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記憶


おっ。いい感じのつゆだくだ。

つゆだくチェックが終わったところで
牛丼へ傾いていた意識を耳に戻す。

イヤホンからはお笑い芸人の軽快なトークが聴こえてくる。

「反抗期なんてあったんだっけ?」
『いやあったよ、だって当時なんて暴れイルカって言われてたからね。』

今回のテーマはアホな事したなぁって話。
クスクスと笑いながらお昼休憩を過ごす。

『まぁ言える範囲だったらこんなもんかなぁ』
「俺言えないのだとたくさんある!」
『俺もまだある』

2人はお酒を飲みながらここでは言わなかった話をしているんだろうなとオフの時間を想像してみる。

私はアホな事をした経験があるだろうか。
あるはずだ。

追加で注文したおしんこをぼりぼり食べながら時間を巻き戻していく。

ふと降りてきたシーンは
自分の期待とはズレたものだった。

浮かんだのはアホな事をした話ではないのでこれ以上思い出すのをやめようと自分を厳しく取り締まるべきか、それともアホな事をした話ではないけどもアホな事をした描写が入ってくるかもしれないから一旦思い出してみるべきか、もしくはアホな事をした話ではないけども思い出に浸る時間的な感じの扱いで思い出してみるべきか。

などと様々な角度から自分に問う。

…好きにすればいいと思った。



中学2年生。

私は同じクラスのほなみとよく遊んでいた。黒髪ストレートの美人さんで家がお金持ちだ。

ほなみ自身はヤンキーではないが
友達にはヤンキーが何人もいた。

やんちゃの向こう側のような人もいたと思う。

余談だが【ヤンキー界でいちばんタチが悪いのは中学生のヤンキー】いうのが私の持論だ。

ほなみはヤンキーの西君を好きだったので、
よくヤンキーの近くに連れて行かれたものだ。

マンションの駐車場の奥まったところ。
薄暗くて独特の匂い。

おませな女子として性的な話に興味はあったが、そこで聞く話は妙に生々しかったという感覚だけ覚えている。

ある時ほなみが提案をしてきた。

「なぁなぁしーちゃん。初体験したくない?」
『初体験?それって…』
「そう、好きな人としたくない?」
『どういうこと?私彼氏おらんで?』

坂をくだりながら足がもつれないように
キラキラした目で話す彼女を見る。

「彼氏いなくてもできるやん。
ほなみ、西君に付き合わなくてもいいからしてって言おうかな。
しーちゃんはさ塩田君と別れたけどさ、
より戻さなくてもいいからしよって言おうよ!」

なんでやねんと思った。

これはなんでやねんでいい。

なんなら私は塩田君に未練がない。
いや、未練があったところで。

彼女の提案は却下された。

塩田君は私が中学一年生の時に告白して初めて付き合った人だ。

恥ずかしさや戸惑いが混じっていて
ほわーんとした時間を過ごした。

数ヶ月してバレンタインの日の放課後、
手作りチョコを渡す前に振られた。

帰り道、悲しくて塩田君のために作ったチョコを自分で食べた。

カッ。

アホみたいに硬くて歯が通らない。
ありえない硬さだ。

信じられなくて歯に力を込めてもう一度噛む。

カッ。

『これは渡さなくてよかったな。
振られて正解だったんだ。』

苦い気持ちと一緒に
コンビニのゴミ箱に捨てて帰った。



「ありがとうございました!」

アホな事をした話を思い出せなかった私にも店員さんは優しい。

ラジオは次の話題に変わった。

自分の半生を演じてもらうなら誰。