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高畑が命を掛けて守ろうとしたものとは?『学園暗黒地帯』後編/赤太郎三部作②

「エスパー魔美」唯一の前後編で、合わせて45ページもの大作『学園暗黒地帯』。アニメでも前後編で放映されていたが、それに便乗して藤子Fノートのレビューも前後編に割ってお届けする。これはその後編である。

前稿では本作の前編部分を大いに語った。詳しくは下の記事を読んでもらいたいが、ポイントとしては前編はあくまで物語の導入に過ぎないということである。

いわば、後半の盛り上がりのために、一作分丸々使って丁寧に伏線を張り巡らせていく構成となっているのだ。

中身としては、高畑が「お節介」と称して応援団の闇に迫るというものだった。

応援団には暴力が蔓延っており、その中心には謎の「会長」が鎮座する。会長は作中後ろ姿のみで表現される不気味な存在で、前編のラストで「黒田赤太郎」という名前と、中学生離れした極悪な表情がようやく明かされる。

高畑は新聞部(マスコミ)と結託することで事態の打開を図ろうと考えるが、敏感に危険を察知した応援団(暴力団)は、彼らを叩き潰す方針が会長から示される。

魔美はそんな不穏な空気を察知する。果たして、高畑の命運はどうなるのか・・? いよいよ後半戦スタートである。


『学園暗黒地帯』(後編)「まんがくん」1978年14号

喧嘩を売られた形になった暴力団、じゃなかった、応援団は、高畑や新聞部員に嫌がらせを開始する。

魔美と高畑が一緒に登校していると、応援団員と思しき男たちが、「キスしたことある」とか「ちょっとやってみせてよ」と魔美にとって聞くに堪えなイヤらしい言葉責めをしてくる。魔美は我慢できなくなって、超能力でこれを撃退。高畑は、不用意に超能力を使うなと釘を刺す。


放課後、新聞部に立ち寄る魔美と高畑。既にゲラ刷りが出ていて、かなり激しい記事となっている。部員たちはさらなる追跡取材を掛けているが、ここでも応援団員の嫌がらせが行われている。

その嫌がらせとは、具体的に手を出すわけでなく、ジーッと顔を見て「覚えておくぜ」と捨て台詞を吐くといったもの。新聞部長は「抗議すべき」と声を上げるが、高畑は「こっちも相手のことを調べているので、あいこと言われればそれまで」と指摘する。

嫌がらせには無視を決め込むことにするが、このままで済むとは思えない。高畑は新聞部長に「どうする?やめる?」と問うと、部長は怒りを込めて

「誰が!? 暴力に負けてたまるか、徹底的にやるぞ!!」

と、高らかに戦闘宣言をするのであった。


一方の応援団部室。赤太郎を中心に怒号が飛び交う。新聞の発行を強行するという情報を得て、半殺しにしろとか、皆殺しにしろといきり立つ幹部の面々。彼らとしても、派手に動いて先生が出てくるのは避けたい。しかし、舐められっぱなしも許せない。

そんな口論をしていると、ここまで黙っていた赤太郎が口を開く。

「内輪揉めはやめんかい!! 見せしめを一人作れば済むことじゃ」

と。

団員たちは一瞬ではよく理解できていなかったようだが、これもヤクザの手口そのものである。たった一人を吊るし上げることで、恐怖心を周囲にも伝播させ、口を封じるやり方である。

ここまできて、ようやく本作のテーマが明らかとなっていく。それは、暴力と言論の戦いということだ。これについては、また後ほど語る。


魔美はずっと嫌な予感がしている。あの応援団がどんな手段に出てくるかと心配する。何かあったらすぐ飛び出せる準備をしている魔美だったが、その夜ベッドに潜ったところで、強い念波を感じる。それは学校の方角からであった。

テレポートで念波の発信源に飛んでいくと、そこは新聞部の部室。室内は机などがグチャグチャに倒され、壊されている。その中から、新聞部長がボッコボコにされて、横たわっている。

魔美が「犯人は誰」と尋ねると、わからないがとにかく滅茶苦茶に殴られたという。部長は「部室が荒らされているからすぐ来い」と電話で呼び出され、リンチにあったらしい。

魔美は部長を病院に送ってから高畑に報告する。「ついに牙を剥いたか」と高畑。


高畑は翌日、最後の手段として、担任の先生に応援団のレポートを渡す。この先生と高畑は、『高畑くんの災難』などでわかるように、気脈を通ずる仲であり、互いに信用を置いている。

先生はレポートを読んで、すぐにこれは大問題だと認識する。しかし職員会議にかける前に、責任者である肥原先生の耳に入れておこうということに。ところが、話を聞いた肥原は、「そんなことは信じられませんな」と、いかにも意外であるといった反応。

昨晩新聞部長が応援団に襲われたこと指摘すると、「それはありえません!!」と即座に否定する肥原。昨晩は団員32人揃って肥原の家に遊びに来て、実家の寺の本堂でゴロ寝させたという。なんと、アリバイが整っているのである。


一応本人たちに確かめようということで部室に向かう。部室に入ると、そこは高畑が目撃してレポートした「暗黒地帯」とは、まるでかけ離れた場所となっていた。

部屋は整理整頓が行き届き、壁に掛けられていたヌンチャクは、バレーボールやテニスラケットに変えられている。貼り出されていた物騒な「応援団誓詞」は、「応援団の誓い」という文面に代わっている。

第一条は「いつもニコニコ明るい応援」、第二条は「先輩は後輩を大切にしよう」などと、実態とはまるでかけ離れたスローガンになっているのである。

さらに「会長」の存在はまるで否定されている。奥の「会長室」は「修養室」と名前を変え、ここでは座禅を組んで精神修養を行うのだと説明される。

分が悪くなった高畑は、「証人が大勢いる」と食い下がるが、結局その後集められた証人たちは、口を揃えて応援団からの乱暴を否定し、高畑の告発は空振りに終わったのであった。


新聞部長が見せしめに遭ったことで、見事に人々の口は封じられ、事件は隠ぺいされることになった。残念ながら、高畑の負けである。・・・ここまでは。

高畑は魔美に、「頼まれもしないのに危ない目に遭うことない」と、手を引くことを伝える。ところが、そんな軽々しく諦めるような男ではないことを知っている魔美は、高畑の手を掴む。

高畑の心が伝わってくる。魔美の顔が青ざめる。高畑は、応援団の暴力体質の証拠を掴むため、自ら犠牲になるつもりなのであった。

高畑はそれしか方法がないと言う。そして魔美に超能力を使うなと釘を刺す。安易に使えば、世間がひっくり返る大騒ぎになってしまう、と。

魔美は尋ねる。「そんなにしてまで、なぜ戦わなくちゃいけないの」と。すると高畑は、強く答える。

「言論の自由のためさ。力ずくで他人の口を塞ごうとするなんて、絶対に許せない!!」


高畑の口から、これまで「お節介」としてきた応援団への関与について、言論の自由を守るために行動を起こしてきたことが強く語られる。しかも、頼まれもしないのに、自分が犠牲になってまで、事態を告発しようとしている。これは並大抵の決意ではない。血骨に沁み込んだ信念なのだ。

高畑はすぐ行動に出る。例のレポートを今夜11時、学校の裏山からばら撒くと応援団員に伝える。

復活した「会長室」では赤太郎を中心に酒盛りが行われていて、赤太郎の見せしめ作戦が成功したことを喜んでいる。ここでの会話で、赤太郎は少年院帰りの先輩であることがわかる。やはり中学生ではなかったようだ。

盛大な宴会の最中、高畑の伝言が届く。それを聞いて「人を舐めるにもほどがある!!」と勢いずく団員幹部たち。魔美はそんな応援団の様子を屋根の上で聞いている。・・・今晩、ついに正面衝突が起きてしまう。


魔美はモデルの仕事中に、パパに「言論の自由」が本当に大事なものかと質問する。パパは、「随分当たり前のことを聞くんだな」と反応する。そして、なぜ言論の自由が大事なのか、その理由を端的に説明する。

「なぜって? そう、例えば昔の日本にはそれがなかった。その結果があの悲惨な戦争だ。軍や政府は、自分らの方針に反対する者を、片っ端から押し潰した。逮捕、拷問、時には死刑・・。一億の国民は目隠しされたまま、戦争の渦に巻き込まれていったんだ。誰でも、どんな意見でもしゃべれる自由・・・。これは民主主義の基本なんだよ」

魔美のパパの感動的な長ゼリフ。これはそのまま藤子先生からのメッセージに他ならない。言論の自由の大切さを示すため、「言論の不自由」な世界がどんなものかを語る。

それは藤子先生も体験した、太平洋戦争での日本である。言論封殺は、個人レベルの不自由さに留まらず、社会全体として破滅へ道に通ずる。言論の自由は民主主義の基本であるというパパのセリフが、本作全体のテーマであると言えるだろう。


魔美は、パパの説明を聞いて「言論の自由を守るために命を掛けることもあるわけね」と感想を言う。これはもちろん、高畑がこの後起そうとしている行動を念頭に置いている。すると、パパは「必要ならね」と答える。

魔美は思う。「でも」と。高畑にそんな危険を冒させるわけにはいかない。騒ぎになるから超能力を使うと言われたが・・・。魔美の目に力が漲る


さて、この後の気になる展開は、ここではあまり多くを語らないこととしたい。

これまで心配ばかりしていた魔美がついに超能力を爆発させたり、高畑の決死の覚悟を最後まで貫くなど、見所たっぷり。未読の方は、是非とも原作にあたって欲しい。


本作の優れている点は、高畑は命を掛けて言論の自由を守ろうとアクションを起こしたが、結果的にはマンガ的に魔美の暴走気味の超能力で、事件を解決に導いているオチである。

これは高畑の決意を茶化すものではない。高畑はボコボコにされる覚悟を示すまでで、その役割を十分に果たしたのである。実際に、赤太郎も高畑の勇気ある態度に一目置いて、幹部にしてやると声を掛けている。

しかし、本作はあくまで「エスパー」魔美の物語。彼女が嘘みたいな活躍を見せるからこそ、作品にカタルシスが生み出されるのである。


さて、魔美によって敗退した黒田赤太郎。「覚えておれよ」と逃げ去っていくことになるのだが、彼は有言実行、再び戻ってくる。

次稿では赤太郎がカムバックしてくる、本作の続編的作品を考察する。



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