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#106 自走の価値

 『座右の寓話』
「2ズウォッティのモイシュ」を紹介します。


穀物を売り買いする商人のところで、モイシュという名前の若い男が働いていた。

賃金は週に 2ズウォッティ(ポーランドのお金の単位)だった。

長いことそこで働いてきたモイシュは、あるとき「自分の賃金はなぜこんなに少ないのか?」と主人に聞いた。

「もう一人のモイシュが週に 6ズウォッティもらっているのに、なぜ、自分は 2ズウォッティなんですか?」。

その穀物商のところでは、もう一人、モイシュという男が働いていたのだ。

「まあ、待て」と主人は言った。
「そのうち理由を教えてやる」

数日後、その穀物商の家の下の道を、十台ばかりの荷馬車が隊列を組んで通りかかった。

主人は急いで 2ズウォッティのモイシュを呼んで命じた。

「道に下りていって、何を運んでいるか聞いてこい」。モイシュは道に下り、戻ってきて報告した。「トウモロコシを運んでいるそうです」。

主人は命じた。「どこにトウモロコシを運んでいるか聞いてこい」。モイシュはまた道に下りて、荷馬車まで駆けていった。

しばらくするとモイシュは戻ってきて報告した。

「トウモロコシを市場に運んでいるそうです」。

「急いで下りて、誰に頼まれてトウモロコシを運んでいるのか聞いてこい」。

荷馬車はもう村はずれにさしかかっていたので、あわれなモイシュは犬のように走らなければならなかった。

モイシュは走って戻ってくると言った。
「隣町の町長さんに頼まれた荷物だそうです」。

「じゃあ、トウモロコシの値段を聞いてこい」。

モイシュは、荷馬車に追いつこうと、馬に飛び乗った。

戻ってトウモロコシの値段を伝えると主人は言った。「そこで、少し待っておれ」主人はもう一人のモイシュ、つまり 6ズウォッティのモイシュを呼んで言った。

「道に下りていって、さっき通った荷馬車の商人たちの様子を見てきてくれ」。 

6ズウォッティのモイシュは、馬にまたがって荷馬車を追った。

少しして、モイシュは戻ってきて報告した。「あの人たちは、隣町の町長さんに頼まれて、トウモロコシを市場に運んでいる商人たちでした。それで、売値を聞いて、すぐさま、それより少し高い値段で買うと申しましたら、重い荷物を運ぶのに疲れたので、うちの倉庫に荷を下ろすと決めてくれました。今、こちらに向かっています」

穀物商の主人は 2ズウォッティのモイシュに言った。「これで、もう一人のモイシュとおまえの賃金が違う理由が分かっただろう?」


物事には段階がある。
言われたことをやる。
自らやる。

教育の現場で求められるのは、言われたことはやる(できる)生徒を自らやれる生徒に育成することである。

たくさんの学校関係者や企業の方とお話しをさせていただくと、「今の若い子は言われたことはできるけど、自ら考えて動かないんだよね」という声をよく聞く。

自ら動かない背景にあるのは「失敗が怖い」である。先生、親、上司が失敗は悪であるというメッセージを知らない間に送っているのだろう。まずは「失敗と書いて成長と読む」というマインドセットが必要になる。

失敗から学ばせる、そして「待てる」指導者がこれからは求められる。

私は失敗した生徒を見ると、「チャンス」としか思わない。なぜなら、学校での成功は社会の成功とイコールではない。失敗の方が撮れ高が高いから。失敗を成功以上の価値に仕上げる作業が我々の仕事である。

挑戦と改善を繰り返すことで、自ら動く人間が育っていくのだと思う。

自ら動くことは価値であり、それは給料にも反映される。正論で話すよりも、この「2ズウォッティのモイシュ」で説明した方が若い子たちにはわかりやすいと思う。

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