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満月とお稲荷様と不発弾「エスパー魔美」『虫のしらせ』/中秋の名月①

2022年は9月10日が中秋の名月である。何でも午後6時59分が満月だということで、是非その時間には空を眺めてみたいと思う。

この日は旧暦の8月15日にあたり、「十五夜」と呼ばれることもある。先ほどデパ地下を散策していたら、中秋の名月にちなんでお団子を売っていた。買おうかと思ったが、後でと思っていたら忘れてしまった。ま、そんなものだ。

藤子作品にはいくつか、満月をモチーフにした作品がチラホラ存在している。これまでに印象的な「満月作品」を記事にしているので、こちらも宜しければ・・・。

本稿と次の稿では、上とはまた別の「中秋の名月」にちなんだ作品を取り上げてみたいと思う。まだまだ残暑厳しいところだが、秋の始まりだと考えて心を静めるのも悪くあるまい。


「エスパー魔美」『虫のしらせ』「まんがくん」1977年

珍しく目がさえて眠れない魔美。無理に寝ようとしないで散歩に行こうということで、コンポコを連れて空の散歩。夜空には満月が浮かんでいる。魔美はそこで、急に詩人のようなことを言う。

「月の光を受けてしずかにねむる町なみは・・・。まるで海のそこのよう・・・」

すると住宅地の真ん中の空き地から虫の鳴き声が聞こえてくる。空き地に降り立つと、何百匹の秋の虫が鳴いている。鈴虫やマツムシやコウロギである。

そこへ「好きなら持っていきな」と若い男性が話しかけてくる。卵から返して育てて、空き地に放したのだという。男性の故郷のようにこの原っぱだけでも虫の天国にしたいと語る。

すると魔美に異変が起こる。虫の声がどんどん大きくなってついには大爆発する。魔美は思わず悲鳴を上げる。何とことかわからない男性。


翌日高畑にそのことを話すと、それは大変なことが起きる前ぶれだという。脅かす言い方だが、「虫のしらせ」という冗談である。真面目な相談を茶化された形だが、魔美にはほんの少しだけ予知能力があるらしいので気がかりだと補足する高畑。

放課後、昨晩の空き地に行ってみると、すっかり子供たちが虫を採りまくっている。採っちゃダメと魔美が駆けつけるが、一緒にいたコンポコが子供たちにタヌキやキツネ呼ばわりされて、「ヨヨヨ」と泣き出してしまう。

ここのやりとりはあまり必要の無さそうだが、今後の展開に繋がる重要な伏線となっている。


そこへ昨晩の男性が通りかかる。彼の言うにはこの空き地にはマンションが建つという。流れで男の部屋にお邪魔すると、部屋中虫だらけ。会話から、虫に熱中している予備校生だということがわかる。

空き地が消えて、都会から緑が失われていく。今のうちになんとかしなくちゃと魔美は言うが、男性は「時代の流れだから仕方ない」と諦観している。ここで引き下がらないのが魔美のいいところ。「たとえ無駄でも抵抗してみるべきだ」という。


田外建設KK本社ビル。社長室には住民たちが集まって社長に抗議をしている。住宅地の真ん中に五階建てのマンションを建設するという無理な計画への反対署名を持ってきたのだ。

ところが社長は全く聞く耳を持たない。これまで9つの田外マンションを建てている、これを全国に100にするのがユメ、つまり反対運動なんかには慣れっこなのだという。

さらに、法的には全く手落ちがなく、誰が何と言っても建てると机を叩く。そしてどうしても建てねばならない理由があると語る。それは・・

「お稲荷様のお告げですよ。第十番目のマンションをどこに建てようかとおみくじを引いたら、この方角が「吉」と出た」

と、まさかのお稲荷さんの占いが建設の理由なのだというのだ。

住民たちは「そんなくだらないことで」と反発するが、社長は裸一貫からここまできたのは信心していた「正三位稲荷大明神」のおかげだといって、取り合わない。呆れ果てて帰っていく住民たち。

ちなみに「正三位稲荷大明神」という言葉が出てくるが、実際の稲荷大明神は「従三位」の神階である。


住民が帰ったあと、明日が大安なので工事の着工せよと部下に命じる社長。そこへ「もう一人の反対者がいる」といって、魔美が飛び込んでくる。魔美は自分の意見ではなく「虫の知らせ」だと言う。そして、

「不吉な予感がするのです。工事を止めないと、きっと何かよくないことが起こるわよ」

と悪気なく告げるのだが、これを聞いた社長は大憤慨。

「つまみ出せっ!!塩を撒けっ!!」と顔を真っ赤にさせて、部下に命じる。部下は「社長はもの凄く迷信深くて縁起を担ぐんだ」と言い、大量の塩を魔美にかける。「塩漬けにするつもり!」と思わず声を出す。

この社長ほどではないが、程度の差があるが事業者の中には、日取りや風水など、縁起を担ごうと考える人は大勢いるような気がする。


大きいユンボーが空き地を掘り起こしていく。予定通り工事が着工されたのだ。魔美は草むらに残っていた虫たちをテレキネシスで集める。そして自分の庭に避難させるのであった。

魔美はコンコンと咳ばらいをする。カゼを引いたようで、もう夜の散歩は止めて温かくして寝ることに。すると夢の中で、またあの空き地にいる魔美。帰ろうと飛び立つと、草むらに黒い影が見える。地面から染み出すように、形がはっきりしてくる。

すると・・・突然黒い影は、ドドドーッと大爆発を起こす。目を覚ます魔美。やはりあの空き地には何かがあるのだ。そのまま高畑の家に行く魔美。無理やりに起こして、魔美が見た影の形を見せる。


高畑はピンとくる。この空き地は新開町商店街の近くではないかと尋ねる。高畑曰く、第二次世界大戦中、あの当たりに航空機の組み立て工場があり、空襲の目標になったのだという。その時落ちた不発弾がそのまま埋まっている噂があるようなのだ。

今でも時々不発弾が見つかって近隣住民を避難させて撤去工事をすることがあるが、どれだけの数の爆弾が落とされたのだろうと思う。また沖縄では不発弾撤去は頻繁に行われている。これは沖縄が、酷い戦火に包まれた地域であることを示している。


このままでは、工事のブルトーザーが爆弾を掘り起こして大爆発を起こしてしまう。何としても工事を中止させなくてはならない。魔美は夜中だが社長宅に飛んでいく。

そしてここから伏線を一気に回収しながら話が進んでいく。まずは、風邪気味だった魔美はクシャミをしてしまい、分裂テレキネシスを起こして、服がビリビリに。下着姿になってしまい、これでは人前に出られない。

コンポコが先導して社長の部屋に進む魔美。社長は物音を聞きつけて起きだし、小刀を手にする。社長はこういう事態となるのをいつも想定しているようだ。


魔美がコンコンと咳ばらいをすると、ちょうどそのタイミングでコンポコが社長の目に入る。信心深い社長は、コンポコを見て、お稲荷様のお使いのお狐様では・・・と体を震わせる。

キツネと間違えられたコンポコは大ショックだが、魔美はそのままキツネに成りすまし、魔美のセリフに合わせて口をパクパクさせるよう指示を出す。滅茶苦茶な指令だが、ここからコンポコの名演技。

「いかにも、我こそはお稲荷さんのお使いであるぞよ」

社長は「やっぱり!!」と正座してコンポコを拝みだす。続けて、

「あの空き地は黒い呪いが埋まっているぞよ。ただちに工事を中止せよ。このお告げを守らないと、恐ろしい天罰が下るぞよ」

コンコンと咳払いのオマケをつけると、それに合わせて手を伸ばすコンポコ。完全に犬の仕事のレベルではない。

作戦はうまくいったのだろうか。家に帰り、「コンポコはキツネの感じが出てたわよ」と魔美が褒めると、当のコンポコは気分を害して背中を向けてしまう。


翌日の工事現場。不発弾がまさに掘り起こされようとしていた。現場の人たちは古い下水道かな、と思いを巡らせていると、そこに社長が姿を現わす。社長はこれこそお告げにあった「黒い呪い」だと考える。

そして、黒い呪い(不発弾)をコンクリートを流し込んで固めてしまえと部下に命じる。そしてこの現場を放棄する決定を下す社長。大損害だと食い下がる部下に対しては、

「土地はここばかりじゃない。またよそで儲けてやるわい、ワハハハ」

と、目先のお金ではなく、お稲荷様のお告げを信じる信心深い男なのであった。ここまでくると、もはや立派。


満月が浮かぶ夜。空き地では、草原がわずか残り、虫の鳴き声も復活する。コンポコもはしゃいで空き地を走り回る。その様子を見た魔美と男性は、「しょうじょうじのたぬきばやし」を口ずさむ。

歌を聞いたコンポコは伏せて泣き出す。自分がタヌキだとあてつけられたと思い、傷ついたのである。コンポコがキツネやタヌキに間違えられるのは、これで3度目。夜空の満月と、コンポコの繊細さが印象深いお話なのであった。


「エスパー魔美」の全作解説進行中。


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