女性が安心して働ける職場を作るには? 長時間労働は変えられるか? “同一労働同一賃金”は可能か?

『渋谷社会部』2016年5月3日(火)9:00~10:55放送

【ゲスト】
川井 猛さん(共同通信社 編集局生活報道部次長)

【聞き手】
小酒部 さやかさん・山名 芳高さん(NPO法人マタニティハラスメント対策ネットワーク)

山名:まずはマタハラとは何か、ざっくりとおさらいできればと思います。

※4月放送分「『マタハラなんかやってるの?』それが恥ずかしいことだよ、と常識を変えていくことが最大の突破口。」参照。

1.「マタハラ」の定義

山名:働く女性が妊娠、出産、育児をきっかけに職場で精神的・肉体的な嫌がらせを受ける。具体的には、解雇、雇い止め、自己退職の強要、正規から非正規、アルバイト、契約社員への降格など、就労環境を阻害されるということです。
私もびっくりしたのですが、連合さん(日本労働組合総連合会)の2013年の調査では、セクハラ被害にあった女性が17%、マタハラ被害が25%でした。マタハラ被害はいろんな方が受けていると思いました。

2.三大ハラスメント(セクハラ、パワハラ、マタハラ)の違い

山名:小酒部さんの著書、『マタハラ問題』に書かれていた言葉を借りると、“マタハラは四方八方からやってくる。”
セクハラは異性から、パワハラは上司からですね。ところが、マタハラは上司だったり、セクハラやパワハラを止めないといけない人事だったり、なお同僚からもやってくる。当然ながら、マタハラに遭うのは妊娠中の女性で、被害者は肉体的にも精神的にも弱っている、というお話でしたね。

小酒部:日本は未だに、第一子の妊娠を機に6割の女性が仕事を辞めているんですね。連合さんの調査で、マタハラの被害者は4人に1人とありましたが、“被害に遭いたくない”と未然に辞めていく女性もいると思いますので、そういう方も被害者に含めていけばもっともっと多いと思います。

山名:今の話の補足ですが、育休後に元の職場に復帰した女性は、正規社員が43%、非正規社員(派遣・パート)が4%なんですね。一方、女性の意識はどうなのか。出産後に正規社員として働き続けたいのは、アメリカだと9割近く、ドイツも8割近い。そして日本でも80%近いのですね。

小酒部:女性たちは働きたいと思っていても、働けないのが現状です。

山名:なぜ(女性たちは)こんなに働きたいのか。家庭で育児に専念するよりも、自己実現、社会と関わりたいという理由もあります。しかし最も大きいのは経済的理由じゃないのかな。

小酒部:男性が一生ひとつの会社に勤める、というのも崩壊しましたし、男性の給料も減ってきているなかで、男性も女性も働きながら(ダブルインカム)子育てしないと家計が成り立たないのが、大きな理由だと思いますね。
正規社員は、男女含めて6割ですね。働く女性の7割くらいが非正規だと言われています。

山名:(非正規社員の)平均年収も200万円割っていて、子育て家庭の6人に1人は貧困です。その話は、今日は素敵なゲストがいらしていますので、後ほど聞いてみたいと思います。

3.マタハラ問題の解決は難しい

山名:マタハラは、“悪意なきアドバイス”というのでしょうかね、昭和的な考えであるといえます。結婚したら、また出産したら当然辞めるべきだという考えです。

小酒部:「昭和の価値観押し付け型」ですね。

山名:同時に、同僚からも「あなたが休むから、私たちの仕事量が増えて困る」と言われる。本来なら、会社や上司に向かうべきことだと思うのですが、人間というのは一番近いところに当たってしまう。これは“逆マタハラ”にもなってしまうんですね。
女性も、働きながら育児をしている“ワーママ”、バリキャリの方、専業主婦の方もいらっしゃいます。『マタハラNet』では、産休・育休をとる当事者だけではなく、カバーしていく従業員にも、公的なケア、企業からの助成などの金銭面だけでなく、勤務評価をするシステムを作らないと、マタハラは根本的にはなくならないよね、と話しました。

小酒部:マタハラは“やってはいけない”というモラルの問題だけでないです。ここがセクハラとパワハラと違うところですが、人が休む・急に抜ける事態が発生しても、職場環境を回すための解決策を見つけなければ、マタハラはなくならないですね。

4.マタハラの根本的な原因

山名:マタハラの根本的な原因は、まず“性別役割分業の考え方”ですね。

小酒部:男性が外で働いて、女性が家事育児を担うべきということですね。

山名:もう1つは、男女問わず、長時間労働が当たり前になっている。

小酒部:みんなが10時とか11時まで残っているから、保育園のお迎えで4時、5時に上がることが問題になってしまう。みんなが定時に上がっていれば、さほど問題ではないはずなんですよね。

*     *     *

山名:今日はマタハラについてどんどん深めていきます。マタハラだけではなく、働き方の問題についてもお話できればと思っています。
ここで、お忙しいなか来ていただいたゲストをご紹介します。共同通信社 編集局生活報道部次長の川井 猛さんです。

川井:おはようございます。渋谷の再開発でスタジオ周辺にはビルがほとんどなく、『渋谷のラジオ』には裏口から入る形でびっくりしました。でも何年かたつと、このエリアも綺麗な、渋谷らしい場所になると思いました。また何年後かに出ると楽しいなと思いました。よろしくお願いします。

山名:川井さんは長年、労働や雇用問題を現場で取材されました。現在は偉くなって、部下に働かせているんでしょうけど。

川井:半分冗談混じりで言いますと、今は働かせる立場にいるので、長時間労働とか、育児・出産休暇を、どう職場でやっていくのかは、日々現実的に目の当たりにしています。家族的義務を果たしたい職員の気持ちの一方で、ニュースを供給している立場とどう調和させていくのかは悩みどころですね。

小酒部:山名さんと川井さんは、どういうご関係なのですか?

山名:久し振りですね。新橋で飲んでから10年以上たっていますね。
僕自身も、11年前にパワハラに遭いました。当時はアメリカの楽器メーカーに勤めてました。上司が変わって、いきなり解雇通告がありました。ただ、アメリカの企業だからそういうことはあるだろうと思い、日本法人の従業員になっていました。もちろん、組合はなかったけれども、個人で入れるユニオンに入り、会社側と戦いました。その過程で(今日のゲストの)川井さんという、素晴らしい労働記者とちょこっと仲良くなりました。お互いお酒好きだったので。
結局(会社とは)勝利的和解になりました。裁判まで行かなかったですが。弁護士先生に怒られました。東京地裁で、「君は会社に戻ることを要求しているじゃないか。だから勝手にアルバイトしちゃダメじゃないか」と。実は辞めたときに、皆さんに「理不尽に解雇されたので戦います」とメールを出しました。そしたら、老舗の音楽出版社の方から電話があって、「山名くん暇だよね、明日から楽器メーカーの広報と出版を手伝ってよ」と、暇だったので、気晴らしに行きました。本名でできないので、偽名でやってたらそれがバレちゃった。僕は会社に戻る気がなく、「俺をクビにする会社は何事だ」と(思いました)。で、ある人の勧めで、広告会社にプロデューサー契約でPRの仕事をしました。社員として勤める気もなく、年齢も高かったので。そのときも川井さんと新橋で飲みましたね(笑)

小酒部:結局は、社会人になったことある人なら、セクハラ・パワハラを受けたことがない人がいないんじゃないかってぐらい、日常的に転がっている問題ですね。

山名:川井さんはそういうことがあったのですか?

川井:(笑)。具体的に何があったかは言い難いのですけど、会社が特定されているので。おそらくハラスメントで共通しているのは、加害する側は、ハラスメントをしている意識がない、または相当薄いのかなと。(それは)私も働いて感じました。私が感じた被害者意識は、相手側にはなかったのかと思います。ただ、相手がどういう認識で行動したのかを、自分自身が確認することは立場上できなかったですね。どういうことが起こるかを想像しただけで言えなかった。私のなかで強い反発感がありましたね、「こいつ殺してやる」と。物理的に締め上げたら立場悪くなるので、仕事で締めあげてやると。“この人には情報流さない”、“この人には報告しない”、“この人をないがしろにして仕事をやってやろう”と。意地はよくないですが、それが働く原動力になった一面はありますね。

小酒部:本当にハラスメントの加害者は、自分がハラスメントをしているとは思ってもいない。特にマタハラは今までまかり通っていました。“妊娠したら辞めるのが当然だろう”と。“寿退社”という言葉もありましたし、余計に良かれと思ってやっている場合が多いですね。経営者の方は意識がないんだという前提に、きちんと職場にハラスメント研修を推し進めてもらい、意識を持ってもらうこと。また、社員のモチベーションをものすごく落としてしまうので、ヘタしたら優秀な人材が流出し、企業の利益が下がってしまう。ハラスメントは、企業の利益に直結する問題だと意識して取り組んでもらいたいですね。

【今月のマタハラニュース】

介護現場にて、妊娠後に業務軽減を求められたのに……(北九州市、4月下旬)

山名:女性の介護職員が、勤務先の介護事業会社と、女性の元営業所長に、慰謝料として500万円の賠償を求めた裁判で、判決が福岡の地裁でありました。裁判長は、訴えの一部を認めて、会社と元所長に35万円の支払いを命じたという内容です。

小酒部:高齢社会の日本で、これから3人に1人がお年寄りになっていくにもかかわらず、介護現場で、マタハラで、職場をやめさせている現実があることを、皆さんにもっと知ってもらいたいです。
『マタハラNet』に寄せられる被害相談で多いのが、医療介護の現場で働く女性からです。それから、幼稚園・保育園含めた学校からも多いです。これからもっとも人手不足が心配されている医療介護の現場で、このようなことが起こるのは、大問題でないかと思います。
なんで、人手不足の場でこんなことが起こってしまうかというと、“人が抜けることを良しとしない”からですね。ツワリで辛かったし、介護現場の入浴作業では、重い体のお年寄りを支えなければならないので、重労働なんですね。切迫流産気味になって、(その方は)軽減作業をお願いしたのに、それを認めてもらえない、“労働の強制”をさせられてしまう。“妊婦として扱うつもりなんかはない。普通の社員と同じように働け。特別扱いはしない”ということでした。

山名:介護事業会社なので、女性が従業員に占める割合は、4人に3人ぐらいなんですね。

小酒部:さらに、こちらの会社は経産省が発行している「なでしこ銘柄」の認定を受けています。“女性が働きやすい職場です”という国のお墨付きをもらっているはずの現場で、このようなことが起こっているのは、もう1つの問題点だと思います。

山名:川井さんはこういった労働事件を取材されていると思います。特に、介護問題は、共同通信の川井さんのセクションでは積極的に発信されていますが、この判決をどのようにお考えですか。またこの事件だけでなく、介護現場のお話を教えていただきたいと思います。

川井:ごく自然の判決だと思います。今でもマタハラ問題は続いているのだと思いました。言葉悪いですが、横行しているというか、解消には向かっていないのではないかと。マタニティ・ハラスメントの多い医療・介護・保育の現場では、背景に人手不足であり、育休産休によって、残された人たちは被害者意識があると思います。
介護する側として考えると、施設では24時間対応ですので、夜勤労働があります。横断的な統計だと、月に4~5回、1週間に1回の夜勤です。夜の4~5時に入って、朝の10時ぐらいまで勤務をします。看護師ですと、一旦帰ってから夜通しでない勤務をやる場合がありますが、介護だと、基本夜勤の翌日は休みになっています。それぐらいなら少ないほうだという話もあります。多いところだと月に9回、3日に1回夜勤をされています。夜の勤務をされていない方には実感がないかもしれませんが、これが介護職員では相当の負担になっています。例えば10人職員がいて、1人抜けると、夜は1人で勤務しているケースも多いです。施設に高齢者が10数人いると、一晩に何十回も要望のベルがなるのが、日常的な風景と言われています。

小酒部:だとしたら、なおさら人を辞めさせてはいけないと思うんですよね。妊娠中は半分ぐらいの労働力になるかもしれないけれども、働き続けてもらうほうが大切だと思いますが、随分矛盾が生じているなと感じます。

川井:極端な言い方になるかもしれないけれども、働く人にモチベーションを維持してもらって、継続的に働いてもらうことへの意識は、必ずしも高くないのかな。介護・保育業界にいる方にこういう言い方をすると「そうじゃない」と言われるかもしれませんが、人出が足りないから、人を養成しないといけない一方、給与が高くなくて、勤務がきつい。そういう悪循環が繰り返されている。

山名:大げさに言っちゃうと、“人の生き死に関係している仕事”ですね。

小酒部:大切な仕事のはずなのに、働く人たちの人権が無視されて、駒として扱われていると感じますね。

山名:月に10万円ほど安いぐらい、仕事の質量に比べて収入があまりにも少ないと。(私は)作業療法士さんと保育士さんと、小さな子どもや障がいのある児童をお世話しています。その保育士さんに聞いても、“資格持っていても絶対やりたくない、スーパーのレジでバイトしているほうがいい”という方もいらっしゃる(と言ってました)。

川井:保育園に入れない子どもを“待機児童”と呼んでいますが、半ば冗談で“待機保育士”と言ったりしています。この“待機”は“資格を持っているけど、働くつもりもない、戻るつもりもない”。もしくは“資格をとった後に最初から保育で働く選択してない”というケースもありました。数十万人いると言われています。

小酒部:先日も、幼稚園でマタハラを受けた女性と話しました。幼稚園・保育園には“妊娠したら辞めて当然”という文化がまだまだあります。そこで働く女性は、独身か、子育ての終わったおばさまと2極に分かれていて、ちょうど働き盛りの子育て世代がいない。子育て真っ最中の方なら、より理解があるはずなのに、と嘆かれていました。

山名:マタハラ問題は、倫理や人権の問題もそうですけど、はっきり言って、“経済問題”ですよね。

小酒部:労働力を排除していけば、“これから人口はどんどん減って行くのに、誰が働くの?”という問題に繋がります。結局、人が抜けたときにどう回すかを、会社の経営層がきちっと整えないかぎり、マタハラ問題はなくならないですね。

山名:基本的な質問で申し訳ないですが、なぜ保育・介護現場は、こんなにも給与が安いのですか?

川井:ひとつ言えるのは、今まで介護・保育は家庭のなかで行われてきた一面がありました。介護保険制度ができたのは2000年ですね。それまでは、おじいさん・おばあさんが施設に入るケース以外では、在宅介護が基本でした。介護保険制度ができた理由は、家族・親族が介護を全面的に担う仕組みから、社会が担う仕組みに変えたから。
介護・保育で比較的共通することとして、性別役割の点からいうと、介護・保育は、女性が当然、家庭内でやってきたことだから、“(それらの仕事は)女だったら誰でもできる、そんなところに高いお金を払えるか”ということ。もう1つ、保育の世界での若い人と、子育ての終わった女性の二極化という点から考えると、“(女性なら)誰でもできるから、あなたが辞めても他にも替えがいる”と行われてきたことが、施設や保育士不足の底流にあると感じますね。

小酒部:もともと働き続けてもらうという考えがないということですね。

山名:個人的な経験則ですが、保育士さんを見ていると、誰でもできる仕事ではないな、と。そういう認識はどうなんでしょうか。

小酒部:なかなか理解がされていないですよね。あと、お医者さんや弁護士さんより、資格試験が簡単だというところも、誰でもできる仕事だと思われがちなところだと思うのです。

小酒部:4月24日に『東洋経済』から、「この国は、もう子どもを育てる気がないのか―日本は「想像力が欠落した国」になっていた―」という記事が出てるんですね。今の日本は、子育て・介護が社会の端の端に寄せられてしまって、自己責任でなるべく解決してくれ、となってしまっているな、と思います。海外は全然違うんですよね。

川井:日本が子育てに(予算を)どれだけ使っているかを、海外と比較する見方はありますよね。例えば、フランス、スウェーデンは子育てのノウハウ、制度、支援内容や、国が導入する予算額が多いと言われ、少子化対策に成功した先進国です。日本はGDP(国内総生産)の1%ぐらい使われていますが、フランス、スウェーデンは、3%程度使われています。比率だけでみると3倍ということですよね。
フランス、スウェーデンは少子化になりかけたときに、対策がたてられました。日本の場合は、対策づくりを失敗したと言われています。少子化は、合成特殊出生率で示します。20~30年前だと思いますが、日本でも少子化対策をやらなければならないと政府レベルで会議が打ち出したんですけれども、具体的な対策はとられず、そのまま来てしまった。
少子化の問題は、子どもと高齢者の数がどれぐらいの比率でいるかという話です。高度成長期は、高齢者は相当少なく、子どもがたくさんいた。子どもにかける負担は大きいですが、将来生産人口となり、価値を生み出します。90年代の高齢者のほうが多くなった時期から、高齢者を支える負担が目に見えるようになった。人口推移を見ていけばわかっていたことだけれども、そこで対策を立てなかったことが、大きな原因ですね。

小酒部:あらゆる事象のなかで、人口推移のほうが推測しやすいはずなのに、対応してこなかった。政治家に当事者意識がないから、どう解決すればいいかわかっていないのが大きいですね。

川井:日本の社会制度の支出の重きを、高齢者にシフトしていったことがありますよね。高齢者へ無料の医療制度を作った時期がありました。そんななか、子どもに対する予算の配分や、対策をつくる必要性が足りなかった。

山名:お母さんは忙しくて選挙に行けないのに、高齢者は必ず行きます。

川井:投票率の高い年代層を意識した選挙政策が、過去にはすごかったかもしれませんね。

山名:今そんなことを言っている場合じゃないですよね。

川井:国は、“一億総活躍”という大きなテーマのなかで、出生率を1.8という目標を掲げたりしていますが、人口を研究している学者には、それは無理という分析があったりします。

山名:なんで若い女性は、子どもを作りたがらないのでしょうか。

小酒部:それは、“無理ゲー”続きだからですよ。大学を出るまでは、ほとんど男子と(キャリアが)変わらないのに、就職して、結婚、妊娠、出産をしたら、女性たちのキャリアはとたんに進まなくなっていく。同期入社の男性よりもキャリアを落とされていくのですね。さらに、産んでもマタハラがあったり、保育園に入れなかったりと社会復帰できないのであれば、結婚しても子どもを産まない選択をしたり、産んでも(子どもは)1人止まりと(なってしまう)。

『マタハラNet』にこんな相談をもらったことがあります。

私はマタハラ被害者ではありません。ただ、自分の子どもを通わす学校では、半数以上が一人っ子です。ママ友たちにヒアリングしてみると、案の定「2人以上だとマタハラされるから」、「仕事に支障が出るから産まないんだ」という声が聞こえてきました。これだと少子化が改善するわけないですよね。

山名:経済問題ですよね。産めば産むほど社会復帰が遠のいていく。

小酒部:子どもを産むとお金がかかるはずなので、働かないといけないのに、職場から追放されてしまう。もっとひどいのは、シングルマザーの方へのマタハラです。「これって自殺しろってことですか?」と切迫したメールをいただいたことがあります。そういうのを受け取るとたまらなくなるんですけど……。

山名:シングルファザーの場合もそうでしょうけど、子育て世代の6人に1人が貧困ですね。“貧困”とは、可処分所得の平均から50%以下で生活しているということです。各国共通の指標があるのですね。

川井:(各国とも)基本は同じ考え方です。“相対的貧困率”といいます。その国の平均的な所得の半分を1つの目安にして、それ以下(の所得)で生活している世帯がどれぐらいあるかという見方です。日本の貧困層と言われている人たちの多さは、先進国のなかでも如実に出ていますね。所得格差の分布が激しく、二極化しているのではないかと言われています。

山名:男女の経済格差だけでなく、いろんな格差が重なり、複雑になってきてると思います。

【共同通信が配信した、女性の働き方に関するニュース】

女性の幹部登用が低調

山名:(2020年時点で、管理職に占める女性の割合が)30%でしたっけ、政府の(努力)目標は。しかし、共同通信社が大手100社を調査したみたいですけれども、実際に努力目標を達成できるとしたのは、13社にとどまるとわかりました。4月で男女雇用機会均等法施行から30年になるのですが、なかなか広がっていないのかな、と。

雇用均等法施行年に入社した女性総合職 80%退社

山名:男女雇用機会均等法が施行した1986年に大手企業に入社した女性総合職のうち、2015年10月時点で80%の方が退職していると、共同通信の調査でわかりました。
最近ですと、2007年に大企業へ入社した30歳過ぎの女性総合職も、現在で4割が辞めていると。育児介護休業法もできていて、企業の両立支援策が充実していた時期でも、意外と離職率が高いのですね。長時間労働など職場の慣行が変わっておらず、企業の支援策を利用しにくい面もあるということです。

川井:どの会社がどういう回答をしたのかは公表できないのですが、びっくりしました。この100社は、みなさんもご存知のような上場企業中心です。(管理職全体で女性の割合が)1%とか2%のところは相当ありました。この手の企業調査では、大手または主要企業で、いろんなジャンル(業種・業態)に目配せしています。

小酒部:均等法が施行されてから30年、“何も変わっていない”と………。

川井:私はちょっと違う考えです。「80%退社」の調査の対象者は、“30年前に入った人”です。2007年に入った人は30歳前半に当たる人だと想定していて、40%辞めていると。(この調査から)“何も変わっていない”という見方ができるのと同時に、女性が働き続けるには、“家庭か仕事か”の二者択一型の仕組みがあるとはっきりいえます。“両立”、“ワーク・ライフ・バランス”という言葉がありますが、仕事と家庭、仕事と介護、仕事と保育との両立など、これらが待ったなしになったところで、“なんとかしないといけない”という危惧は、以前と比較して強くないと企業自身が立ち行かない、と企業経営者の意識が強くなってきていると思います。

小酒部:1~2ヶ月前に『マタハラNet』に寄せられた被害相談を紹介させてください。

私は、新卒採用された企業で、就職から3年後にマタハラに遭いました。男性中心の職場であることから、入社したときから、1つ上の女性社員から、「結婚したら辞めないといけない職場だよ」と聞いていました。3年目、自分の仕事を持ち自信を持って働き始めた頃、結婚が決まりました。上司に報告したところ、「で、どうするの?」とのこと。「仕事を続けていきたいと思っていますが、妊娠しても続けられますか?」と聞くと、曇った表情であるものの、「大丈夫」との返答がありました。少し不安ではあったものの、普段から良くしてくれている上司がなんとかしてくれているだろうという、期待の気持ちが上回っていました。結婚後すぐに妊娠が発覚し、妊娠6週目で上司に報告したところ、上司から「おめでとう」と祝福のことばをいただきました。
ところが、数日後、年に1回の上司との面談で、「産休は取れない」と言われました。少し覚悟して、「つまり、辞めなければいけないということですか?」と冷静に確認したら、「お金のことや生活のこともあると思うが、自業自得だから」と一言。信頼していた上司だっただけに、“自業自得”と言われたことが本当にショックでした。「わかりました」と答えてからは、トントン拍子で後任が決まりました。後任が早く決まったことで、私がやる仕事はなく、毎日出勤するだけ。仕事のない日々でとても苦痛でした。出産準備のための理由で、それまで使ったことのない有給をフルに使って、産休産前休暇代わりにしました。キリの良い3月末で退職、2ヶ月後に無事出産しました。
出産して3ヶ月後、他の企業に契約社員として就職しました。結婚、子どもがいるだけで、転職がとても不利になります。もうすぐ契約が切れるので、また新たに転職活動をしています。毎回、転職の面接では「なぜ、最初の職場を辞めたの?」と聞かれ、「出産のため。」と答えます。詳しく聞かれたときには、「実は、マタハラでの退職干渉があったんです」と話しますが、「なんで会社を訴えるなどをして、会社に残ろうとしなかったの?」と聞かれます。
訴えて、居心地の悪くなった職場に居続けることができると思いますか?会社を訴えたことにより、前よりも待遇を悪くされることが目に見えています。たしかに、会社がそういうことをしてはいけないのは知っていますが、相手も人間です。会社を訴えた方に対して良い気持ちが持てるでしょうか。妊娠によって、キャリアを閉ざされることがなく、女性が働きやすい企業が当たり前になる日が早く来てほしいと願うばかりです。

小酒部:まず、産休は、正規社員も非正規の女性も必ずとれるものなんです。
また、この職場や上司にとっては、妊娠が“自業自得”なんですね。こんな社会では少子化が進んで当然だと思うし、“自業自得”とことばの出る人の人間性を疑ってしまいます。彼女の転職については予測ですが、お子さんが生まれたてなので、正規社員としての復帰が難しかったのではないかと推測します。一度非正規になってしまうと、正規社員になかなか戻れないので、彼女のキャリアが崩れていくのが見えると思います。

山名:小酒部さんのように勇気をもって立ち上がるには、すごく大きな壁がありますね。

小酒部:今でも、“産休取らせない”とか、“結婚したら辞めなければならない”職場が多いのが、日本の現状だと思います。

川井:私が考えているハラスメントの背景をお話したいと思います。今まで働く社会では、女性が働くことが異質でした。“異なる価値観を持った属性の人”ですかね。男性中心の職場環境で、違うものに対するアレルギーや拒絶感が大きく背景にありました。女性が珍しくない世の中になると、子どもを産み、育てながら働く“ワーキングママ”に対する異質感が起きてしまった。
別のケースでも“異質感”を感じることがありました。メンタルヘルスのケースです。首都圏のあるコンサルティング会社で、入社間もない女性が、男性の上司から「仕事が遅い、アウトプットが悪い。残業が多いのに仕事できてないじゃないか」と言われ続けました。だんだん気分が悪くなり、診察したら抑うつ傾向があると言われた。会社に言ったら、「このままじゃ君も会社も不幸だから、辞めてみないか」と(上司から言われた)。女性は、「働き続けたい」と言ったら、(上司から)「正規社員でなくアルバイトとして雇うから」と言われ、(気持ちが)グラっときていました。その間に(女性が)私のところに相談に来たので「典型的なパワー・ハラスメントだから、辞めるなんて言わないほうがいい」と(伝えました)。
辞めたときには、非正規になっていくという問題と、うつ病の場合は、治療費の問題があります。もしこのケースが労働災害と認められたら、個人負担がなく、国の保険制度で100%治療費が支払われ、さらに休んでいる間の給付が受けられる。ところが、労災でないと、その女性にとっては、病気も個人で治さないといけないし、非正規になるかもしれない。(会社を)辞めたのなら、うつ病を抱えたままの転職となり、相当至難の業になります。ハラスメントでうつ病になってしまったのに、すべての責任を自分で負わないといけない。会社のスタンスは“自業自得”ですよね。このケースと先ほど『マタハラNet』に寄せられた相談を合わせて考えると、今の日本の職場は、異質なものに対して受け入れがたい社会、価値観を共有できない職場なのかなと思います。

山名:みんなで同じところを向いてないといけないんですね。

小酒部:“ダイバーシティ”、“多様性”ということばが、すごく出ているのにも関わらず、実態は異質なものを排除する傾向にありますよね。

川井:女性に限らず、あらゆる異質なものに対する拒絶感、被害意識を持った方にとっては、働きにくさに繋がる。裁判は、日本社会にとっては遠い存在ですが、権利を主張する場です。権利を主張することに対して、世の中の拒否感があると思います。

小酒部:わがままな人に見られて、むしろ裁判を起こす人のほうがおかしいと見られる。

山名:人権意識の高いアメリカなら、ある程度莫大な慰謝料を獲得できる可能性がありますが、先ほど(紹介したニュース)には、35万円という話もありました。

小酒部:日本には慰謝料という文化がないです。本来もらえたはずの給料(遺失利益)がもらえるはずなんですが、因果関係が認めなければ低い金額になってしまう。アメリカでは、勝訴したほうの弁護士費用は、敗訴したほうが負担するんですけど、日本では、心の傷を追った方が弁護士費用も負担しないといけないことも、(裁判への)ハードルをあげています。また訴訟にいくと、セカンドハラスメントが待っています。会社側からの人格攻撃や、ちょっとしたミスについて、(裁判で)解雇理由として針小棒大に言われます。

山名:裁判になると企業側から、「この社員はこんな悪いことをした」と言われます。私は小心者なので、(パワハラ被害を受けたときは)「俺はなんていけない社員だったんだろう」と思っちゃうほど、つらい目に遭いました。小酒部さんが受けたハラスメントの10分の1ぐらいでしょうが。

小酒部:不幸比べではなく、ご本人がつらい思いをしたわけですから。ただ日本は、企業があまりにも強すぎて、労使と対等ではない。でも法律は、労使と企業が対等という基準で作られているので、ひずみや矛盾が生じる。

山名:最初にマタハラの定義として“非正規への降格”とありましたが、パワハラにもありますね。企業側からの恫喝が多いと思います。

共同通信さんから“同一労働同一賃金”に関する記事を積極的に配信していますが、収入格差、社会的な地位など、最も解決していかなきゃいけない問題だと思います。

小酒部:海外の人件費に合わせていくために、男性の給与が下がっていくのですか?

川井:1990年代から頭打ち傾向にあります。“男女共同参画”といっても、主力は男性中心ですから。男性の給与は、90年代後半から上がりにくくなっています。“失われた20年”と言われていますが、日本の給与は世界と比べても高いと日経の主張もありました。
相対的に言えば、日本の給与は高いといえます。しかし、この辺は難しいですね。中高年になると、子どもの教育費が増えますし、質の高い貸し家が多くなく“持ち家政策”ですから、持ち家を持ったほうがいい意識になります。老後の不安から、住むところは確保しておきたいことから、それなりの費用が必要になり、それに合わせて企業も年功序列型、終身雇用と、中高年になるにつれ給与が多くなります。ですので、海外と合わせて給与を下げなければならない議論をすると、今の日本の仕組みと絡めたときに、今の中高年の世帯が経済的に太刀打ちゆくのか、ということになります。

山名:私の子どもが大学に入って、(教育費が高いと)と実感してびっくりしました。みなさん(教育費が高いと)理解しているから、子ども作ったら大変だろうという話になっているのかな。また少子高齢化へどんどん進む気がします。

小酒部:上の世代がつらがっているのを見た次世代が、「あんなふうになりたくない。だから恋愛しない結婚しない」となり、不幸の連鎖ですよね。

山名:乱暴な意見かもしれませんが、少子化だし、今後、昔みたいに給与も増えていかないでしょう。女性、年寄り、外国人に働いてもらわないと税収が増えていかないぞ、と。実際、日本はどうなってしまうのだろう、と思いますが。

自民党、公明党とも“同一労働同一賃金”のプロジェクトチームを開いて、正規社員と(非正規との)賃金水準の格差を7~9割にし、ヨーロッパ諸国(での水準)と遜色ない数字へ上げていく方針を出しています。フルタイム労働者に対してパートタイム労働者の賃金はフランスは9割、ドイツは8割、イギリスは7割に比べ、日本は6割弱とヨーロッパ各国の賃金格差は小さい。そういう提言をするのは好ましいですが、現実でどう施行していくのでしょうか。

川井:これから政府がやっていくことが、正規社員と非正規との賃金格差の縮小へ繋がるのかはまだ見えてこないです。まず政府がやろうとしていることは、“同一労働・同一賃金”の定義付けです。“同じ仕事”とはどういうことなのかの定義を作ります。難しいのは、同じ仕事をしているように見えて、会社内の責任や役割の違いから賃金が違う面があります。残業を頼まれたときにできるかできないか、全国転勤ができるかできないか、将来会社の経営陣となりうるような人として採用するのかどうかの観点があります。一見同じ作業をしているように見えるけど、給与を同じにしなければならないのか、ですね。

小酒部:一人ひとりがどれぐらいの仕事量を抱えていて、どのくらいの時間を費やしているのかを把握するのが難しいですね。

川井:日本では、やる仕事とそれに対する対価が繋がっていないです。欧米と(日本では)対価の作り方が違うので、その解決策が難しいですよね。

小酒部:欧米では“ジョブ型”と言って、仕事に対して人がつくんですよね。

山名:“ジョブ型”に関連して、“成果主義”と言われていますが、解釈によっては、労働者にはマイナスになってしまう。

川井:2000年当初は、企業こぞって成果主義を賃金に入れていこうとしていたのですが、先行して取り入れたある電機メーカーの失敗があって、そこからガラッと変わってきましたね。“目標をどれだけクリアしたからこういう賃金”と単純ですが、働いている人同士のモチベーションが悪くなる現象が起こりました。個々人の目標の程度で給与を割り振る方法により、日本企業が複数の人とチームを作って、社内部署を横断して製品を作ってきたやり方が崩れかかってしまいました。それがきっかけになり“日本型成果主義”とことばを替え、成果主義の考えを取り入れつつ、年功序列を維持するスタイルになりました。

山名:経営者にとって、非正規社員が正規社員並に働けば、こんな楽なことがないですね。

川井:正規社員がやってきたことを非正規がやってきた流れがありました。1990年半ばから非正規が増えてきて、今は働いている人の割合では40%ですね。女性ですと60%です。契約社員がそのケースに近いのかな。スーパーのパートと言われていても、その部門のリーダー的存在、管理職的役割、主力的戦力になっている方もいます。ただ、身分的にも時給制だし、ボーナスがなかったりしますね。

小酒部:正規社員でも限定正社員(エリアワーカー)だから、給与が下がることがありますね。

山名:「そういうことはわかるんだけど、今ウチは業績が厳しいから」ということに帰結しちゃうと、一歩も進まないのかな。非正規社員の立場だと、やる気がなくなっちゃいますね。

小酒部:社員さんのなかでもヒエラルキーが出てきて、正規社員が派遣さんに当たりが強いことが起こりがちですね。企業が非正規の人をぞんざいに扱っていれば、社員も同じような行動をとってしまう。

山名:社内の風通しが悪くなりますね。

“同一労働同一賃金”は、性別役割分業、長時間労働などが解消されないと、是正されないという話をしました。基本的には、いろんな働き方を企業や社会が認め、許容できればいいと思います。実は、『マタハラNet』でもいろんな企業を取材されています。

小酒部:IKEAさんは私の著書でもご紹介していますが、従業員の3000名のうち、99%は正規社員、みんな同じ職種です。このうち62%は短時間正規社員です。また女性も66%いて、そのうち47%はマネージャー職です。
短時間正規社員の給与額は把握していないのですが、みんなが同じ正規社員という点では叶えているのではと思います。IKEAさんも最近やり始めて、転換期だと思います。

川井:正規社員と非正規の賃金水準を同じにそろえられる業種とは、仕事内容が整理できるのが前提にあると思います。それができなければできないという話にはしたくないですが。IKEAは制度を変える前に、正規社員の賃金水準に非正規の賃金水準をあげています。非正規だった人の時給は上がっています。また、目標管理を強め、成果に対する評価も厳しくしています。キャリアプランを会社と本人が共有し、生産性を高める試みをしていくことで、全体的な利益を上げてそれを配分しています。
今評価システムがある会社は上司との面談をしていると思いますが、どういう技を磨いて、どういうことをやっていくかを会社と本人が話して、具体的にどうしていくかを話し合う仕組みが入っています。

山名:良い成果が生み出さればいいなと思います。モデルケースになるのかな。

小酒部:同一労働同一賃金をしやすい企業は取り組んてもらって、成功事例を作ってもらいたいと思います。

川井:働く世界で重要なことだと思いますが、雇う側と雇われる側で価値観の共有が重要かなと。力関係の世界では、雇われる人はノウハウがあるわけではないし、泣き寝入りが起こる背景があるわけですよね。知恵がないから被害を受けて当然ではなく、エンパワメントをしなければいけないこともあるでしょう。働く基礎的なルールを知っておくということは、マタハラを受けて困った、おかしいと思ったときにどうするかというノウハウです。誰に相談すれば、どういう展開を受けられるかという身を守る方法ですね。働くことに限らず、親の介護のとき、保育園入れないときなど、“生きてく上でどうするのか”に対するノウハウを最低限もっていないといけないと思います。

山名:マタハラは、四方八方から弾が飛んでくるから、理論武装をしないといけないのが川井さんのアドバイスです。最後に非常に有意義なお話をありがとうございました。

川井:何か問題があったらご相談ください。

一同:ありがとうございました。

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テキストライター:吉弘 彩乃

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