犬の王国」というモチーフだったり、捨て犬問題だったり、時を越えるミステリーだったりと、藤子作品でお馴染みの展開、テーマが組み込まれている。

ママの目を盗んで犬を飼うという、極めて日常的な、野比家の庭で完結してしまいそうな題材が、最終的には、生命の進化や悠久の歴史の流れなどを感じさせるスケールにまで発展していく。

この日常からSF世界へのダイナミックなジャンプこそが、藤子作品の最大の魅力だと思うし、本作はその代表作と言えよう。

本作の解説の前に、ここまで「ドラえもん感動×動物傑作選」と題して3本の記事を書いたので、こちらをご紹介しておきます。もし未読の方はこちらも是非。


『のら犬「イチ」の国』(初出:のらイヌたちを救え!!)
「小学六年生」1980年10月号/大全集8巻

本作は通常(大長編ではない)の「ドラえもん」の中では抜群のスケールを誇る作品で、単行本版は20ページの「中編」となっている。(初出時は17ページ)

藤子先生が亡くなった後のドラ映画でも、本作をベースとした『ドラえもん のび太のワンニャン時空伝』(2004年公開)が作られている。こちらは大山のぶ代バージョンの映画最終作である。

後ほど触れるが、本作の「イチの国」は、本作の一年後に発表した『恋するドラえもん』でも、一瞬だけ再登場を果たしている。こうした短編を越えた繋がりをみせるケースは実はあまり多くなく、本作の特別な立ち位置が伺える。


それでは、冒頭からじっくりと中身を検討していこう。

まず、本作の始まり方は、いつもよりちょっとしゃれている。道を歩くのび太にワンワンと一匹の賢そうな犬が近づいてくる。のび太はここで「このあいだののら犬か、今日は何もないよ」と話しかけている。

このセリフから、のら犬と会ったのはこれで二度目で、前回お腹を空かせたこのワンちゃんに、何か食べ物をあげたことが示唆されている。本作は、お話が始まる前からドラマがスタートしている、珍しいパターンなのである。

そこにジャイアンが「さっきはよくも!!」と突然殴りかかってくるのだが、この犬が「ワ、ワン」と飛びついて、ジャイアンを追っ払ってくれる。一度エサを貰っただけで、どうやらのび太のことをご主人様だと認識しているようである。

のび太は人間にはあまり信用されないが、動物に対してはあっと言う間に心を掴む能力を持っていて、恐竜のピー助や台風のフー子など動物以上(?)の生命体にも簡単に好かれている。

のび太はこの犬と一緒に暮らしたいけれど、それには大きな障害が立ちはだかっている。それが大のペット嫌いのママである。

本作でも、凄まじい執念で飼い犬の存在を突き止めていたが、のび太はこれまでも何度もママにペットを飼うことを妨害されているのだ。

前回記事にした『野生ペット小屋』でも、ママ問題が最初の大きなハードルであった。


すり寄ってくるのら犬を振り切って、しずちゃんの家へと逃げ込むのび太。すると先客として出木杉が遊びに来ている。

出木杉は今では誰もが知る、勉強もスポーツも万能な少年だが、本作の発表段階ではまだ初登場から一年しか経っていない新参者であった。しかし、のび太の恋のライバルとして早々に注目を浴び、またドラえもん世界随一の天才ぶりから、あっと言う間に市民権を得たキャラクターであった。

ここでも彼の知能レベルの高さが描かれ、同時にしずちゃんと仲良くしている様に、のび太はつまらない様子を見せている。

出木杉は新聞を広げていて、とあるニュースについてしずちゃんと話題にしていたようである。そのニュースとはアフリカの奥地で大昔の町の遺跡が見つかったというもの。

「この遺跡はかなり高い文明を持っていたらしく、これまでの考古学・人類学の定説を覆す画期的大発見・・・」

ということで、出木杉は静かに興奮しているようだし、しずちゃんも面白く話に付き合っている。

出木杉は藤子先生のような「不思議」が好きな、好奇心旺盛な少年である。何でもできて完璧なので、元来読者の心を掴みづらいキャラクターではあるが、こうした知的好奇心を隠さない性格が、彼の人気を高めているように思う。

のび太は、この遺跡の話題についていけず、すごすごと退散する。本作では、のび太とのら犬のストーリーと並行して、画期的な遺跡発見の話題が描かれていくのだが、のび太は基本的に関わらない。

「遺跡に興味を持てないのび太」という描写をここで入れることで、何とも爽やかなラストが生きるように構成されている点を、ここでは指摘しておきたい。


しずちゃんの家を出ると、賢いのら犬はのび太を待っている。ここでのび太はママの拒否権発動を念頭に、「僕だって君を飼えればどんなに嬉しいか・・・」と話しかける。のび太は常に生き物を飼いたい子供なのだ。

そこでドラえもんに相談すると、「かべかけ犬小屋」という道具を出す。犬小屋の入り口のような大きな張り紙で、これをどこかの壁に貼れば、その奥が犬小屋になるという仕組みである。

『かべ紙の中で新年会』等に登場する、携帯型の張り紙シリーズの一つと考えてよいだろうか。

これを「目立たぬように」庭の物置の影の壁に貼るが、いかにもこの中に犬がいますといった見た目なので、ママに見つかるのは時間の問題のような気がする。(実際にあっさり見つかってしまう)

ひとまず飼う場所は確保できたが、「問題はこれからだ」とドラえもんは言う。エサを毎日あげて、散歩にも連れて行かねばならない。のび太は「今さら捨てるわけにはいかないし、やれるだけやってみる」と苦労を厭わぬ姿勢を見せるのであった。


最初は順調な滑り出し。賢い犬はのび太が学校へ行っている間には小屋で大人しくしている。放課後、ママの目を盗んで空き地へと連れ出し、遊んであげる。

のび太は名前を付けなきゃということで、ワンワンと鳴いているところから、ワン→英語で「一」→イチという名前を思いつく。国際的名前だとのび太は誇らしげだし、名付けられたイチも満足気な表情である。

それにしてものび太は、イチやらペコやらハナやらフー子やら、ネーミングセンスは抜群なのである。


ある雨の降る晩。クウンクウンとイチが鳴いている。見つかったらどうするんだと「かべかけ犬小屋」に会いに行く。イチはのび太を見て尻尾を振る。のび太が恋しかったのだ。なんとカワイイ犬!

そんなイチが何かに気をかけている。それはミャアミャアと雨の中屋根の上で泣いているのらネコのことである。犬と猫はそれほど仲良い関係ではないはずだが、イチは種を越えて、子猫のことも気になるフェアで優しい犬なのだ。


順調な日々にも暗雲が垂れ込めていく。のび太がイチのエサを確保するべく冷蔵庫を漁ろうとすると、ママが怖い目を光らせる。最近台所から食べ物が無くなるというのだ。

のび太は「夜中に勉強していると腹が減って・・・」などと見え透いた嘘を吐くが、完全に怪しまれてしまったようだ。お小遣いから工面しようにも、財政は芳しくなく、買えたのはソーセージ一本。

さらにイチの元へ行くと、何か言いだけな様子。そこで「動物語ヘッドホン」を付けて犬語を聞いてみると・・・、何と可哀想なのらネコがいるので、一緒に飼ってくれというのである。

しかも既に小屋の中にネコちゃんは居て、ミウミウとイチに懐いている。一匹でも手一杯の所に、さらに一匹追加となり、いよいよエサ問題は深刻だ。イチの優しさが、のび太を一層困らせることに・・・。


こうなってしまうと、頼りになるのは未来の科学力しかない。ドラえもんはどうにかやりくりをして、「無料ハンバーガー製造機」を入手してくる。水と空気でクロレラを培養して人口肉を作ると言う、全世界の食糧問題を解決してしまいそうな、超優れものである。

本作はかくも複数の魅力的なひみつ道具が惜しげもなく出てくる。こういう作品は、「大長編」に発展させやすい、非常に読み応えのあるものばかりである。


のび太のママのペット発見レーダーが発動し、庭で犬や猫の鳴き声がすると気になり出す。どこかに隠しているはずなので徹底的に探すとパパに告げる。ママはなぜか動物のことになると、心の底から鬼ババとなるのであった。

翌日、公園では出木杉、しずちゃんに加えて、スネ夫とジャイアンまでもが、大昔の遺跡のことを話題にしている。遺跡からは電線らしきもの、自動車や飛行機らしいものもあったと言う。

太古の高度な科学文明がなぜか消えてしまう・・・。歴史的大発見とも言えるスケールを持った話題であるが、のび太は「遺跡の話ばかり」とそこには食いつかない。


イチを気にして学校から帰って来ると、ついにママに見つかってしまっている。「捨てていらっしゃい」とにべもない。のび太とイチは抱き合って泣く。ドラえもんは「仕方がないじゃないか、やれるだけやったんだ」と、のび太がイチを飼い始めた時に決意したセリフをトレースして、慰める。

ここ、涙無しては読めないし、あまりのママのペット嫌いに怒りすら湧いてくる。

仕方なく「どこでもドア」で遠い山奥へと向かう。「これからは自力で暮らすんだよ」と送り出そうとすると、山には野犬がたくさんいる。ドラえもんは、最近保健所の檻が壊れて野犬が逃げ出したというニュースがあったことを思い出す。


ここでお話は、単なるママのペット嫌いの話から、ペット放棄問題へとテーマが拡大していく。

ドラえもんは思う、「山の中にはあれだけの犬が食べるエサはない。やがて村へ現われて鳥小屋を襲ったりして、人間と争うことになる」。そうなると、その先は野犬排除の名目で殺されてしまう。

似たようなテーマでは、本作の二年前に発表している「エスパー魔美」の『サマー・ドッグ』がある。ペットを飼い始めても、途中で捨ててしまったりして、保健所に送られたり、野犬化して害獣扱いされてしまう。

本作以外にもペットを飼う人のモラルを問うお話は描かれていて、人間の都合で動物の命を弄ぶことへの藤子先生の強い問題意識が垣間見れるのである。


「スモールライト」で野犬たちを小さくして持ち帰ってきてしまうドラえもん。「可哀想なもんだなあ。せっかく生まれてきて住むところもないなんて」と涙する。

のび太も「無責任に犬やネコを捨てる人間が悪いんだ!!」と息巻く。この二人の涙と怒りは、当然のことながら、作者藤子先生の意思そのものと考えて良いだろう。

ドラえもんは自分勝手な人間への怒りを覚えるが、そこで「人間のまだいない大昔へと送ってやればいいんだ」と、妙案を思いつく。


ついでに近所ののらネコや野犬も集めて、「タイムマシン」で約3億年前へと向かう。そこは恐竜時代よりもさらむ大昔で、犬や猫を苛めるような動物はまだ現れていないという。

ちなみに恐竜が出現したのは2億5000年前の中生代で、3億年前は昆虫や爬虫類が全盛期の時代(古生代)であった。犬や猫を苛める動物いなくても、犬や猫がこの時代の生物を苛めそうだが、まあその辺は深く考えないでおこう。


住む場所はここで良いとして、やはりイチたちの食糧問題については、気にかかるところ。イチたちが自力で「無料ハンバーガー製造機」を動かすこともできないし・・・。

そこでドラえもんは「進化放射線源」という道具を出す。ドライヤーのような形状の道具で、進化を促進させる光線を発射することができるというもの。

光線をイチに当てて、機械がいじれる程度に進化させると、いきなり二本足で立って、「無料ハンバーガー製造機」の使い方をマスターしてしまう。

イチを見たドラえもんは「あの顔を見ろ!君より利口そうだよ!!」と喜ぶが、バカにされたのび太は不服そう。ところが、すぐに機械の操作法を会得したイチを見て、「僕より頭いい!」とのび太は驚く。

のび太の一瞬での変わり身がちょっと笑えるところである。

ところで、本作では「進化放射線源」という名称で登場していたが、本作の4年前に発表している『ハロー宇宙人』(1976)では「進化放射線」という道具名であった。この時は火星のコケから火星人を作り上げている。これも壮大なお話である。

さらにそこから1年前の『進化退化放射線源』(1975)というお話では、進化だけではなく、生命を退化させることも可能な道具として、初登場している。退化機能は何かと問題があったのか、いつしか消えてしまったようである。


のび太はイチとの別れに際して、「君は勇気もあるし、立派なリーダーになれるよ」と声を掛ける。自分のことだけでなく子猫を救う優しさは、サバイバルしていく中では、確かにリーダー向きである。

タイムマシンで部屋に戻ってくるのび太たち。クウンと声が時空を超えて聞こえてくる。イチたちのことは気がかりだが、犬も猫ももともと人間の世話にならずに生きていたのだから大丈夫なはずだ。

こうして、イチの物語は一件落着ということなのだが、もちろんお話は続く。むしろここからが、F作品らしいセンス・オブ・ワンダー全開なのである。


のび太たちがイチたちのことに気を取られている内に、世間では遺跡発掘の更なる続報で湧いていた。遺跡は人類発生以前の3億年の昔のもので、建物の出入り口や家具などから、住民の推定身長は犬や猫程度なのだという。

謎が深まるばかりというニュースを聞いて、ドラえもんは「あ~っ、ひょっとして!!」と何かを考えついたようである。すぐにのび太の手を引っ張り、タイムマシンに乗りこむ。

イチを3億年前に連れて行った際に、「進化放射線源」を置きっぱなしにしたことを思い出したのである。イチを多少頭良くさせた程度ではなく、そのまま進化を促していたとしたら・・・。

あれから1000年後へと向かってみる。するとそこはまるで22世紀のような巨大なビル群が立ち並ぶ都市ができ上がっている。この都市が3億年後掘り返され、今話題沸騰となっているというわけなのだ。

思えばのび太がイチと出会ったタイミングでアフリカで遺跡が見つかっている。のび太とイチの運命的な出会いが先で遺跡が後なのか、遺跡が先で出会いが後なのか・・・。このあたりのタイムパラドックスも深追いは止めておこう。


ところがこの大都市には犬も猫も姿が見えない。まるで無人なのである。のび太は神殿と思しき立派な建物を見つける。一番目立つところに彫刻が置かれているが、あれが神様なのだろうか。シルエットでその形はよくわからない。

そこへドラえもんが声を掛けてくる。誰か来るというのだ。姿を見せたのはイチ・・・と思いきや、その二足歩行の犬は「イチ?聞いたことあるな」と答える。

犬が言うにはイチとは、「遠い昔、我が国の初代大統領の名前」だという。何気に初代国王ではなく、大統領という部分がグッとくる。あくまで民主制で選ばれたリーダーであったのだ。

犬は言う。「でもこの町とはお別れだ」と。学者が今後の地球の気象の大変動を予言したので、もっと暮らし良い他の星へと移住したのだという。この犬は忘れ物を取りに帰ってきたのだと言って、円盤に乗って飛んで行ってしまう。

実際に古生代において、2億5000年前に「ペルム紀末の大量絶滅」が起きている。一説には全ての生物の95%が絶滅したとされるが、イチたちの子孫はこれを察知したのであろう。


ともかくも、イチたちは素晴らしい文明を築いたのだ。いつの日かどこかの星でイチの子孫とのび太の子孫が出会うかも知れない。悠久のロマンにしばし浸るのび太たち。

そんな中、遺跡の発掘は続き、寺院跡から神様の彫刻が発見されたという。それは背中に羽根が生え、四足歩行の体型の、のび太が神殿で見たシルエットの像なのだが・・・。なんと神様の顔がのび太そっくりなのである。

神像の写真を見て、出木杉は驚き、ジャイアンとスネ夫は「けっさくだ」と笑い飛ばす。肝心ののび太とドラえもんは、相変わらずこの話題には食いつかぬまま・・・。

イチは言葉を語ることはなかったが、リスクを取って自分を世話してくれたのび太に感謝の気持ちを持っていたに違いない。進化を遂げ国家を作った時に、のび太を神として崇めたのだ。


何とも爽やかなエンディング。そして、そんなイチの思いを気が付かないままののび太という終わり方も、余韻たっぷりで何とも最高なのである。




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