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蛇除けの呪文・ABCD(ヘービーチーデー)『オロチが夜くる』/心細い夜の話②

田舎暮らしだったもので夜となるとそれは真っ暗。いわゆる日本家屋に住んでいたので、トイレは外付けで、夜中ともなれば暗闇の中を進んでいかなくてはならない。

奥さんが初めてうちの実家に泊まった時には、あまりの暗さに一人ではトイレに行けない程だった。家の構造をわかっていないと、文字通り手探りで廊下を進み、トイレにたどり着かなくてはならなかったのである。


そんな夜の真っ暗体験は、上京してからは一切経験することが無くなった。夜中でもどこかに明かりが見える。(そもそも家も狭くなった)

けれど、昭和の時代には、夜中は暗いのが当然だったし、だからこその暗闇の恐怖というものが、日常茶飯事であった。藤子ワールドにおいて、夜の恐怖が強調されるお話があるが、それらは藤子先生の子供の頃の暗い夜が怖いという体験が基になっているのかもしれない。

さて、「心細い夜の話」と題して、藤子世界の超人が、スーパーパワーを持っているにも関わらず、夜を怖がるエピソードを2本紹介しようというのが、今回の企画。

前回の記事では「パーマン」が、夜の一人の留守番を恐怖する物語を取り上げた。パーマンことみつ夫は、ユーレイ嫌いとして有名で、ユーレイの仕業と思われるような怪奇事件に際して、幾度も震え上がっている。

なので、たった一人でお留守番というものは、心細くて仕方がなかったのである。


さて続けて、藤子ワールドで数少ないヒロインである「エスパー魔美」の物語を見ていく。魔美はテレポートもテレキネシスもできる超人だが、これまた幽霊嫌いであり、怪談嫌いの性格である。

こうして考えると、藤子世界の住人たちは、自分たちの能力とは関係なく、み~んな幽霊や怪奇現象に恐れ戦くタイプばかりであるようだ。


「エスパー魔美」『オロチが夜くる』
「マンガくん」1978年12月号/大全集3巻

魔美の幽霊嫌いが強調されたエピソードがあるので、まずはそちらをご紹介。

本作は、『地底からの声』の後に描かれたお話であり、既に魔美が怪奇現象が大嫌いということが前提となっていることを踏まえていただきたい。


物語冒頭は、真夜中の魔美の部屋から始まる。

遠くからズルッ・・ズル・・と嫌な音が聞こえてきて、魔美は目を覚ます。何者かが部屋の前まで来ると、一瞬静寂が包み込むが、やがてカタとドアが静かに開いていく。

恐る恐る部屋の入り口を見ると、何者かのシルエットが見える。「どなた・・・」と何とか声を絞り出すのだが、その刹那、シャーッと舌を出した怪人が姿を現す。全身うろこ状の、蛇のような風貌でかつ二本足で立つ蛇怪人である!

魔美はあらん限りの悲鳴を出す。「助けてえ、コンポコ起きて!!」と絶叫するのだが・・・。逆に魔美は「起きなさい」と声を掛けられ、コンポコが体を揺らしてくる。

・・・予想通りに蛇男は悪い夢であった。

しかし魔美にとっての「夢」は、予知夢だったり死者との会話の場だったりと、非常に大事な意味を持つことが多い。今回も蛇をモチーフにした怪人の夢を見たのは、偶然とは思えない・・。


魔美は気を取り直して学校へ向かうのだが、隣の陰木さんに声を掛けられる。庭の花壇が何かに踏みつぶされたように、滅茶苦茶になってしまっているというのだ。

陰木さんの家とは、かつてコンポコを巡ってトラブルになったりしていたことを踏まえて、魔美は「コンポコじゃないと思います!!」と慌てるのだが、このお話のタイミングではすっかりいい人となっている陰木さんは、「わかってますよ」と優しく返答する。

何かが花壇を踏みにじった跡は、そのままフェンスを越えて、佐倉家へと続いている。陰木さんは「何か重いものを引きずったような・・・大蛇でも這った跡のよう」と感想を述べる。

蛇男の夢と、大蛇が這ったような痕跡・・・。これは魔美でなくとも嫌な予感が走る場面である。


魔美は授業中も気もそぞろ。勘の良い高畑が「何かあったの?」と声を掛けてくれる。魔美は待ってましたとばかりに、「ゆっくり聞いて欲しい」と高畑に願い出る。

放課後、高畑の家に寄り、大蛇の話題を出す。神妙に話を聞いていた高畑は、その真剣そうな表情のまま「その蛇男は・・・今夜も現れるかもしれないぞ」と指摘する。

「ギャヒーン」と恐怖で髪の毛を逆立てる魔美。「どうしてそんな怖いこと言うのよ!!」と半泣きである。

高畑は「魔美の話を聞いてフッと思い出したんだ」と言って、膨大な蔵書の中から「民俗学辞典」を引っ張り出す。そこで、大蛇にまつわる伝承を紹介する。それは、日本各地に似たような話があるという。

「池や沼の主の大蛇が、美しい娘に恋をするんだ。大蛇は人間に姿を変えて毎晩、娘の寝床に通ってくる。やがて娘は身ごもった」


魔美はまだ微妙に思春期手前なので、「みごもる」という言葉を聞いても、意味が通らない。意味を聞き返すと、「赤ちゃんができたの!その大蛇の」と高畑が淡々と語る。

本日二度目の「ギャヒーン」と声を上げる魔美。「あたしミゴモッたらどうしよう」と再び半泣きである。

と、ここまでは高畑の一級のジョークであることが明かされる。高畑は大笑いだが、真剣な怖がりである魔美は、キレて高畑を叩きまくる。高畑はごめんと謝りつつ、「日本には大蛇なんか絶対にいないんだ」と釈明をする。


博覧強記な高畑は、先ほどの蛇の男の伝承と打って変わって、動物についての百科事典を出してきて、今度はいかに大蛇が日本にいないのかという証拠を示す。

・蛇は変温動物だから大型のものは熱帯か亜熱帯にしか住めない
・国産32種のうち、一番大きいのがアオダイショウでせいぜい2m50㎝
・大蛇が出たという話は良くあるがいっぺんでも見つかったことはない

さらに、魔美の庭の痕跡については、ノラ犬がゴミの入ったポリ袋かなんかを引きずって歩いたんだと、仮説を立てる。高畑の説明は、いつだって明快で科学的で、魔美もすっかり気が晴れやかになる。


ところが、心が明るくなったのはこの一瞬のみ・・。家に帰ると噂大好きの細矢さん(放送屋)から声を掛けられる。今度の噂は、当然アレ。

「お聞きになった?大蛇の噂。鈴木さんのご主人が見たんですってよ。夕べ、タバコ屋の屋根の上でトグロを巻いてたの。長さは30m、胴の太さが土管くらいあって・・・」

人づての噂話なはずだが、いつの間にか自分が見ていたような語り口になっている細矢さん。怪談を語る稲川淳二のようである。


すっかり心が暗くなった魔美。「嫌なことは忘れよう」とテレビをつけると、ニュースかワイドショーで大蛇のことを話題にしている。

報道に依れば、鈴木さんに続いて目撃情報が多数集まっているらしい。専門家はあり得ないと否定しているが、この地区では最近ノラ犬ノラ猫が姿を消している事実があるという。

魔美は寄ってたかって自分を怖がらせようとしていると、ベソをかく。そして、帰宅してきた父親に「お帰りなさい」と抱きつくと、今晩ママとパパの間で寝たいと懇願する。

「中学生にもなって甘ったれて」と訝しがるパパだが、それほど嫌がっているような表情に見えないのが不思議である。


ところが、悪い状況は重なっていくものと相場が決まっている。電話が鳴り、パパが出ると、美高時代の親友が急死したという知らせ。「お通夜だ。今夜は帰らない」と言ってパパは出ていこうとする。

魔美は「明日に伸ばして貰えないの!?」と必死に食い下がるが、お通夜葬式の類いが日程をずらせるはずもない。「もうすぐママが帰ってくるから」と、無情にも出掛けていってしまう。

そして、さらに状況はこの後も悪化。ママから電話があり、職場(新聞社)で夜勤メンバーに集団食中毒が発生し、帰れなくなったという。こうして、頼みの綱は二本ともすっかり切れてしまったのである。


魔美は最後の手段に出る。高畑に電話をして、今晩泊まりに来ないかと誘うのである。二人には(少なくとも魔美側からは)恋愛感情がないわけだが、それにしても大胆なお誘いではある。

高畑は大蛇が怖いからそんな話を魔美がしているのだと聞いて、それはないと再び否定する。魔美はあり得ないと理解しつつも、怖くて怖くて仕方がない。「とにかく来てよぉ」と猫なで声を上げる。

しつこい魔美に困った高畑は、急に話の方向性を変えて、変なことを言い出す。蛇除けのおまじないを教えてくれるのだという。それを破ろうとした蛇は、必ず血を流して倒れるという凄いおまじないらしい。

「いいかい、戸口にアルファベットの最初の四文字を書く」

魔美が「ABCD(エービーシーデー)?」と口に出すと、高畑は「そう!蛇血出(ヘービーチーデー)」と、気の利いた単なるダジャレを言い出す。

「嫌いっ!!」と受話器を投げ捨てるように切る魔美であった。


前回「パーマン」では、夜を一人で過ごさなくてはならなくなって、頼りにならないけれどと言ってコピーロボットに救いを求めた。今回の「魔美」では、最後の最後の切り札は、コンポコとなる。

あんたしかいないと魔美に声を掛けられ、力強く「フヤン!!」と応えるコンポコ。大蛇が来たらどうすると問いかけると、コンポコはクッションに飛び掛かり、ワグワグと食い破る。勇敢に戦ってやっつけるという決意表明である。

ところが魔美が「あら!そこに大蛇が!!」と試してみると、コンポコは文字通りに部屋中を飛び回り、そのまま魔美のミニスカートの中に飛び込んでしまう。残念ながら、コンポコちゃんは、魔美以上に怖いことが苦手なのであった。


そして、生憎、夜はやってくる。魔美は家中に電気をつけておくことに。しかし天候が急速に悪化し、外は雷鳴轟く豪雨となる。深夜テレビも終わって、もはや寝るしかない。

ちなみに本作発表時の1978年では、深夜に民放であってもテレビ放送が終わってしまうのが当たり前であった。そして今みたいにネットやケーブルTVなども無かった時代なのである。


渋々二階の部屋に向かう魔美。ここで、再び昨晩と同じ夢を見る。蛇男が部屋に侵入してきて、魔美に飛び掛かるのである。「だずげてえ~」と大声を上げて目を覚ます魔美。コンポコにまたあの夢を見ちゃったと話しかけると・・・。

コンポコは窓に向かって恐ろしい形相をして立っている。「どうかしたの?」と声を掛けると、コテンと固まったままひっくり返る。どうやら失神しているらしい。

ゴロゴロゴロと稲光がして、家中の電気が消える。落雷で停電となったらしい。すると、窓の外に大蛇のシルエットが見える。そして「シュッシュッ」という不気味な音が漏れ伝わってくる。


さっきまで夢を見ていたので、これはもはや現実でしかありえない。魔美は恐怖で体がすくむ。大蛇はガタガタガタとガラス窓を破ろうとしている。そして更なる稲光と、チョロっと舌を出している大蛇の頭がシルエットで映し出される。

このあたりの恐怖描写は、往年のハリウッド映画の恐怖映画を彷彿とさせる。キャラクターが可愛いので気が付かないが、藤子作品のこうしたホラー描写は、かなり綿密で映画的なのだ。


ガシャンと窓ガラスがついに割れ、魔美もコンポコもようやく体が動き出す。魔美が階段を文字通りに転げ落ちている間に、コンポコはさっと逃げ出してしまう。魔美はトイレに入って身を鎮める。そして見つかりませんようにと神頼み。

大蛇は二階の窓から侵入し、そのまま階段を這って一階へ。トイレの入り口の前をそのまま通過していく。行ったらしい・・と安堵する魔美に、いつもの困った人からのベルが聞こえてくる。

「助けてほしいのかこっち!」と怒る魔美だったが、その念波の中にコンポコのフヤンフヤンという鳴き声も重なって聞こえてくる。助けを呼んでいるのはコンポコなのであった。


本作ずっと頼りないままだったエスパー魔美。しかしコンポコ大ピンチというところで、ようやく開き直る。嵐の中家の外に出ると、大蛇が今にもコンポコに飛び掛かろうとしている。

「おいで・・・。あんたなんか・・・怖くないわ。これでもエスパーなんだから・・・。おいで!!」

飛び切り格好良い魔美ちゃん。大蛇は大口を開け、牙をむき出しにして飛び掛かってくる。そこでテレポート! 大蛇はパッと姿を消す。蛇の飛び掛かってくるエネルギーを利用して、止まっていた車のトランクの中へと飛ばしたのである。


さて後日談。魔美は高畑に真相を語る。

・大蛇(ニシキヘビ)はペットとして飼われていたものが逃げ出した
・無責任な飼い主は警察沙汰になるのが怖くて黙っていた
・お腹を空かせた蛇はコンポコの匂いにひかれてやってきた
・蛇の念波が魔美の夢に現れた

蛇男の夢は、空腹の大蛇の念波が引き起こしたものだったのだ。凄い超能力である。やはり、魔美が夢を見た時には何かが起こる。


高畑は「畏れ入りました」と平身低頭。得意顔の魔美は言う。

「これに懲りて、絶対にありえないなんて言わないことね」

この何気ないセリフは、実は藤子F先生の信条そのものである。UFOだってUMAだって、科学的にあり得なそうなことも、絶対にないととは言い切ってはいけない。そんな風に考えているし、あらゆる作品内でその主張は見て取れる。

ラスト一コマは、なかなか洒落た終わり方。うまく言葉では表現できないので、是非とも原本をあたっていただきたい。



「エスパー魔美」全話解説(中)!


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