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AIのせいで「アイデアが出ない」という状態について

ある日、とぼとぼと秋葉原を歩いていた。
本当は小川町のつじ田でひさびさに辛味噌ラーメンでもキメようかと思ったのだがすでに大行列。そうか。日常が戻るとはこういうことか。

秋葉原の麺屋武蔵も満杯だったし、丸五も行列が戻った。これが日常というやつか。頭の片隅に青島食堂がよぎったが、我が北越の同朋もバッチリ大行列ができているはずであり、選択肢には入らない。

ガードを抜けて日高屋を左に。CoCo壱をやぶにらみしながら、コロナ中に見つけたラーメン店へ脚を運ぶ。店を覗く。よかった。席は空いてる。数席ほどだが。

コロナ中は僕しか客がいないなんてこともザラだったが、繁盛している。ここは隠れた名店なのよ。実は。自分ひとりしかいないときは不安だったが、こんなに繁盛していると「またここも行列のできる店になってしまうのか」と憂鬱な気分になる。

「どうにか行列に並ばずにうまいラーメンを食べる方法はないものか」

と考えたが、食券前売り予約アプリくらいしか思いつかない。
そんなものを作るのも大変なら繁盛店に導入してもらうのはもっと大変だろう。行列といえば、京王デパートの駅弁大会も毎日すごい行列ができていて行列にならばないことには話が始まらないということでさえある。

つけ麺が出てきた。今日は腹ペコだから中盛りだ。朝からなにも食べてない。

中東でフムスにハマったあとは、なぜかラーメンから足が遠のいている。どれも渇望するほど欲しないというかなんというか。あれば食べるんだけど。

「アイデアが出ない・・・」

そういう声が聞こえてどきりとした。
声の主は、他ならぬ自分だった。どんぶりを見つめ、いざ食べようというときに、不意に口をついてでたのが「アイデアが出ない」という言葉だった。

まさか自分がそんな言葉を放つようになるとは。
アイデアが出ない状態というのはこういう状態を言うのか!

僕は現在複数の厄介な案件を抱えている。どのくらい厄介かというと、人類未踏の問題を三つくらい解かなくてはいけない。しかも数ヶ月で。いつもなら一日二日もすれば天啓のようにアイデアが閃く・・・というよりも無数のアイデアが線香花火のように湧いてきて全幅二キロメートルの超ウルトラワールドワイドスターマイン「フェニックス」のように頭の中にイメージの奔流が迸り、気がつくと企画書にしているのだが、今回ばかりはそう簡単にいかなさそうだ。なんせ三週間も悩んでいる。こんなことは初めてだ。

頭の中には鈍痛のような鈍い光がぼんやりと、時折ロウソクの光のようなものがちらりちらりと現れては消え、長岡花火大会というよりも谷中霊園で肝試しといった風情だ。俺の頭はいったいどうしてしまったのか。

そこで47年の人生で初めて理解した。
「これがアイデアが出ないということなのか!」

そうか。普段「アイデアが出ない」と言ってる人の状態というのはこういう状態なのだ。

原因はハッキリしている。忙しすぎだ。
僕は会社を辞めてからと言うもの、人を雇うことに腰がひけている。
これは僕だけが異常におかしな経営者というわけではない。
僕の周囲で、一度会社を成功させて早々に引退した人たちは皆まるで判で押したように、部下を持ちたがらないし代取もやりたがらない。

今僕の周りには、僕の代わりに社長をやってくれる人と、昔からの仲間であるnpaka大先生と、あとはクライアントしかいない。

懲り懲りなのである。
毎月の取締役会が近づくたびに暗澹たる気持ちになっていた。別になにか常に悪いことが起きているのではない。「悪いことを探す」のが取締役会の本来の役割なのだ。「この会社はあと何ヶ月持つのか、事業は順調か、もっと成長できないか」という目的のために「今ダメなこと」を探すのである。現状維持は会社ではない。もっと売上を、もっと利益を、もっと社員に給料を、というのが取締役会が設置されている意味である以上、これは避けられない。

あらゆる会社には常になんらかの課題がある。もしも取締役会で何の課題も議論されていないとしたら、その会社は終わりかけている。間違いなく言えるのは、どんな会社でも常になんらかの危機的状況にあり、取締役会でそれが全く議論に上らないということは、取締役がまったく取り締まってないことを意味する。危機に立ち向かうためには、まず危機を探さなくてはならない。外的要因か、内的要因か、市場環境が原因か人間関係が原因かわからないが、どこかに危機があるはずであり、危機が増大する前に備えるのが取締役会の役割だ。

・・・という仕事の日々が戻ってくると考えるだけで非常に暗い気持ちになるのだ。それに比べると気ままな配達員ぐらしがどれだけ精神衛生上良かったか。

定期検診で通院したとき、いつもの先生がびっくりしていた。

「お酒でもやめたんですか?」

「いや、やめたのは会社です」

「びっくりするくらい健康になってますよ」

僕くらい気楽にやってると思われている経営者ですら、会社経営のストレスが健康状態に悪影響を与えていたのだ。

ちなみにUberEatsをやる前は、僕は週に一回、オリンピック強化委員のパーソナルトレーナーについてもらってみっちりと筋トレをやり、暇さえあればジョギングしていた。

ジョギングとかUberEats配達とかで、情報がある程度遮断されると、頭がシャキっとして次から次へと新しいアイデアが溢れてくる。

そう、忘れていた。
アイデアというのは、常に暇な人間にだけ降りてくるものなのだ。

会社経営で社長は一番暇になる。なんせ自分で働かないんだから。自分は働かず働く人を連れてくる。それで自分の喫緊の仕事はなくなる。その分、頭がフリーになる。アイデアが湧いてくる。危機を察知し、回避するための行動をとれるようになる。忙しい人が危機を察知して備えるのは無理だ。

考えてもみるがいい。
もしも社長が請求書の類を書くのに集中していて、「今日中にあと100枚は請求書を書かなければならない」と忙殺されているとしたら、その会社で不正経理が行われていて金庫の中が空っぽになっていることに気づけるだろうか。それは無理だ。経営とは暇な人がやるべき役割である。経営者を暇にしておくためにその他のスタッフが必要になるのだ。

自分で働く社長は無能とは言わないまでも二流であると思う。
いや、いざという時は別よ。いざという時のために、極力、自分の身は身軽にしておくことが大事なのだ。

たとえば、「明日までに納品する納品物が間に合わない!社長手伝って !」という事態が発生した時、同時に「うちの営業部員が粗相をして大手取引先がカンカンに怒ってる!社長謝ってきて!」という事態が発生しないとも限らない。

どちらも社長が暇で、一週間前に「納品まにあわないんじゃないの?先方に事情を説明して待ってもらえるよう交渉してこい」とか、「君はときどき客先で失礼に見える態度をとることがあるから、フォローできる人材と一緒に行ってね」と注意できてれば発生そのものを防ぐことができたか、どちらにせよトラブルが二個同時ではなく片方にできたかもしれない。

なにより人間、暇じゃないとロクなことを考えつかない。視野が狭くなり、新しい情報を得たり、情報を整理したりする時間もとれない。

そんなわけで、無限のアイデアマンだと思っていた自分は、今、明らかに「アイデアが出ない人」になってしまっている。

原因はハッキリしている。AIだ。
AIの進化が早すぎるのである。
早い上に濃い。これを毎日追いかけるのを仕事にしているのだが、そんなことをしているから、情報を集める時間はとれても、それを自分なりに整理したりする時間を確保できなくなっていて、自分のアイデアをじっくり練り上げるということができなくなっているのだ。

このままでは知的生産装置としての自分の存在意義レゾンデートルに関わる。
とりあえず週二回やってた技研バーは土曜だけにする。

他のことも色々断捨離しよう。もう俺たちは引き返せないAI化のフロントラインに居るのだ。そしてなんとしてもアイデアを考え出さなければならない。

ああそうか。年末年始でAIニュースやりすぎたか。元旦しか休んでないもんな。

来月は春節。つまり中国のお正月。今月はテンセントとアリババとバイトダンスという三つの中国企業が毎日競うように新論文と新実装を発表していて追いかけているだけで目が回りそうだった。来月こそは少し休んでくれることを期待したい。

いや頼むぜほんとに。