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今より脱獄がメジャーだった時代「パーマン」『脱獄囚とおばあさん』/VS.脱獄囚①

この10年、膨大な数のアメコミ映画が作られてきたけれど、その意味するところは、膨大なアメコミの数だけヒーローが存在するということだ。

「どれだけヒーローがいるんだ?」と思うわけだが、同時にヒーローの数だけ事件があって、ヴィラン(敵)もいることになる。

アメコミの数だけ悪事を働く輩がいて、その分ヒーローが必要だということである。「ヒーローいる所に悪事あり」なのである。


藤子ワールドでも、ヒーローを主人公とした作品がたくさんあるが、その分事件も多く発生する。事件があるからヒーローがいるわけだし、ひょっとしたらヒーローがいるから悪者が生まれてしまうのかも知れない。

いずれにせよ、藤子ワールドでは悪人が何かと幅を利かせているのである。

これまで藤子Fノートでは、電話魔や誘拐犯(人さらい)、全悪連(パーマン限定)などの悪者に着目した記事を書いてきたが、新たに「脱獄囚」についてのお話を取り上げて行く。

まずは、藤子作品最大のヒーローもの「パーマン」から、脱獄囚が登場するエピソードを見ていきたい。


「パーマン」『脱獄囚とおばあさん』
「小学四年生」1967年7月号/大全集4巻

パーマン世界の脱獄犯と言えば、真っ先に思い浮かぶのは怪人千面相であろう。千面相は変装の名人であるし、多彩な脱獄テクニックを持ち合わせており、最終的にはラーメンを食べに行く目的で気軽に脱獄を果たしている。

千面相との対決については、何本も記事化にしているので、目次から辿っていただければと思う。

実際の社会において、刑務所から脱獄するのは容易ではなく、太平洋戦争中、もしくは戦後間もない混乱期を除けば、脱獄の成功例は少なく、仮に出獄できたとしてもすぐに捕まっている。

ただ、調べてみると、直近の脱獄事件としては、2018年4月8日に松山刑務所の大井造船作業場から一人の男が脱走に成功している。この事件のことはすっかり忘れていたが、何とこの男性は約3週間も逃走していた。

また、「パーマン」が連載していた1960年代では毎年20~30人の脱獄囚が発生しており、今の令和の世の中では考えられない程に、脱獄囚の存在はメジャーだったのかもしれない。


本作はそうした時代背景があるということをまずは踏まえておきたい。さらに、後ほど記すが、本作では「脱獄囚」ともう一つ、「ダムに沈む村」という藤子作品でかなりポピュラーなテーマも登場してくる。

脱獄囚×ダムに沈む村という二大モチーフが使われた、とても検証しがいのある作品なのである。


本作はいきなり本題からスタートする。いかにも昭和なゴツイ男が刑務所を抜け出し、さらに交番からピストルを盗んで、そのまま山へと逃げ込んだというので、さっそくパーマン出動となる。

新聞記事がチラリと映るが、前科もある凶悪犯であるようだ。


パーマンとブービーが現場に到着すると、既に警察官たちによる大規模な山狩りが行われている。しかしかなり深い山なので、そう簡単には脱獄囚を見つけ出せないような雰囲気である。

空から捜索しても見つかりそうもないので、パーマンとブービーは山へ下り、二手に分かれて犯人を捜すことにする。

そんな中パーマンが茂みの中に人影を見つける。ところが、それは脱獄犯ではなく、脱獄犯を探す警官の一人であった。この警官はパーマンのことを知らないようで、「子供のくせに」というあしらい。

「パーマンを知らないの?」と尋ねると、警察官は「そんなマンガがあったな」という反応で、スーパーマンと間違えているように思える。さらには「家に帰って勉強して立派になれ」とバカにされたので、パーマンは怒りに震える。

パーマンがこの世界に誕生してまだ半年ほどなので、山深いこの地方では知名度が低いのかも知れないが、同じ悪者を追う立場の警官がパーマンをご存じないのは、少々問題のような気がする。


パーマンは「この暑さを我慢して、お腹の空いているのも我慢して働いているのに!」と、すっかりやる気を失ってしまう。

ゴロゴロと丘で寝転んでいると、先に脱獄犯がパーマンを見つけてしまう。脱走する前まで刑務所にいたはずなので、どちらかと言えばさっきの警官より世間知らずのはずだが、この男はパーマンのことを良く知っているようで、「嫌なヤツが出てきた」と渋い顔をする。

見つかったら面倒だと、木陰から転がっているパーマンにピストルの照準を合わせる脱獄犯。すると引き金を引く瞬間に、ブービーからの連絡がビビビビと入る。運良くパーマンは命拾いをすることとなる。


ブービーと合流すると、ブービーも暑さと空腹でやる気を失っているという。「腹が減っては戦はできず」ということで、まずは食べ物を探すことにする。

空を飛んでいくと山あいに小さな村を見つける。きっとパン屋くらいあるだろうと村へと降りると、人影が全く見えない。蕎麦屋を見つけて暖簾をくぐるのだが、客も店員もおらず、店内は埃が積もっている。

ブービーが見つけた食料品屋も蜘蛛の巣が張り巡らされたおり、長いこと無人となっているようである。思えば、犬の一匹もいないし、どこか妙な村である。


すると遠くからチ~ンチ~ンと音が聞こえてくる、向かってみると、とある一軒家中にお婆さんが一人仏壇に向かってお経を上げている。チ~ンという音は鐘(りん)の音であった。

パーマンは「おばあさん、一人で住んでいるの」と尋ねると、「わたしゃひとりではないぞ」と答える。そして、

「皆さん、その辺に大勢いらっしゃる。見えんのか、見えんかもしれんな、タマシイじゃからの」

と不気味なことを言って、ヒヒヒと笑うのであった。

人気のない村にたった一人お婆さんがお経を上げていて、挙句タマシイがそこらへんにいるなどと言われては、パーマンでなくてもゾ~っとするところ。

パーマンたちは「食べ物がないならこの村には用がない」と、逃げるようにして飛んで行ってしまう。


するとパーマンと入れ違うように脱獄囚が村に姿を見せる。パーマンがいなくなったことを確認し、脱獄犯も食べ物を探し回る。彼もパーマン同様空腹なのである。

先ほどのお経を上げていたお婆さんの家の中に入っていき、「何でもいいから飯を食わせろ」と要求すると、思いの外気の強いお婆さんは「なんじゃその態度は!」と猛反発。

「逆らう気か」と、脱獄犯が持っていた拳銃を向けると、お婆さんは「そんなものはこっちもあるわ」と言って、マシンガンを手にする。

これには仰天の脱獄犯は、「御見それしました。どうかご勘弁を」と平謝り。昨日から何も食べていなかったことを告げると、お婆さんの態度が軟化して、「それなら何かご馳走しましょう」と食事の準備をしてくれる様子。

気が強く、礼儀にもうるさいが、困った人は助けてくれる善き人であるようだ。


お婆さんがご飯の準備中、脱獄犯は、先ほどのマシンガンは子供のおもちゃであることや、お婆さんの息子が警察官であることも知る。息子の写真が飾られており、よく見るとパーマンのことを知らなかった警察官である。ただし、制服や帽子が違っているのて、パッと見わからない。

脱獄囚は、自分の正体がおばあちゃんにバレて、その後警察の息子に通報されることを恐れる。そのためご飯を食べた後、殺してしまおうと考える。


一方のパーマンは脱走犯人を捜しているが、当然見つからない。そこへ自分のことを知らなかった先ほどの警察官が「この先で婆さんを見なかったか」と駆け込んでくる。

ここで、のっぴきならない状況が明らかとなる。

・村に一人でいた婆さんは、警官のお母さん
・村はダム工事で水没するので、村民は皆引き払った
・婆さんは先祖代々のタマシイが住みついていると言って、何度連れ出しても家に戻ってしまう
・ダム工事は完成していて、今日から貯水を始める

警察官から説明を受けていると、そこへ早くも大量の水が流れ込んでくる。計画通りに水門が開き、貯水が始まったようである。


水のスピードは恐ろしく早い。全速力で村へと飛んで戻るパーマン。おばあさんの家に飛び込むと、タイミングが良いのか悪いのか、脱獄犯が婆さんを捕まえて、拳銃を向けている。

「動いたら婆さんの命がないぞ!」と脅す犯人だったが、そこにドドッと水が押し寄せてくる、婆さんも犯人もあっと言う間に流されてしまうが、パーマンが無事お婆さんを助け出す。

溺れる逃走犯も確保。先ほどの警察官からすれば、自分の母親を救助してもらい、探していた脱獄囚も捕まえることができたことになる。子供だと言ってバカにしたパーマンに、すっかり助けられたのである。

感謝の意を伝えてくる警察官。ところがパーマンのことをまだよくわかっておらず、「なんとお礼を言ったらいいかわからんです、パーくん」と、名前を間違えて、パーマンは酷く気分を害するのであった。


脱獄囚やら、ダムに沈む村やらと、藤子ワールドのお馴染みのテーマが描かれつつも、終わってみれば、頑張っているのに今一つ評価を受けないパーマンの悲哀が感じられる、いかにも「パーマン」的なお話でありました。




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