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「虚しくなりましてな、これという理由もなしに」『一千万円・3時間』/1000万の無駄使い②

もし自由に使ってよい1000万円のお金が手元にあったら・・・。なかなか夢のある話だが、これを一日で使い切れと言われたらどうだろう? 

もし自分が子供だったら、それはけっこうな無理難題な気もする。マンガとかお菓子をいくら買ってもせいぜい数万円。家電を買おうとは思わないだろうし、せいぜいスマホとかPCとかを買うだろうか。それでも50万を使うのが精一杯というところだろう。

一方大人になった僕であれば、高級車を一台買えば大体使い切ることができるだろうから、案外一瞬で無くなってしまうような気がする。


藤子作品を見渡した時に、1000万を短期間で使いきる話を2作品見つけたので、これを続けて取り上げる。この2作品はたまたま、お金を使うのは大人と子供の話になっているので、年代の違いについても注目してみたい。

一本目は「オバQ」の『むだづかいをしよう』を取り上げたが、ここでは正ちゃんとQちゃんが一生懸命お金を無くそうとしても、逆に増えてしまうというような展開となっていた。


そして本稿では二本目。「エスパー魔美」の『1千万円・3時間』という作品を見ていく。本作は読者の年齢層が若干高めということで、お金と人生についてしっかりと考えさせるお話にもなっている。

「エスパー魔美」『1千万円・3時間』
「マンガくん」1977年8号

まず、本作の位置づけから。

「エスパー魔美」は藤子作品にしては珍しく(?)、連載前の段階から念入りに構成が練られていたものと考えている。例えば、第1話の段階では高畑君は自分のことをエスパーだと思い込み、これは5話目でようやくその誤解が解けている。

また、魔美の重要設定の一つである、困った人の念波が魔美に聞こえるという能力は9話目でようやくお目見えする。これは、少しずつ超能力を拡張していこうという意図が最初からあったということを意味する。

本作は第8話となる作品なので、まだ設定を少しずつ確定させている初期段階のお話となる。よって、本作では高畑君がまだエスパーになることに未練が残っていることが描かれたりしている。


また、本作は4話目(『名画(?)と鬼ババ』)の続編的意味合いがある。お話としても繋がってくるし、同じテーマを別の切り口で描いた形となっている。

「エスパー魔美」は作品の狙いとして、主人公を中学生に設定することで、現実的な大人の世界を描こうという意図がある。例えば7話目『春の嵐』では、大人の恋愛というテーマに踏み込んでいる。

『名画(?)と鬼ババ』では「お金と幸せ」という大人なテーマを描いていたが、本作ではそのアンサーをしっかりと出している構成となっているのである。

前作の考察記事はこちら。本当はこの記事のあと、すぐに本作に取り掛かるつもりが、何と2年も空いてしまった・・・。


本作は困った人の念波を感じる能力の会得前であるため、事件や出会いは全て「偶然」が生み出したもの、という構成となっている。

まず冒頭では、魔美がすれ違った暗く重たい雰囲気のおじさんが、カバンからポトリと札束を落とすのを目撃するシーンから始まる。親切に「落っこちましたよ」と声を掛けると、男性は慌てた様子で札束を取り上げて、足早に去って行ってしまう。かなり思わせぶりなオープンニングである。


次の日の午後、高畑が魔美の部屋にやってきて、耳を動かすという特技を披露する。魔美がどうやったら動かせるのか聞くと、ひょっとしたはずみでできるようになったという。

高畑は、耳の筋肉は意思の力で動かせる随意筋で、人間が進化の途上で忘れられたものだとウンチクを披露し、その流れで超能力も似たようなものではないかという考察を述べる。

第六感など奇跡としか言いようのない不思議な感覚が働くことがあるが、これは人間には魔美のような超能力が眠っている可能性があることを示すと高畑は語る。要は高畑は、まだ超能力に未練が残っているのだ。

高畑が魔美の家にやってきた理由は、超能力開発のトレーニングを始めたのだが、家の前の道路工事のせいで集中できないので、場所を貸してほしいということであったのだ。

ちなみに僕も耳を動かすことができる。高校生くらいの時に、散髪中に頭の皮膚を動かしていると、急に耳が動いたのである。理髪師さんに、耳が動くんですね、と言われて、今初めて動かしましたと答えたことを良く覚えている。


さて、魔美の部屋で精神集中しようとする高畑だが、部屋中の壁に魔美のヌード画が数枚張られていることに気がつく。『名画(?)と鬼ババ』で魔美のパパは個展を開いていたが、売れ残ったものを引き取ったらしい。

思春期入りたての高畑は、この状況で顔を赤らめて、理由をぼかして魔美の部屋だと集中できない旨を伝える。すると魔美は「あそこなら持ってこいよ」と何かを閃いたよう。

テレポートで連れて行ってあげるということで、魔美は高畑に自分に掴まるよう告げるのだが、ここでも高畑は照れる。まだ魔美との関係も成熟には至っておらず、魔美の体を触ることに恥ずかしさを感じるのである。

よって、良く見ないで魔美に掴まろうとするものだから、最初は魔美の胸を触ったり、下半身に腕を回したりして、「不器用ねェ」と魔美に騒がれてしまう。連載が続くと、こうした照れはほとんど見られなくなるが、その点もやはり連載開始当初の通過儀礼みたいなものだろう。


魔美が高畑を連れてテレポートした先は取り壊し直前の古いアパート。ドアは釘付けされていて出入りは不可能で、電気も通ってないので室内は薄暗くて陰気くさい。精神統一にはもってこいの環境と言える。

高畑さっそく部屋の片隅に座り、反対側の隅に丸めた紙くずを置く。テレキネシスでこれを動かすつもりらしい。魔美は邪魔しないように窓際に座るが、ママの香水の匂いがすきま風に乗って届くので、高畑は気が散ってしまう。

魔美は座る場所を変えて、高畑の真正面に座るが、ミニスカートを履いていたので、中が見えてしまって高畑はモジモジと集中できない。結局、同じ部屋にいては邪魔になるということで、高畑を置いて廊下に出てしまう。


さて、一人になった魔美。するとすすり泣きのような声が聞こえてくる。魔美はユーレイだと思ってビビり、高畑が集中している部屋に大きな物音を立てながら飛び込んでいく。

「せっかく乗り始めてきたところだったのに!!」と怒る高畑。ユーレイなわけがないと言い添えて、もう二度と邪魔しないでくれと、魔美を部屋から追い出す。

高畑はこの後、超能力のトレーニングを続けて、隙間風で紙くずが動いたのをテレキネシスと勘違いするなど迷走しつつ、このまま作品から一度フェイドアウト。ラストのオチで使われることとなる。


すすり泣きがまた聞こえてくるので、今度はその音源である部屋を見つけて中に入ってみる。すると一人の男性が首を今から吊ろうとしているのではないか。テレキネシスでその男性の自殺を食い止める魔美。男性は「死ななくちゃならんのだ!」と騒ぎ立てる。

男性は関西弁でしゃべる。死ぬ理由は子供に話しても無駄だと言って語らない。魔美はそこで、昨日すれ違いざまに札束を落とした男だと気がつき、それを指摘すると「誰にしゃべった!!」と逆上して魔美に掴み掛かってくる。

そこで二度目のテレキネシスを使って男をひっくり返すと、男性はそこで一度冷静さを取り戻し、なぜ自死を選ぼうとしたのかを語り始める。要点をまとめてみると・・・。

・会社の金1000万を持ち逃げした。理由は魔が差したから
・大阪の小さな会社で月給は安いが不満というわけでもない
・奥さんは口やかましいが、まあ我慢はできる
・勤続35年、真面目にやってきたがフッと何やら虚しくなった
・人生、自分の知らない素晴らしい世界があるのではと感じた
・会社の慰安旅行で4日間オフィスは空っぽ
・金庫から現金1000万を持ち出して東京へ出てきた

そしてこの3日間、やりたい放題して1000万を使ってきたのだと言う。前回のオバQの記事では正ちゃんのような小学生では1000万はとても使い切れないという結論に至ったわけだが、本作でのこの男、あっさりと使い切ってしまったようだ。

「金の使い道なんて、その気になればいくらでもある」と男は言う。そして4日目となる今日、競輪でスッてついにスッカラカンとなり、虚しさだけが残ったのだという。


男は話しながら、追い詰められた現実を実感していく。明日には旅行から社員が帰ってくる、持ち逃げがバレて指名手配を食らう、まだ中学生の息子はなげくだろうと。

そして「なんでこんなアホなことしたんやろ!!」と言って、突っ伏して号泣するのであった。

子供の頃、この男性を負け組の一人程度しか思えなかったのだが、こうしてこの男性に近い年齢となってくると、身に沁み方が全く違う。今の自分とは別の自分、今の暮らしとは違う生活、まだ経験していない世界がきっと他にある・・・。そんな風に思う中年男性の気持ちは痛いほどにわかる。

選んでしまった道、しかもそれはそれほどに悪くはないのだが、別の可能性が頭をチラつくのである。僕は当然会社の金を持ち逃げしたりしないが、「魔が差した」と言って驚くべき行動を取ってしまう男性に、思わず共感してしまうのである。


魔美が目を離したすきに、男はアパートから姿を消す。ドアも窓も釘付けだが、唯一トイレの小窓が空いていることに気がつく。追っていくと、男がトボトボと歩いている。落ち込んではいるが、どこか開き直ったような表情をして、死ぬのは止めて、大阪に戻って自首をすると語る。

魔美は「おじさんは悪い人ではないし酷く後悔もしている、明日の朝までに1千万を金庫に戻せばいいのだろう」と言って自首を食い止める。大阪への終電までは残り3時間ちょっと。時間もお金の当てもないが、とにかくギリギリまで東京駅で待ってほしいと魔美は告げる。


1000万を使うのはあっと言う間だが、1000万を用意するのは至難の業だ。普通なら何年もかかって溜め込む金額である。それを3時間で、しかも中学生の女子が集めなくてはならない。それは例えエスパーでも不可能なことのように思える。

実際に自分の貯金は166円のみ。内訳は100円玉、50円玉、10円玉、5円玉、1円玉が各一枚というところ。この貯金箱は別の話でも再登場し、全く同じ金額が残されていた。


魔美はパパに頼むが当然無理。他のアイディアを思い巡らすが、有効的な手段は出てこない。時間だけが過ぎていき、コンポコは魔美の周囲をフヤンフヤン鳴きながら走り回っている。

しまいには苛立ちが募った魔美は、コンポコに対して「うるさあい!!」と怒鳴りつけて、「フニャフニャ言ってる間に一千万円でもくわえてきたらどうなの!?」と当たり散らす。繊細な心を持つコンポコはショックを受けて、部屋から飛び出して行く。

さらに時間が経ち、夕ご飯に呼ばれるが今食べたくないと言って部屋に残る。魔美は思う、何とかなりそうな予感があったのであんな約束をしたのだと。けれど、どうにもならないままタイムリミットを迎えそうである。


・・・すると奇跡が起きる。もう遅い時間だが、魔美に会いたいという女性が現れる。その人はハザマローンの女社長。4話目『名画(?)と鬼ババ』で、パパの描いた柿の木の絵を強引に手に入れようとした女性である。

彼女はその時とは別人のような幸せそうな表情をしている。喜びを爆発させて、「やっと巡り合えたよ、恩人に!!」と言って抱きついてくる。女社長は、前作の後日談を明かす。魔美の予言通りに正ちゃんにすぐに再会できて、今はとっても幸せなのだという。

『名画(?)と鬼ババ』では、ラストシーンで正ちゃんと女社長が間もなく再会するだろうというところで、余韻を残して終えていた。やはりあの後に二人は合流し、女社長はお金では掴み取れない幸せを得たのである。


女社長は同じを絵を二重販売した魔美のおかげだと感謝する。たまたま通りかかった時に、コンポコが飛び出してきて、魔美の家がわかったとのこと。コンポコの見た目のインパクトが強かったからこそ、女社長は気がついたのである。

女社長が魔美に会いたかった理由は、魔美のヌード画を譲ってほしいと思っていたからだという。二人を幸せにしてくれた可愛い天使の思い出のために。そして社長は、ポンと1000万の札束を取り出す。少ないかもしれないが、などと言いながら。日常的に、1000万程度なら持ち歩いているようである・・・。


魔美は一度は断るが、女社長は「お金に変えられない貴重な絵だ」と押し切って、去って行く。魔美はコンポコと抱き合って和解した後、大阪の男性の待つ東京駅へとテレポートで目指す。

男はどんな顔をして1000万を受け取ったのだろうか。男は図らずも、1000万を持ち出して自殺をしようとしたことで、魔美と出会い、人が信じられる奇跡を強く感じることになった。人生、本当に何が起こるかわからないものだ。

そしてオチ。一人古いアパートに閉じ込められいる高畑。魔美が思い出してくれるまで、彼は途方に暮れるしか無さそうである。・・・まあ、魔美の胸をさわったり、パンツを覗いたりした罰といったところだろうか。


「エスパー魔美」の考察をしています。


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