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なにかと危険なひみつ道具『雪がなくてもスキーはできる』/スキー好き?嫌い!④

「スキー好き?嫌い!」と題して、藤子作品の中から、スキーやスキー場に関するお話を取り上げているが、ひとまず本稿でシリーズは一区切り。

最後にピックアップするのは、我らがのび太が、スキーが好きなのか嫌いなのかさっぱりわからない『雪がなくてもスキーはできる』である。

これまでに「のび太×スキー作品」を二本の記事にしているので、併せて読んでもらえると嬉しい限りです。

上の記事を読んでもらうと明白だが、のび太はスキーを人並みに滑りたくて仕方がないことがわかる。だから練習をしたい気持ちは十分にある。ところが、いざ始めてみると、運動神経ゼロなので、まるでスキーが上達しない。

そればかりか、転んで痛い目にあったり、寒かったりもするので、すぐに音を上げてしまい、さらなる練習を先伸ばしにしてしまう。結果として、いつまで経ってもスキーが滑れないまま、スキーへの憧れだけが募るのである。


以下で取り上げる作品でも、のび太は同じような精神状態となる。スキーが好きで嫌いという、複雑な感情のぶつかり合いである。

また、登場するひみつ道具が魅力的な使われ方をしていたり、スキーの後でもう一捻りある展開がみられるなど、見所の多い作品となっている。



『雪がなくてもスキーはできる』(初出:雪のないスキー)
「小学三年生」1980年4月号/大全集11巻

「ドラえもん」では、ある種のパターン化された作品が多いのだが、その一つに「○○せずに○○する」という構造のお話がある。

具体的には、「海に入らずに泳ぐ」「旅行せずに旅行写真を撮る」「貯金をせずにお金を使う」などである。

本作においては「スキー場へ行かずにスキーをする」という禅問答のようなお題にドラえもんが応えるお話となっている。これは前回記事にした「オバQ」の『ケチスキー場』と同根のアイディアから構想された作品と言えるだろう。

なお、「○○せずに○○する」のパターンを持った作品については、別途シリーズ記事を用意しているので、どうぞお楽しみに・・。


本作の初出掲載誌は「小学三年生」の4月号(3月発売号)で、季節は春。もう雪だのスキーだのというテーマは時期外れなのだが、その点が本作の一つのポイントとなっている。

野比家の周りでも桜の花びらが待っている。のび太は深刻そうな表情で「ついに春になってしまった・・・」と呟く。のび太は勉強机の上で、窓の外の散りゆく桜を見ながら体をワナワナと震わせ、「この冬こそスキーを滑れるようにと思っていたのに、滑れないうちに春が来た」と、猛烈に後悔している。

「もっと練習しておけば良かった」とは完全に後の祭りだが、のび太は大袈裟に「こうして年月が過ぎて、僕は一生スキーが滑れないんだ」と泣き叫ぶ。

ドラえもんはやれやれと「いつでもスキー帽」という帽子を取り出す。この帽子は、被った人だけに雪が見えたり、触ったり、その上を滑ったりできるのだという。

試しに帽子についたダイヤルを10センチに合わせて被ってみる。するとのび太の体が10センチほど浮かび上がる。のび太の視点では、10センチの雪が積もっていて、その上に乗っているように感じられる。

そして帽子を脱ぐと雪が消えて、10センチ浮き上がっていたのび太も元に戻る。


この帽子の仕組みが少々ややこしく、実際に体が浮き上がるので、単純な「バーチャルリアリティ」ということでも無さそうである。むしろ被った人だけ「ガチリアル」な雪を体感できるという、とっても先進的な道具なのである。

ただしここで思うのは、帽子を被っていない周囲の人間からすれば、突然高速のスキープレイヤーが目の前に滑ってくることになるので、これにぶつかったらひとたまりもない。とても危険極まり道具と言えそうである。

また、ダイヤルで積雪量を自由に変えることができるわけだが、冷静に考えるとかなりのリスクが付きまとう仕掛けではなかろうか。

ラストに通じる話だが、どこまでも雪を高くできるとなると、何かの拍子で帽子が脱げた場合に、足場が突然無くなってしまって、超高層からの落下を余儀なくされてしまう。

「いつでもスキー帽」は、帽子を被った人も、その周囲の人も、非常に危ない思いをする道具であるようだ。


のび太は空き地でさっそく滑ろうと、スキー板を抱えて向かう。その様子を見ていたジャイアンとスネ夫は、「サクラが咲いているのに、あのバカ!」とバカにする。

空き地へと走るコマでは、電柱に「藤子スタジオ」の看板が見える。

空き地に着いて「いつでもスキー帽」を被る。積雪は50㎝。スキーの練習をするには十分な量である。目の前に広がる雪景色に喜ぶのび太だが、よく考えるとゲレンデがない。

均等に50㎝の雪が積もっているので、坂道がなく、このままではスキーの練習とは行かない。「いつでもスキー帽」とは名ばかりで、実態は「いつでも雪が積もる帽」なのである。

ドラえもんは「下手くそなんだから、まず歩く練習をみっちりやってから」と提言するが、のび太は「歩く練習なんて張り合いがなくてやる気がしない」と大いに不満。

ドラえもんは「言うことだけ一人前なんだから」とブツブツ言いながら、「さか道レバー」という道具を出す。この道具はレバーを板に装着して前に倒すと目の前が下り坂になるというもの。「いつでもスキー帽」は、「さか道レバー」とワンセットで使用するものなのである。

ちなみに「さか道レバー」は、本作の4ヵ月前の「小学一年生」1979年12月号にて初登場している道具で、この時は小さな車に装着していた。てんとう虫コミックスでは掲載順が逆となるが、時系列的には本作が二度目の登場である。


始めは緩い坂で練習しようとレバーをゆっくり倒して、いよいよスキーを滑り出す。するとそこへしずちゃんが現れる。しずちゃんから見れば、のび太とドラえもんは空中に浮いている状態で、パッと見、何が起きているわからない。

そこでのび太が転び、その拍子で帽子が脱げると、雪も消えてのび太は50㎝下に転がってしまう。早くも「いつでもスキー帽」のリスクを食らってしまう形である。


ドラえもんは、自分の被っていたスキー帽とスキーセットをしずちゃんに渡し、「二人で楽しく練習しなさい」と言って自分は家へと帰っていく。

仕切り直してスキーの練習を始めるのび太であったが、当然ゴロゴロと転がり、うまく滑ることができない。幾度か転んだ後に、早くもやる気を失った様子で、

「ま、これで二度と冬が来ないという訳じゃなし・・・。スキーの練習は来年の冬にしよう」

と、いきなり練習の一年先送りを宣言する。冒頭で「滑れないうちに春が来た」と打ち震えていたのび太とは別人だろうか??

そんなのび太にしずちゃんは「そんなこと言っていると、いつまで経っても・・・」と真っ当なツッコミを入れる。のび太は「来年こそきっとやるから!」と逆ギレ気味。この調子ではきっと来年も練習しないまま春を迎えることなりそうである。

ちなみに『大雪山がやってきた』というお話でも、「もっとうまくなってから練習する」と妙なことを言っていたのび太である。


スキーの練習を止めたところで、スネ夫とジャイアンが空き地に現れる。空に浮かぶのび太たちを見て、「どうしてそんなことができるんだ」と驚く。

のび太は「うるさいのが来た」ということで、もっと雪を深くすることに。帽子のメモリを動かすと、のび太からはジャイアンたちが見えない程に浮かび上がる。そして大雪の町を見てこようと、しずちゃんとふたりで屋根を越えて行ってしまう。

本作ではこのように、宙に浮かぶ様子(帽子を被っていない人目線)と、雪景色に包まれた様子(帽子を被っている人目線)が交互に描かれていて、その点がとても楽しい一作となっている。


ジャイアンたちはのび太が被っていた帽子に秘密があると察する。そこでドラえもんを騙して、二人の帽子を取り上げようと画策する。

作戦としては単純で、ドラえもんに「屋根の上にボールを引っかけたので、高いところに手の届く道具を出して」とお願いするだけ。何の疑いもされず、スネ夫たちは「ジャック豆」を貰う。

ジャイアンたちは「すぐ伸びるやつな」と既に知っている感じで話しているが、実は「ジャック豆」は本作が初登場。本作の5年後に「ジャック豆」(1985年)という話で再登場し、その後もいくつかの話で姿を見せている道具である。

なお、「ジャックと豆の木」関連では、本作の5年前に発表された『世界名作童話』というオムニバス作品が思い出される。この中に「ジャックと豆の木」という掌編があり、ここではドラえもんやジャイアンがゲスト出演を果たしている。

作中、ジャックと豆の木の絵本を読んだジャイアンが、「ジャック豆を出してくれ」とドラえもんにお願いして、そんなものは無いとバカにされている。実際には存在していたわけだが・・・。

この他にもジャック豆は「ドラえもん大事典」に登場していたりして、何かと来歴がややこしい道具なので、一度ジャック豆に特化したまとめ記事を作った方が良いかもしれない。


町の雪景色を悠然と眺めているのび太としずちゃん。眺めに気を取られて、ジャック豆を背後に伸ばしてきたスネ夫たちにまるで気が付かない。帽子を被っていると雪の下の様子が見えないという「いつでもスキー帽」のデメリットのせいでもある。

スネ夫たちにさっと後ろから帽子を奪われて、足元の雪が消えた二人は地上まで落下してしまう。

のび太たちは屋根の上を歩いていたので、地上10メートル近かったかと思われるが、その高さを落ちてしまうと、漫画の世界でなければ命も落としかねない。「いつでもスキー帽」の人的生命リスクはバカにならないのである。


帽子をゲットしたスネ夫たち。ダイヤルを回して雪をどんどんと増やしていき、遥か彼方に東京タワーのてっぺんが出ているほどの雪景色にしてしまう。

東京タワーの高さは333mで、てっぺんの方がかなり出ているように見えるし、スネ夫たちもこの後200mの高さと言っている。

ちなみに200mを越える建物がないかと本作発表時(1980年)の高層ビルの高さを調べてみると、サンシャイン60(1978年完成)が239.7m、新宿三井ビル(1974年完成)などの高層ビル街が4棟あるくらいだった。

200m級の高層ビルが乱立するのは、ここ最近の話だったのだと改めて知る次第である。


帽子を盗られたのび太は、ドラえもんに取返してくれと頼むのだが、「しばらくほっといたほうがいい」と言う意外な答え。

ジャイアンとスネ夫は地球を覆う程の雪景色を堪能していたが、それも飽きてそろそろ帰ろうという話になる。と、ここで二人は大変な事態に気付く。帰るには雪を消さなくてはならないが、帽子を脱いで雪を無くせば200m真っ逆さまとなる。さすがに漫画の世界でも死んでしまう高さだろう。

二人は遥か高さの空中で抱き合って、「どうしよう」と泣き叫ぶのであった。


最後も「いつでもスキー帽」の大いなるリスクが発生し、ジャイアンたちは困り果てた訳だが、ここで不思議に思うことがある。

帽子のダイヤルを回せば雪が増えていくわけだが、逆方向に回せば雪が減っていくということはないのだろうか。もしそういうことなら、ゆっくりとメモリを減らして行って、無事に地面に達することができるのではないか。

いきなりどんな高さでも雪が一瞬で消えてしまうのは大変危険なので、メモリ逆回し機能は必須だと思うのだが、果たしてどうなっているのだろうか・・・?




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