見出し画像

救急隊の肩書を失ったわたしの魅力。 500人に嫉妬して気づいたこと。


こんにちは!
ライフコーチのひつじ兼
亀時間元宿直の夏樹です。
このシリーズもそろそろ終わりでしょうか。
「亀時間卒業さみしい連載」の第5本目です。 

 
前回までの投稿で
消防署の外の世界を知りたかった夏樹が
ゲストハウスにきて、素敵なゲストさんと
の交流を楽しんで嫉妬に飲まれて
その感情を受け入れていったお話をしました。 
 
 
今回はかつて疑問として抱えていた
「肩書きがなくなった自分の魅力って?」
についてお話しします。  
 

1本目

ひとつ前の投稿



嫉妬の受け止め方。わたしなりの解釈。



亀時間スタッフ「すみさん」にとっていただいた宣材写真。もう一年以上前。早いもので、、、。

 

自分の中の嫉妬心は忌むべきものではなく
私の魅力を支える大事な柱でした。 
 
 
もう他人と自分を比較することは怖くない。
私が感じる怒りも嫉妬もどんな感情も
誰かに手を差し伸べる糧になるはずなので。 
 
 
亀時間で過ごした歳月の中で
嫉妬を受け入れることができました。
そしてふと思い至ります。
「もしかして、、、、いま私オーラ出てる?」
 


 脇の下じゃなかったよ。


絵を描くきっかけをくださったゲストさん。ありがとう。絵がきっかけで大きな転機を迎えました。



3本前の投稿で「オーラ」と言うキーワードに
ついて触れたのを覚えておいででしょうか?
私が嫉妬するゲストさんは皆オーラを纏っていました。 
 
 
こんな言い方をすると仰々しいですけど
要は自信があるように見えたってことです。
「これが私の生き方である」という確固たる軸、信念。
彼らにはこれがあった。
 

で、その自信が必ずしも収入とか
容姿とか肩書きとかキャリアとか

そういう世間ウケするものに
裏打ちされていないのが
私には不思議だったのです。

自信の出どころがわからないものですから
ひとまずオーラと名前をつけてみたのですが
この1年3ヶ月を経て、オーラの出し方が
わかってしまったかもしれません、、、、、。
 


勿体無い。



 
 
もう結論から言ってしまうと
あの時感じたオーラは「自分の心の脆弱さ」と
向き合った人にだけ現れるものだったように感じます。  

自分が弱い存在であることを
受け入れているのでどれだけ眩しい存在が
周りにいても生き方がぶれない。
 

自分の弱さも魅力なのだから
それに蓋をして無かったことにしてしまうのは
大変勿体無いことを彼らは知っている、、、、のかな。
多分。

だから彼らは自分の特性を
容姿やお金やステータスで隠そうとしない。 
どんな自分の姿もそのまま受け入れて自然でいられる。 

その様が美しかったんだ。
、、、それともう一つ。
 
 


いいコーチである条件



コーチングに遊びを組み込む不思議なコーチ。お話屋のなおとさん。本当に自分との向き合い方が変わりました。


 
ちょっとだけコーチングの話を挟ませて下さい。
これはつい最近、コーチングの
師匠から言われたことなんですが、、、、

「ひつじくん
君は”良いコーチの条件”を
知っているか?」
 
 
首を横に振る。 

「知らない?
それはまずいなあ笑
いいかい?覚えておけ。
いいコーチでいようとするならば
『クライアントの急所を一緒に大事にする事』を
忘れてはいけない。」 
 
ニマニマしながら師匠は言います。
要はこういうことです。

「私たち人間はついつい自分を大きく見せようとする。
自分の心の弱さを隠して無かったことにしようとする。
歪な自分を綺麗な丸に整えようとする。 

でも、人が一番魅力を発揮するのは
歪んだその姿を受け入れた時である。
その歪み方がユニークであればあるほど
その人は魅力を放つ。
 
でも歪んだ姿を世間に晒すのは怖い。
孤立してしまうかもしれないから。 

だから俺たちコーチがクライアント以上に
クライアントの歪んだ姿を愛せる存在でいなきゃ
ダメなんだ。
俺たちがいればクライアントは
歪んだ姿を晒しても一人にならない。」
 

こんなお話しでした。
 

でね、人の歪みを愛せるようになるには
自分の歪みを愛せるようにならないと
始まらないんです。
 
でね、亀時間に来た当初の私はまだ
綺麗な丸になるために
頑張っていたんじゃないかなと
今振り返るとそう感じます。
 
でね、私が皆さんに感じていたオーラは
きっと自分自身の歪みを受け入れて
私の歪みをも受け入れんとする
器の広さや包容力みたいなもの
だったんじゃないかなと思うんです。
 

彼らは自らそう名乗らずとも
私にとっては正真正銘の”良いコーチ”でした。
 


人の魅力とは



 
 

そろそろ今回の投稿を締めくくりましょうか。

 
私が嫉妬していた皆さんに感じた「オーラ」は
数字で表せるようなわかりやすい
社会的ステータスや肩書きとかではなくて
他人の分まで丸ごと「歪み」を受け入れる
包容力や愛そのものでした。
きっとこれが人の魅力なんだ。

この記事を書きがなら思い出していたんですが
私、BUMP OF CHICKENの「ギルド」という曲が
好きなんです。
特にこの一説が。
 
「汚れたって受け止めろ
世界は自分のもんだ
構わないから
その姿で
生きるべきなんだよ」 
 
最高なので聞いてみて。

 
さて、ここまでたくさん
書いてきましたが
肝心なことが書けていません。

私は今亀時間を卒業してとても寂しい!
これを吐き出したいのに
前置きが長くなってしまいました。

次で終わりにしましょう!また!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?