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「エスパー魔美」渾身の大作!『学園暗黒地帯』前編/赤太郎三部作①

「エスパー魔美」は全部で62作品あるが、唯一、前後編に及ぶ大作が存在する。それが『学園暗黒地帯』である。(ちなみにアニメでも前後編で描かれていた)

藤子Fノートでは一本の記事にまとめることは十分可能なのだが、藤子作品の中でも珍しい「前後編」という形式に則って、本稿も前後編の二本連続記事にてお送りする。


後ほど語るが、この作品の主人公は高畑君である。前後編通じて、高畑の闘いが描かれる。高畑の武器は、超能力でもなければ、武力でもない。「言論」と「勇気」である。

本来の主人公である魔美は、後編のラストまで目立った活躍はないのだが、その代わりに、最後の最後で、溜まりに溜まった読者のうっ憤を一気に晴らすカタルシスを演じてくれる。

その意味で、高畑と魔美の魅力がたっぷりと詰まった作品と言えるだろう。

それでは、丁寧に本作を見ていきたい。


『学園暗黒地帯』(前編)「まんがくん」1978年13号

前編は、暗雲がどんどんと広がっていくような、深刻な事件が起きる直前までを描いた導入篇になっている。本作のテーマや、活劇(見せ場)は、後編で大いに語られることになる。

本作では、「エスパー魔美」史上でもかなりの強敵と一線を交えることになるのだが、大ボスの全貌はなかなか明らかになっていかない。前編ラストで敵の正体が明らかとなり、後編へ続くという構成となっている。


冒頭、顔や頭に怪我を負っている男子二人に、魔美がどうしてそんな怪我をしたか尋ねている。ところが二人は何でもないと言い切り、こそこそと逃げていく。

高畑がそんな魔美を見て「ヤジウマくん」と茶化すのだが、魔美は二人から気がかりな念波を感じるのだと言う。

念波は困った人が発するもの。魔美曰く、二人は心の中で悲鳴を上げ続けており、すごく困った立場にいるのに、事情を口にしないのだという。その話を聞いて、高畑もそれはおかしいと感じる。


そこで高畑は「導体テレパシー」を使って、二人の心の内を読み取る作戦を考案する。導体テレパシーとは、魔美の超能力の一つで、金属を伝って人間の体を流れる微弱な電流と一緒に心の中を読み取るテレパシーのことである。

ときに、魔美のテレパシーの超能力は、心許ない。突然相手の頭の中が聞こえてくることもあるが、狙って聞き取ることはできない。本作でも、魔美は「それだけは進歩がない」と語っている。

ただこれは藤子先生の「テレパス」能力は身を亡ぼすという考え方に沿ったもので、敢えて魔美のテレパシー能力を開花させないようにしているのだ。藤子先生の考える「テレパシー」の問題点については、一度記事に整理しているので、宜しければご覧ください。


怪我をした少年の一人、三角君。彼は母親にも怪我を気遣われているが、階段から転げ落ちたといかにも嘘くさく言い訳する。手の甲には火傷があり、親がおかしいと指摘すると、ほっといてくれよと逃げていく。いかにも何か事情を抱えた様子である。

高畑の計略の下、魔美の伝導テレパシーによって、三角君の心の内が魔美へと流れ込んでいく。その事情は、想像以上に過酷なものであった。

・怪我を負った二人は応援団の一員
・勉強を理由に退団を申し出るが、いかにも悪そうな幹部連中に囲まれてしまう
・団長は「会長」と呼ばれる男に、二人が辞めたいと言っていると説明
・背を向けて顔の見えない「会長」は、それは団長の聞き間違いだと指摘
名月中学応援団には団員誓詞第一条「いったん入部したら死ぬまでやめません」というものがある
・これまでにも無理に辞めたいという奴らもいたが、その後災難に遭った
・団長は咥えていたタバコの火を三角君の手に焼きつけ、「もう一度言ってみろ」と強要
・「死ぬまで応援団にいます」と泣き叫ぶ二人
・会長は、それはめでたいが、団員教育がなっていないと凄む
・この二人を再教育するといって、幹部連中が二人を取り囲む

ここでのやりとりは、足抜けしたものを征伐するような、「ヤクザ」の世界そのものである。応援団ではなく、暴力団なのだ。

応援団の団長とは別に「会長」という人物が幅を利かせていることがわかる。後ろ姿しか見えないが、キセルを口にしており、ただの中学生とは思えない。OBの雰囲気がある。

ちなみに昭和50年代は、いわゆる少年犯罪のピークであったとされる。本作が発表となった昭和53年頃から数年間に渡って、全国的に不良少年たちが跋扈した時代だった。(警察庁・補導人員推移による)


高畑は応援団が暴力の温床になっていたことを知り、この機会に実態を探ってみようと思い立つ。魔美からすれば、団の伝統があって、当人たちが好きでやっているのだから放っておけばいいと思うのだが、高畑は暴力を許してはおけないと力強く語るのであった。

高畑はもう一人の被害者から直接事情を聞きだすことにする。高畑は「君から聞いたとは絶対に言わない」と約束すると、それまで強く関わりを拒絶してた男の子は、「言いたいことは山ほどある」と言って、堰を切ったように応援団の内情を語り出す。高畑がいかに信用されているかがわかる。


高畑はさらに調べを進め、応援団が実質暴力団と化して、多くの団員たちが暴力で泣かされている事実を突き止める。ところが、高畑が熱を帯びれば帯びるほど、魔美は心配になっていく。頼まれもしないのに、わざわざ危ないことに手を出す必要はないのではないかと考える。

ここで、「危険」についての議論が、魔美と魔美のパパとの間で行われる。この内容が、後編で明らかとなる本作のテーマの前振りとなっているので、注目しておきたい。

「君子危うきに近寄らず」・・・賢い人は危険に近づかない
「虎穴に入らずんば虎子を得ず」・・・貴重なものを得るためには危険を冒すことも必要

魔美は結局どっちなのかと憤慨すると、パパは答える。

「時と場合による」

と。

この議論はここまでだが、高畑が首を突っこもうとしていることは、どんな「時と場合」に当たるのだろうか。そして高畑は危険を冒すことになるのだが、何故そんなことに踏み切ったのか。真相は、後編にて・・・。


高畑は応援団の体質改善を求める意見書をしたため、応援団の部室に向かう。・・・が、校内のどこにも見当たらない。通りすがりの生徒に聞くと、体育館の裏の物置を改造して部室にしているという。

ただし、そこは「秘境」とか「暗黒地帯」と呼ばれて、団員以外は寄り付かない場所だという。それを聞いて、気が重くなる高畑。

そこへ魔美が姿を現し、「応援団に文句をつけにいくなどバカだ」と言って止めようとする。魔美は「英雄気取りは高畑のガラじゃない」と指摘するが、高畑は変な理屈な反論する。

「英雄だなんてとんでもない。僕はね臆病者なんだ。実は今だって引き返したくてうずうずしているんだ。そんな自分に腹が立つから、だから、怖けりゃ怖いほど、行かずにはいられないんだよ」

一度聞いただけでは理解不能に思えるが、高畑の正義感を示す奥深いセリフである。

正しいことを主張するのは怖い。人一倍臆病者だと自覚しているからこそ、その恐怖心は倍増する。けれど、怖いからと言って引き下がるのは、自分で許せない気持ちが強い。引き下がりたい気持ちが強いほど、前に進まなければならない。そんな風に強い心を持つのが、高畑なのだ。

高畑はそんな自分を、「すぐいいかっこしたがる」と卑下する。しかし魔美はそんな高畑を「素敵」だと思う。名コンビである二人の波長は、やはり合っているのである。


さて、応援団の部室に乗り込んでいく高畑。部屋の中はまさに「暗黒地帯」が広がっている。物やゴミが散乱しており、タバコの吸い殻やビールの空き瓶も転がっている。壁にはヌンチャクや手錠が吊るされている。

噂の「名月応援団誓詞」が壁に貼り出されている。第一条は紹介済みだが、第二条では「先輩の命令には命をかけて従うことを誓う!」と書かれている。団員は不在の様子だが、部室の奥まった場所に「会長室」があり、そこに誰かがいる・・・。

会長室に鎮座する男は、またも後ろ姿しかみせない。テレビを見てウイスキーのようなものを飲んでいる。完全に中学生ではなかろう・・・。

高畑は意見書を持ってきたと言うと、「団員でもないお前が何の資格で」と質問してくる。高畑は「調べた結果、団員の中に不満があり、それを口に出す自由がない状況なので、おせっかいも必要と考えた」と返す。

このやりとりの中で、高畑の行動理由の一端が明らかになる。当事者の発言の自由が封じられている今、外部者のお節介が必要だというのだ。これはちょうど、人権侵害をしている国に対して、国際社会が口を出すことと似ている。

会長は「そんな面倒な話は団長に聞かせろ」と高畑の発言を封じ、教化訓練中の裏山に行けと命じる。


裏山では典型的なしごきが行われている。無理やりに走らされ、気合が入ってないと竹刀で殴られ、礼も言えないのかとさらに殴られる。無茶苦茶である。

高畑はそんな中に割って入り、団長以下幹部たちに向かって、持ってきた意見書を朗読する。読んでる途中からカッカしてくる幹部に掴み掛かられるが、団長がこれを制止する、

団長は「言いがかりは止めろ」と忠告すると、高畑は「これは調査の結果であり、誰がしゃべったかは口が裂けても言えない」と強く答える。団長は「申し入れを拒んだらどうするか」と尋ねると、高畑は「全校生徒に呼びかける」と答える。

覚悟を決めた高畑は驚くほどにカッコいい。その迫力もあってか、団員たちは「応援団に喧嘩を売るとは呆れたヤツだ」という驚いた反応。高畑の持ってきた意見書はビリビリに破られるが、直接対決には至らず、この場を離れる高畑。


その夜高畑が向かったのは、新聞部の部長の家。高畑の調べた応援団の実態を書いたレポートを手渡す。団長の上位に「会長」なる者がいて、32人の団員を支配している等々。新聞部部長はレポートを読んで「これほどひどいとは知らなかった」として、次の号の一面を差し替えようと申し出る。

高畑は全校生徒へ呼びかけを行う算段がついて、希望を持つ。ところが、相手は暴力団。新聞部(=マスコミ)と結びついた告発者を放っておくわけにはいかない。

応援団の会長室では、ついに「会長」の正体が判明する。「叩き潰せ」と強く指示を出す男の名は、黒田赤太郎。完全に極悪人といった迫力のある表情で、ダンダンダンと机を叩く。これで、暴力団対高畑の構図が、のっぴきならない状況となってしまった。


魔美はモデルの仕事中に、思う。

「気配を感じるわ。黒い雲が、ムクムクと空一杯に広がっていく・・・これは大嵐になりそうよ」

この魔美の感じ取ったただならぬ気配は、まもなく現実のものとなって、高畑たちを大嵐が包み込むことになる・・・。


と、前編はここまで。

前編では、ただならぬ空気が広がっていく様を丁寧に描いている。暗黒地帯と評される応援団の内実が徐々に明らかとなり、黒田赤太郎という凶悪なトップがいることも判明する。

高畑はお節介だとして立ち上がるが、その真の狙いは言語化されていない。これは本作のテーマにも通ずるところで、後半で大いに語られる。

また前編では魔美の活躍は、伝導テレパシー以外はほとんど描かれないが、その分後編で、これまでにない部類の活躍を見せることになる。


注目の後編は次稿にて・・・!




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