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休日に、髪切って、ハンバーガー食べて、子どもを幼稚園に迎えに行ったあとに起こったこと

中2のうちの娘が先日「あれからもう10年か、早いね!」言っていました。

それを聞いてわたしも「あれから10年か・・・」と、あの時の光景から今の今までを走馬灯のように脳裏を駆け巡りました。

あれから10年。もう名詞がなくてもわかるこの共通認識、そう東日本大震災から10年ですよね。


実はこの共通認識ってところが、東日本大震災が起こってからその重要性や価値を感じることが出来た一つのきっかけだと前向きに捉えています。

というのは、この共通認識で救われたケースが凄く多かったんですよね。

震災の当日のエレベーターで居合わせた同じマンションに住む住人の方と、それまで一度も話さないし出来れば話したくないと思うところをどちらから声がけしたかは覚えていませんが話せて凄く距離が縮まりました。

「大丈夫ですか?無事でしたか?」「ご家族どうですか?家に帰れましたか?」「これからどうします?」などなど、共通認識があるものだからお互いがお互いを自分ごとのように心配することが出来るんですよね。

それに仕事でも、当時スーパーにいましたが、当時震災時のスーパーは悲惨な現状が待ち構えていました。

食料品欲しさに長蛇の列が出来、それに対応する私達社員メンバー。やはりトラブルも多く起きてしまいました。怪我防止のため人数制限を店舗でしていたのですがある方は店頭で大声で「買わせろ買わせろ、俺は客だぞ」と怒鳴り散らしたり、次第には従業員に詰め寄って来ました。

しかし一緒に並んでいる他のお客様が、

「辛いのは皆一緒ですよ。私達も、そしてここで働く方々も」

と言ってくれる方もいて、それを聞いた罵声を浴びせていた方も急に静かになり大人しく他の方と同じ様に順番を待つことに。

これは共通認識が持つ強さだと実感するが出来ました。


3月11日の当日、わたしは偶然お休みをもらっていました。

10時前に娘を幼稚園に送り届け、その後10時丁度の開店と同時に髪の毛を切りに行き。

さっぱりした頭と気持ちでお昼ごはんを食べにハンバーガー店へ。買った雑誌を読みながらコーラを飲んでいると、気づけば娘のお迎えの時間なりそそくさとお店を後にして幼稚園へ。

娘をお迎えに行き、その後調子が今ひとつだった娘を連れて家の近所の病院へ。その待合室で15時の午後の営業が始まるのを14時40分くらいから待っていると、14時46分に・・・という感じでした。

あの日は本当に関東は気持ち良い天気で、春一番を少し感じながら穏やかな春の陽気。そんな素晴らしい日だったにもかかわらず、歴史まれに見る悲劇の日へと変わっていきました。

しかしあれから10年経って様々なことが変わりました。

わたしも生まれ育った福岡へUターンすることになるし、仕事もスーパーからIT業界へ。友人も同僚が主でそこまでいませんでしたが、いまでは福岡を始め全国にたくさんいます。

これも「共通認識」が東日本大震災から深まっていったからなんじゃないかって思うんですよね。

同じ共通認識があると、一気に距離も変わるし、「こうした方がより良い」など1人がみなのためを思って良い方に舵をきれるからってのがあると思います。

働き方にしても以前より格段に良くなっていますし、セクハラやパワハラも以前よりは減っていると思います。目に見えて増えることや悪いことは、良い方動いているからなんじゃないでしょうか。

悪いのは全く見えにくく隠し続けられていることで、良い方に向かうときは目で見て分かる状況になっている証拠なんですよね。

東日本大震災で得た共通認識がより良い日本を作っていくと信じています。

いえば異国に行って1人寂しときに、同郷の人がいると一気に仲良くなってうまくいい感じに進んでいきますよね。共通認識の良さは、それですね。


以前にも東日本大震災に関わるnoteを書いているので、ぜひご覧下されば嬉しいです。

#それぞれの10年

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