見出し画像

趣味の時間 | ハリー・ポッターとラテン語の世界

はじめに
ハリー・ポッターシリーズの呪文は、その多くがラテン語で構成されている。かつて英国がローマ帝国の一部であり、ラテン語の影響を多いに受け、それらを取り込んできたことによるものだろう。今回の記事では、作品に登場するラテン語由来の呪文を紹介して行く。

expecto patronum
エクスペクトー パトローナム

『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で初登場する防衛呪文のひとつである。Expectoはラテン語で「待ち望む」の意で、Patronumはラテン語で「庇護者」を指す。すなわち「守護者よ出でよ」の意であり、呪文の通り光の守護霊が降臨し、使用者を守る。日本では公式でも「エクスペクト」と発音されているが、実際には「エクスペクトー」と長母音で発音する方が正確である。

Protego
プロテゴ

『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』で初登場する防衛呪文。ラテン語で「守る、覆う」の意。簡易的な魔法シールドが目の前に出現し、攻撃魔法等を弾き返す。魔法以外の物的なものも遮ることができるが、簡易的なシールドであって強力な攻撃は防ぐことができない。マキシマ、ディアボリカ、デュオ、ホリビリス、トタラムなど、確認できるだけでも5つの派生形態が存在する。マキシマは巨大な盾が出現し、ディアボリカは広範囲に青白い炎が広がって使用者を守る。ディアボリカは『ファンタスティック・ビースト』でグリンデルバルドが使用したもので、強力すぎて防衛魔法の範疇を超えて街を焼き尽くす勢いだった。

impervius
インパービアス

『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』で初登場する呪文。ラテン語で「通りづらい」の意。ラテン語なら「インペルウィウス」と発音するが、英語風に発音し、「インパービアス」と唱える。「通りづらい」から転じ、「水が通りづらい」の意で「防水せよ」という呪文として使われる。

accio
アクシオ、アキオ

『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』で初登場する、物体を手元に呼び寄せる呪文。ラテン語で「呼び寄せる」の意。ラテン語では「アッキオー」と発音されるが、作中では英語風に「アクシオ」ないし「アキオ」と唱えられる。『ホグワーツ・レガシー』の日本語音声・字幕では「アクシオ」が採用されており、ゲーム序盤のホグワーツ内の授業で確認できる。カナの綴りと発音にバラツキが見られるのが特徴の呪文である。

crucio
クルーシオ、クルッキオ

『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』で初登場する拷問呪文。ラテン語で「拷問する」の意。「クルーシオ」は和訳及び日本語吹替版特有の発音で、実際は「クルッキオ」と発音される。死にたくなるほどの苦痛を相手に与える呪文で、長時間かけられていると精神崩壊し廃人と化す。

avada kedavra
アバダ ケダブラ

アラム語の「abracadabra(この言葉のようにいなくなれ)」由来の呪文。2004年のエディンバラ・ブックフェスティバルで、作者のJ.K.ローリング自身がそう述べている。アラム語はシリア及び周辺地域で使われた言語だったが、現在では話者の激減で、死語になる危機に瀕する。強力な即死呪文で魔法界ではその使用が法律で禁じられている。高難易度の呪文で相当な素質と訓練を積んだ者でないと扱えない。未熟な者が使用すると自滅する可能性もある。これを連発するヴォルデモート卿がいかに人外かが分かる。魔力の消費量が激しいため、これより下位の攻撃呪文で通常は済ませる。

考察
ハリー・ポッターシリーズに登場するラテン語の呪文は、共通して英語風に発音されている。推測するに、魔法が発明され始めた時代はラテン語の発音に忠実だったのではないか。時代の流れに伴いラテン語が廃れ、英語が台頭するようになると、次第に英語風に発音されるように変化していったのではないか。英語風な発音というのは、アレクサンドロスをアレキサンダー、カエサルをシーザーと呼ぶように英語特有の読み方を指す。となると、呪文は発音の正確さ自体は、そこまで重要ではないものと思われる。使用者の魔法を実行したい意志の強さが重要なのであって、言葉はあくまでその補強にすぎないという仮説を立てることができる。

ハリー・ポッターシリーズの人物の名からも、古代ギリシア・ローマの影響が垣間見られる。

Newton Artemis Fido Scamander
ニュートン・アルテミス・フィド・スキャマンダー

ニュート(Newt)の愛称で知られる魔法動物学者。アルテミスは、古代ギリシアの狩猟の女神に由来する。動物と関わりのある女神であることから、ニュートにこの名が与えられているのだろう。ニュートは温厚だが、アルテミスは短気で、性格においては正反対。ニュートはハリポタシリーズ第1巻の『ハリー・ポッターと賢者の石』に登場する教科書『幻の動物とその生息地』の著者である。生年月日は1897年2月24日。ヴィクトリア朝末期に生まれ、1914〜1918年の第一次世界大戦時は東部戦線に配属。兵器として投入されるドラゴンのブリーダーとして勤務したが、気性の荒いドラゴンは彼以外に従わず、敵味方関係なく襲うので、ドラゴンの兵器化計画は失敗に終わった。その後、彼は魔法動物の本を出版することを夢見て世界中を周り、将来の妻ゴールドスタインには、本が出たら直に届けに行くと伝えた。

Minerva McGonagall
ミネルヴァ・マクゴナガル

日本では公式でもミネルバと表記されているがMinervaのvaは前歯を下唇につけて発する振動音なので、ヴァというカナを振る方が正確である。ミネルヴァは古代ローマの戦いと知恵の女神。まさに文武両道のマクゴナガルに相応しい女神と言えよう。マクゴナガルはホグワーツ魔法魔術学校を主席卒業した超秀才だった。卒業後、魔法省で2年間勤務した後、ホグワーツに教員として就職した。同校でも出世街道真っしぐらで、教授、尞監、最後は校長にまで登り詰めた。他キャラクターと異なり、生年月日は10月4日との記載のみで、何年に生まれたのかは不明である。一時的に1935年と公式ページに記載されていたが削除された。おそらく『ファンタスティック・ビースト』にホグワーツに勤務する若き教員時代のマクゴナガルを出してしまったことが原因と思われる。同作は1920〜1930年代のストーリーであることから年齢的にマクゴナガルが教員として働いている設定には無理がある。この矛盾に気づき、削除する他なかったのだろう。

おわりに
以上、今回は『ハリーポッターとラテン語の世界』と題し、作中に存在するラテン語による呪文を紹介した。呪文の中には今回紹介したもの以外にも、ギリシア語、ヘブライ語、英語の造語、英語とラテン語を組み合わせた造語などが存在する。筆者のJ.K.ローリングが呪文らしく聞こえる響きを模索して生み出されてきたものである。ラテン語の観点から作品を眺めてみると、また違った面白さが堪能できるかもしれない。


Shelk🦋

この記事が参加している募集

文学フリマ

コミティア

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?