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27年前のオレを止められるか?『あのバカは荒野をめざす』/タイムマシンで大騒ぎ⑮

若気の至り。

正直、慎重派だった僕は、若気の至りと呼べるような経験をしたことがない。予測の及ぶ範囲で行動していたし、無鉄砲な決断など一切してこなかった。

一人で外国を放浪するとか、犯罪スレスレの行為を働いてみるとか、一目惚れした子と駆け落ちするとか、そういった正規のレールから外れる行為をしてこない人生であった。

今思うと、若気の至りと呼べるようなことを一切しなかったことに後悔を覚える。「あの時の武勇伝」みたいな経験をしないまま、もう大きなミスが許されない年頃となってしまった。

なので、少しねじれていると自覚はするが、若気の至りを悔やんで「あの時あんなことをするんじゃなかった」と後悔している人を見ると、何だか羨ましく思ってしまうのである。


さて、普通の方々にとっては、一度くらいはやり直したいと思える若き頃の決断があったかと思う。大人になった今だからこそわかる、失敗への道を歩み出すことへの深い後悔の念もあるだろう。

本稿で紹介するお話は、そんな若気の至りを、過去へと戻って本当に止めようとするエピソードとなる。目に見えるタイムマシンは出てこないが、タイムトラベルをするという意味合いで、「タイムマシンで大騒ぎ」シリーズの一本として取り上げる。

なお、これまで執筆したSF短編における「タイムマシン」をテーマとした作品群のリンクを張っておく。気になるものがあれば、是非ともお読みくださいませ。



『あのバカは荒野をめざす』
「ビックコミック」1978年1月10日号/大全集・異色SF2巻

ゴ~オ~オ~オ~ンと夜空に鳴り響く鐘の音。時は大晦日。煩悩を振り払う除夜の鐘の音である。鐘の音が鳴り止むと、一瞬だけ町には静寂が広がる。冷たそうな風が商店街を通り抜ける。

大きな駅の構内だろうか、浮浪者たちが身を縮こまらせて、階段や床に座ったり寝転んだりしている。その中で、一人の禿げた初老の男性が壁に寄り掛かるように座り込み、「もうすぐ・・・あれだな」と呟いている。

初老の男に近寄ってくるルンペン姿の男。煙草を一本差し出すと、「ちょっとお尋ねしていいかしら」と言葉を掛けてくる。禿げた男は近づいてきたルンペンが、ルポライターであることを見破る。「浮浪者たちの新春」を取材しようとしているのだ。

男は「話してやってもいいが、あまり時間がない、もうすぐ行かねばならない」のだと言う。どこへ行くのかとライターが聞くと、

「あのバカのところさ。あのバカに会って説得する。もし成功すれば、こんな暮らしともおさらばさ」

と謎めいたことを答える。


除夜の鐘が何度も鳴り続けている。初老の男は、自分は一部上場会社の社長の御曹司に生まれたという。若気の至りで落ちぶれてしまったが、「あの時あいつの言うことを聞いていれば」と語る。

「あいつというと?」とルポライターが素朴に尋ねると、「俺さ」と、引き続き意味不明な回答。「今度こそぶん殴ってでも説得するつもりだよ」と、そこまで喋ったところで、「来た!」と声を上げる。すると、初老の男の姿は、ルポライターの前から消えてしまう・・。


裸電球が点灯する古い街並み。遠くからはゴ~オ~オ~オ~ンと除夜の鐘。先ほど姿を消した初老の男が立っている。町の様子から、男はここが27年前の世界であることを確信する。

男が待っていると、大きな屋敷の勝手口から、凛々しい表情の若い男性が姿を見せる。初老の男が会いたがっていた「あのバカ」とは、彼のことであるらしい。除夜の鐘の中、初老の男は若い男性の後を付いていく。

やがて若い男が振り返り、なぜ自分をつけるのかと問い質してくる。初老の男は「そのセリフ、あの時と寸分違わない」と言って涙を零す。「そっくりだ、何もかもあの時のままだ!!若いなあ」と言って、男性の肩を掴む。


妙な出会いとなった二人、ここからのやりとりで、穏やかならぬ関係性が明らかとなる。

若い男性は26歳。頼子という女性のアパートに向かっている。初老の男は53歳で、若い男性の27年後の姿であるという。初老の男は、若い頃の自分のことを「あのバカ」と呼び、若き自分がこれから選択しようとしている決断を止めに来たと言うわけなのである。


初老の男が止めたかったこと、それは26歳の自分が頼子という女性と駆け落ちすることであった。最初は「悪いことは言わんから帰れ」程度の助言をするが、26歳の自分はそれを無視する。しかし男は構わず話し続ける。

頼子はどこの馬の骨とも素性の知れないバーの女給。自分は御大家の御曹司。あまりの釣り合わなさに、両親と半年間もすったもんだが続いている。世間知らずの自分は、「釣り合わぬは不縁のもと」といった常識は耳目に入らず、大晦日の朝、発作的に決心して、荒野を目指すことになった。


初老の男は頼子の元へ向かってからの27年間をこのように表現する。

「温室を飛び出し、寒風吹きすさぶ荒野を目指しつつある。言っとくが、その荒野の厳しさは予想以上のものだった。暗く寒く、渇いて飢えて、そして何よりも果てがなかった」

ここまで黙って話を聞いていた26歳のオレは「いい加減にしないと」と叫ぶ。しかしそれを無視して、53歳のオレが「この辺で最初の躓きを体験した」と言い出すと、26歳のオレは足を滑らせて派手に転んでしまう。

26歳の自分が日和ったところで、初老の男は畳みかける。「君は27年前のワシを再演している。ワシの愚かな行動をこの先ずーっとなぞっていこうとしている。その終点が現在のワシということさ」と。


では、どうしてこんなこと(=タイムトラベル)が起こったのか。男性が仮説を語っていくが、この部分は藤子先生の、今回のお話のタイムトラベルの中核理論となるので、要チェックだ。

「男の一念とでもいうかね。あの時、もし脇道へ逸れねばこんなことに・・・という無念さ。そんな思いが積もり積もって形となって・・・」

本作ではタイムトラベルを個人的な思いで達成したという風に描いている。このパターンは他の作品にも使用しており、上の方にリンクを張っている「あいつのタイムマシン」などがそれに当たる。


男の語っていることは非科学的な前提の上だが、筋は通っている。未来の自分が言うのならば、それは本当のことに違いない。しかし、まっすぐ荒野を見つめている若き自分には、まるでその言葉は通じない。

そればかりか、決心の度合いを強めるように、「親の決めたレール通りに走る生活などクソくらえだ」と叫ぶ。「頼子には僕しかいない、あの子を幸せにしなきゃ、僕がこの世に生まれてきた意味がない」と、完全に恋は盲目状態なのである。

そして、

「僕には一旦歩き始めた道を変える気は、毛頭ない!!」

と力強く宣言し、27年後の自分を振り切って、敗戦の傷跡の残るいかにも転びそうな道を突き進んでいく。


去り行く若き自分に、男は「人間は変わるもの、愛は色あせ情熱も消え、行く手は荒野だぞーっ!!」と叫ぶのだが、全く声は届かない。どうやら、一念の果てにやってきた過去の世界でも、思いは成し遂げることができなかったようである。

しかし、53歳の自分が自らを鼓舞する。「予想した通り」だと。自分の事は、やはり自分が良くわかっているのだ。そして、男性は全速力でどこかへと走っていく。


男性が向かった先は「平和荘」という古いアパート。ピィッと口笛を吹くと、「ボクちゃん!本当に来てくれたのね!」と言って、女性が階段を降りてくる。

思っていた人とは別人(27年後の本人)を見て驚く女性。彼女こそが、頼子である。男は「話を聞いてくれ!!」と無理やりに彼女の部屋へと入りこむ。

そこでどのように説明したかは分からないが、頼子に事実を伝えることに成功する。目の前の男は、ボクちゃんの成れの果て。落ちぶれたのは頼子のせいとは言えない。尻の青いボンボンと一緒になってもうまくはいかない、と。


そうであれば自分は身を引くと観念する頼子。ところが、ここで若き自分が烈火のごとく怒って登場する。「こんなところまで出しゃばってきやがって」と、胸ぐらを掴む。

男は落ち着けと叫び、最後の説得を試みる。「みんなお前の将来のためなんだ、今のオレのように何の生きがいもない日々を送りたくなければ・・・」

若き自分は強く反論する。

「生き甲斐がない!? だったらなぜ死なん!? 僕は許せないぞ。自分がそんなに醜く老いていくことを!! 過去の自分を責める以外成すこともなく・・・」


男は「死ね!!」と拳骨を食らわす。すると、目の前が真っ暗になり、27年後の世界の大晦日に戻っている。「どうしたんですか」とルンペン姿のルポライターが声を掛けてくる。

どうやら、殴ってでも過去の俺を止めようと思っていたのに、逆に殴られて過去改変の方を止められてしまったようなのである。

「会って来たんだよ、あのバカに」とライターに応える男性。「お話にならない、結局道を誤るのも若者の特権、誰にも止められない」と、観念したような様子である。


では、初老の男性が試みたことは無駄骨に終わったということなのか。実はそうではない。男は思う、「それにしてもあいつ、燃えてたなあ」と。「あれがかつての、俺の姿だったんだ」と遠い目をする。

男が若き日の「バカ」と会って、バカの行動を修正しようとしたのだが、結局それは叶わなかった。しかし、かつての熱い自分を間近で感じたことで、中年となった今の自分が感化されようとしている。

過去に行けたこと、それは過去を変えたいと言う意志が成し遂げたことではなくて、もしかしたら、今の落ちぶれた自分を変えるために運命が仕組んでくれたことなのではないか・・・。


男は立ちあがって、建物の外へと出ていく。もう除夜の鐘は聞こえない。日付が変わり、新春の朝を迎えようとしている。

「当てはないがね。何かをやってみたくなった。ひと花咲かせられないものでもあるまいよ。なあに、俺だってまだまだ・・・」

清々しい表情の男の背後のビルの隙間から、初日の出が昇ってこようと、空を白めているのが見える。


かつて「今の自分が一番若い」なんてことを言う人がいた。若い頃はなんだそりゃとしか思わなかったけれど、50歳目前の今の自分には、けっこう響く言い回しである。

歳を重ねると、「何かをやってしまった」もしくは「何かをやらかなった」ことを思って、酷く後悔することがある。その後悔は、過去の自分に責任を押し付けたくなったりもする。

けれど、過去を責めている暇があれば、今(現在)を充実させることが、将来の自分のためになるはずだ。過去はタイムマシンがあっても変えることはできなかった。だったら、今を変えて、この先の未来を変えるしかあるまい。


今が一番若いんであれば、いっそのこと、今から若気の至りでもやってみようか。本作を読んで、そんな風に思う、夜中のオレなのであった。




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