紫藤市

しどう いち です。小説を書いています。主な創作作品ジャンルはライト文芸と女性向けFT…

紫藤市

しどう いち です。小説を書いています。主な創作作品ジャンルはライト文芸と女性向けFT。フィクションは書くのも読むのも好きです。

最近の記事

「代読屋ははざまを繙く」第十三話

暗号文(一)  九月最初の月曜日、典也は午前の講義が終わると弁当を持って所属している安芸教授の研究室へと向かった。  文学部国文学科の安芸丈一郎教授は、典也に春夏冬堂を下宿先として紹介してくれた人物でもある。 「どうも――」  挨拶をしながら研究室の扉を開けた典也は、狭い室内で学生が三人集まって難しい顔で頭をひねっている光景に出くわした。 「やぁ、迫間君」  四年生の椋本志津夫が顔を上げて手招きした。 「ちょうど良いところに来てくれたね。君も一緒に考えてくれないか」 「三人寄

    • 年賀状を作ったこと

      あけましておめでとうございます。 2024年の年賀状は、本日1月1日に作成して投函してきました。 年末は作業をする余裕がなかったことと、段々と年賀状のやりとりをする相手も減ってきたので、今年は元日着で年賀状を送ってくださった方のみにわたしからも送ることにしました。 しかも今回はスマホのアプリのみで年賀状を作成し、プリンタにデータを送って印刷するということをしました。 多分、前からパソコンを使わなくてもスマホですべての年賀状作成作業はできていたのでしょう。 先日プリンタメー

      • ながら作業のこと

        わたしは『ながら作業』が苦手です。 音楽を聴きながら執筆をする、テレビを見ながら新聞を読む、ラジオを聞きながら勉強をする、といったことをすると、どちらも集中できずに作業ができません。 学生時代、ラジオを聞きながら勉強していたらラジオばかり聞いていて勉強の手が止まっているということがほとんどでした。ラジオを聞かずに勉強をしていたらいつの間にか寝ていることが多かったので、どちらにしても夜は勉強がはかどりませんでしたが。 執筆作業をする際に音楽を聴いているという方が一定数はいる

        • 紙の創作ネタ帳を断捨離したこと

          しばらく前に、学生時代からノートに書きためていた創作ネタ帳をすべてシュレッダーにかけて処分しました。 理由はいくつかありますが、一番大きい理由として「創作ネタの内容が古く流行に合っていない」ということがあります。 「いつかこの内容で小説を書こう」とメモしていたものばかりですが、わたしが書く分野の小説には流行り廃りがあるため、明らかに流行りから外れている上に、自分の中でも「これはいまとなっては書こうと思う内容ではないな」という流行外れのネタがほとんどとなっていました。 ネタ帳

        「代読屋ははざまを繙く」第十三話

        マガジン

        • 長編小説「代読屋ははざまを繙く」
          13本
        • 短編小説集
          8本

        記事

          短編小説「金魚玉」

           玻璃堂は硝子製の古道具のみを扱う店だ。  江戸や薩摩の切り子、舶来者のグラスなど高価なものから、皿や漁で使う泛子など安価な物まで揃っている。  曇り硝子をはめ込んだ格子戸を開けると、古い町屋を改装した薄暗い店内に所狭しと並べられた道具たちが目に飛び込んでくる。  店主はそろそろ米寿を過ぎようかという私の祖父だ。  いつも店の奥の帳場に腰を下ろし、黙って煙管をくわえている。  皺だらけの顔は目を細めるとその目さえも深い皺に埋もれてしまうほどだ。  寂れた温泉街の片隅にあるこの

          短編小説「金魚玉」

          短編小説「花冠を継ぐ者」

           不規則にプロペラとエンジンの爆音が響く。アキが乗る機体からは黒い煙が立ち上り、漏れ出した油の臭いが鼻についた。  このまま乗っていては飛行機もろとも屑になるだけだ。  命が惜しいわけではない。  飛行士になったとき、この大空を舞いながら死にたいと本気で願った。  しかしそれは航空郵便配達員をしていたときの話だ。敵地で戦死して英雄として名を残すつもりはない。  アキは生まれてすぐ親に捨てられ孤児院で育った。家族どころか友人のひとりもいないアキが死んだところで悲しむ者はいない。

          短編小説「花冠を継ぐ者」

          短編小説「万象永久保存瓶」

           杏樹とわたしはその瓶を、骨董だか古道具だかがらくただかわからないような物ばかりを小さな敷物の上に所狭しと並べて売っている露店で見つけた。  十二歳の時のことだ。  秋祭りの宵宮であったその日は、神社の鳥居から境内まで参道の両側にずらりと屋台と露店が並び、大勢の人で辺りは溢れかえっていた。  わずかばかりの全財産を財布に入れて散財の限りを尽くす勢いで祭りに出掛けたわたしたちは、まずりんご飴を食べ、二人で一皿のたこ焼きを買って半分ずつ食べた。  そして次は何を食べようかと様々な

          短編小説「万象永久保存瓶」

          短編小説「絵にある風景」

          「ミリガンさん、こんにちは」  新聞紙に包んだ荷物を小脇に抱え、ベージュの帽子をかぶった十代後半の女性が画廊に現れた。ブロンズ色の外套を羽織り、焦げ茶色の手袋に黒い編み上げ靴を履いているが、どれも着古した感じだ。  画廊内に展示されている絵を眺めていたベンジャミン・マクリーシュが視線を向けると、彼女は一瞬怯んだように笑顔を引っ込める。が、すぐに作り笑いを浮かべながら帽子を脱ぐと、結い上げた栗色の髪を手で整えた。 「やぁクリス。ちょうど良いところに来たね」  画廊の主人である禿

          短編小説「絵にある風景」

          短編小説「藪の中」

          『それじゃあ、シャイロックさん』 「シャムロックです」 『あ、すみません。シャーロックさん』 「シャムロックです」 『はい。じゃあ……シャーロットさん』  アカウント名をアルファベット表記で『shamrock』にしたのがいけなかったのか私の発音が悪いのか相手のスピーカーが悪いのか、と考えながらも面倒なので訂正するのは止めにした。このままではいつまでたってもオンライン面談が始まらない。 『では、徳島への移住支援制度に関する説明を始めさせていただきます』  んっ、と軽い咳払いをし

          短編小説「藪の中」

          「代読屋ははざまを繙く」第十二話

          或る葉書 八月下旬、盆の間は帰省していた典也が東京に戻った。  上野広小路界隈はやはり人が多い。 「迫間さん、これを見てください」  仏前の供え物のお裾分けといって真桑瓜を持って来た董子は、瓜の皮を剥いて種を外して食べやすい大きさに切って皿に盛ると、鴈治郎と典也の前に置いてから葉書を取り出した。  鴈治郎は楊枝に真桑瓜を突き刺して黙って食べている。  なんでも亡き妻の七日ごとの法要のたびに息子の家で怪奇現象が起こるため、僧侶から直々に厄払いをするよう言われて機嫌が悪いらしい。

          「代読屋ははざまを繙く」第十二話

          「代読屋ははざまを繙く」第十一話

          三行半(五) 董子はすいかの外の皮をむき、白い部分を刻んで塩漬けにして「お漬物にしておきますので、食べてくださいね。夕方には浅漬けで食べられますよ」と言って帰っていった。  結局三人ですいか一玉を食べきってしまっていた。  鴈治郎の分は残らなかったが、多分安芸家で食べていることだろう。  典也は、板の間の上に残された董子の姉が書いたという三行半が入った封筒に手を伸ばした。  封筒には董子の字とは異なる嫋やかな字で『堤隆太郎様』と書いてある。  その文字を目にした途端、頭の中に

          「代読屋ははざまを繙く」第十一話

          「代読屋ははざまを繙く」第十話

          三行半(四) 結局、桂太郎は堤隆太郎を捕まえることができなかった。  堤は紙片に電話番号を書いた宿の部屋を、桂太郎が到着するほんの十分前に引き払っていた。よほど桂太郎と顔を合わせたくなかったらしい。  春夏冬堂に戻って来た桂太郎は、悔しそうに顔を歪めて「一足遅かった」と告げた。  董子はしばらく黙っていたが「仕方ありませんね」とだけ呟いた。  水に浸けて冷やしていたすいかの四分の一をやけ食いするように食べた桂太郎は、友人と勉強会をする約束があるからと言って姿を消した。  それ

          「代読屋ははざまを繙く」第十話

          「代読屋ははざまを繙く」第九話

          三行半(三) 典也が手書きの文字から声を聞くことができる異能が自分にあることに気づいたのは、小学一年生の頃のことだ。  小学校入学前にひらがなとカタカナは読み書きできるようになっていたが、小学生になって漢字を習い始めると身の回りの文字で読める物がかなり増えた。  迫間家は商売をしていたので両親ともに忙しく、典也が小学校から帰ってくると家には誰もいないことが珍しくなかった。兄や姉は両親の店の手伝いをしているか、遊びに出かけているかのどちらかだった、  家の茶の間にはたいてい母の

          「代読屋ははざまを繙く」第九話

          「代読屋ははざまを繙く」第八話

          三行半(二) 夜になって店じまいをした典也は、近所の食堂で夕飯に蕎麦を食べて銭湯に寄ってから春夏冬堂に戻った。  路面電車はまだ走っているが、夜になると上野広小路を歩く人の数は減る。  下宿先である二階の部屋の窓を開け、夜風に当たりながら団扇で顔を扇ぐ。  日没後もなかなか気温が下がらないせいか蒸し暑い。  近くで蜩が鳴く声が響いている。  蚊取り線香を焚いているのに蚊の羽音が部屋の隅から聞こえた。 「そういえば、三行半って久しぶりに見たな」  昼間に董子が持ってきた鴈治郎の

          「代読屋ははざまを繙く」第八話

          「代読屋ははざまを繙く」第七話

          三行半(一) あと数日で七月が終わるというその日、四日ぶりに董子が春夏冬堂に顔を出した。 「ごきげんよう、迫間さん」  白い日傘を畳みながら董子が挨拶をする。  店の外からは電柱に止まっているとおぼしき蝉が、路面電車の警笛にも負けじと賑やかに鳴いている。 「いらっしゃい」  春夏冬堂の留守番として連日帳場台で読書に勤しんでいた典也は、読みかけの本に栞を挟むとすぐに椅子から立ち上がった。普段と変わらない挨拶がいつも通り口から流れ出る。  陽射しが差し込まない店内は案外涼しいもの

          「代読屋ははざまを繙く」第七話

          「代読屋ははざまを繙く」第六話

          或る日記大正八年七月六日  岡山の茅子の療養所より電話あり。茅子が興奮して手が付けられない状態とのこと。三枝子が療養所に向かう。 大正八年七月七日  療養所に到着した三枝子より電話。堤家より療養所の茅子宛てに手紙が届いており、茅子はその手紙を読んで始終取り乱しているとのこと。  堤家に抗議の電話をする。 大正八年七月八日  三枝子は堤家の茅子に対する仕打ちに激昂。本日はこちらの方が手に付けられぬ状態。桂太郎と董子を岡山へ向かわせる。  堤家から正式に茅子離縁の話。妻と相談

          「代読屋ははざまを繙く」第六話