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英雄そして(信州連合)

 ぼんやりと落語家さんのテレビ番組を見ていたら水色の羽織のおじさんがいつものように「大月はフランス領」とか言っている。みんな笑っていたけれどボクはなんだか悲しくなった。他の人にとって楽しい話題が自分にとってそうでもないことってあるじゃない。別に大したことじゃないんだ。クラスの友だちが夏休みに家族でフランスに行くらしい。でもわが家はパパの休みの都合とか財布の事情で山梨に帰省する予定だった。別にどっちがいいとか言う話じゃないよね、何もボクだけがフランスに行けない訳でもあるまいし? でもさ、少なくとも山梨でオリンピックはやっていないよね。アイツはいいヤツだけど、アイツという友だちさえ持たなければフランスに行かないことを悩む必要もなかったし幸せでいられたかも。テレビだって笑っていられたはずなのに。するとそこにお決まりのランプの魔人が現れた。取り出したる巻物『山梨はなぜ仏蘭西と呼ばれるのか』

 するとママが、ランプの魔人さん、本気でその巻物を信じているの? 中央線に乗ってて高尾を過ぎたら公用語まで変わって「コマンタレヴー」とか言われても困るんだけど? 半信半疑だったけど一抹の希望も滲ませた、オリンピックへの。まさかワインがミネラルウォーターより安いわけじゃないわよね山梨は。魔人は醒めた目でうなずく。
「近頃はソバー(シラフ)なんです。信州信濃の信濃蕎麦です」あら魔人さんは信濃の方でしたか。そういえば昔習った埼玉郷土かるたの「と」は

栃本の関所を越えて甲斐信濃

でしたよ。お隣ではありませんか山梨県と長野県。すると魔人はそういう雑な括りはやめていただきたいと肩をそびやかし例えば東アジアといえば中国朝鮮半島そして日本だなんて十把一絡げにされて嬉しいですかと問う。なんだかきな臭い喩えですね、でも要するにあなたのお気に召さないのは、山梨と一括りにされたことじゃなくて「長野県」という言い方ではありませんか。

 他県民が長野の違和感を感じるありがちなきっかけといえば、そうだ旅に出よう『君の名は』の舞台と言われる諏訪湖、『サマーウォーズ』でお馴染みの上田、『千と千尋の神隠し』のモデルの一つとされる渋温泉も捨てがたいぞ。ところでこれらの観光地は何県にあるんだっけ? と書店の旅行ガイドブックコーナーに立つときだろうか。「るるぶ信州」なる分厚い冊子、それとは別に独立した「るるぶ長野(善光寺・戸隠)」があるではないか。待て待て「上高地」に「軽井沢」も別になってるよ、どういうことだ? スキーやキャンプリゾート目当てとそれ以外かしら? 諏訪湖や上田が何県かって? それは所謂ユーロ圏ですよ、北欧南欧中欧諸国がまとまって一つの勢力を成しているのです。EUならぬ、いい湯ですよ。ランプの魔人は得意げだ。
「冗談はさておきここからさっきの仏蘭西の話に戻りますけどね。今から200年ほど前にナポレオンという男がいました」

 フランス革命を機に干渉を仕掛けてくる周辺諸国に敢然と立ち向かい逆に侵略し返した男です。まさにかの国の黄金時代と言ってよいでしょう。イタリアそして教皇庁。ウイーン諏訪を占領しオーストリア皇帝の娘マリ・ルイーズ勝頼の母を娶ります。プロイセン、ポーランド上田原・塩尻峠と進みピレネー富士山を越えてスペイン駿河までも攻め落としたのです。さらにナポレオン法典甲州法度之次第なるものも編纂しました。ですがおわかりでしょうか、ナポレオンは仏蘭西にとっては英雄かも知れませんが、荒らされる周辺諸国にしてみればいい迷惑、とまではいいませんけどね。教皇庁がアヴィニョンに移されるみたいに(やったのはナポレオンではありませんが)仏蘭西に甲斐善光寺とか出来ていたらどんな気持ちでしょうね長野市民は。ここから今の長野県における長野市の立場を見ることはできないでしょうか。県名や県庁の位置だけの話ではなく。

 そこなんですよ問題は。「長野」の名の下に県が一つにまとまっていないとかよく言われるそうですが、違うんです。オリンピックもありました。新幹線のおかげで松本よりも早く東京と繋がります。われわれは信濃の民です。信州人なのです。だけどその「信」の字は何と同じ信だと思いますか。私なら越後あの人を思い浮かべます。海なし県ですが何とか島という地名があるとしますよね。ちょっと複雑な気持ちです。城は持たずに「人は城」とし館に住んだとします。でも島の近くには城を建てました。戦に備えるためです。つまり「ヒトの土地には城」でした。それなのに。私以外の周辺諸国民にとっての「信」が何なのか? ワインとか秘湯とかおフランスにかぶれていたりして。あまり考えたくないですね。ランプの魔人の話はそこで途切れた。英雄の名を冠したブランデーに酔っていたようだ。

この話と事実は落語家と仏蘭西の俳優程度に相似している。

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