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11日目:勝手にふるえてろ

フェネック文章力向上月間
Day11 好きな本について


活字が頭に入らなくなって暫く経つ。

元々の趣味は読書だったが、最近はまるで脳が新しい情報を刻むのを拒否しているかのように読書が捗らない。
それでも、何度も読んだ好きな本は文章のリズムが合うのか、比較的読みやすく感じる。
今回は、その中でも文章のリズムが大好きな本「勝手にふるえてろ」を紹介したい。


綿矢りさの文体が好きだ。
彼女の、屈折した感情を面白おかしくさらりと描き出す小気味良さが好きだ。

「勝手にふるえてろ」の序盤は特に秀逸だと思う。
イチ彼とニ彼との結婚式妄想に現れる差が、彼二人への気持ちの入れようが如実に表れていてとても面白い。


私には彼氏が二人いて、どうせこんな状況は長く続かないから存分に楽しむつもりだった。
綿矢りさ「勝手にふるえてろ」

彼氏が二人いるだなんて、主人公ヨシカは一体どんな魔性の女かと思いきや、彼氏のうち一人は特にこれまで交流のない中学の同級生で、妄想であることがそのあとすぐに明かされる。

「私の最愛だけれどとうてい添い遂げられそうになく彼がおびえがちに微笑むのを私が見ていたいだけの関係」であるイチ彼と、「私が彼を全く愛していないにもかかわらず、私が将来結婚するかもしれない相手」であるニ彼。
ろくに現実と向き合ってないくせに、なぜか自分が一方的に選ぶ側の人間だと錯覚しているヨシカの様子に呆れつつ、私自身の古傷もなぜか化膿してきているのは、かつての自分にもこういった面があったと自覚しているからか。


また、二人の彼を数字で呼んでいるところもまた、ヨシカの無意識な傲慢さが表れていてとても良い。
お前は恋に恋してるだけだろとツッコミたくなるのだが、学生時代に所謂「一軍」でなかった人間は、ヨシカの暴走具合に何かしら思い当たる節があるはずだ。ほら、そこの読者諸君。自分には無縁だなんて言わせないぞ。

その後、ヨシカは現在のイチ彼と会うために驚くべき行動力を見せ、歯車はおかしな方向にどんどん狂っていく。
その様が滑稽で面白くもあり、一方では同類としての哀しみもあり。
ヨシカ以外のキャラクターも魅力的だ。イチ彼の無難な態度を取りつつも誰にでもバリアを張っている感じ、ニ彼の良い奴なんだろうけど絶妙に好きになれない感じ、多分一軍女子だったであろう来留美の「良かれと思って」的な無邪気さ(ヨシカの言うようにわざとかもしれないけど)。

こうして思わず身が入ってしまうほど、綿矢りさの描くキャラクターは血が通っていて泥臭い。
だからこそ、ぐいぐい引き込まれてあっという間に読んでしまうのだ。
書き手として、こういう文章が書きたいと毎度惚れ惚れしてしまう。


ちなみに夫に映画版(これまた秀逸な作品)を見せたところ、「ニは良い奴だから早急にヨシカから離れた方がいいと思う」と言っていた。
その意見には同意するが、夫もヨシカ同様厄介な私に捕まっているのに、何を今更、とも思う。

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