誰かが貴方を縛る法律や空気を創るのではない。

『歴史を振り返ると、1930年代、ドイツで民主的手続きによって選ばれたナチスが、史上まれにみる人権侵害をユダヤ人に対して行った。スウェーデンを含む欧州では、近年、ネオナチと呼ばれるナチズムに傾倒するグループの存在が目立つ。こうした動きは「ホロコースト第2世代」を自認するコロシさんには同胞の生命と安全に関わる民主主義の危機と映る。~「少数派の表現の自由が過激派によって脅かされている。今、スウェーデンには『社会に包摂されていない』と感じている人が多くいます。これは社会不信をもたらし、民主主義の危機につながる危険な兆候です」とコロシさんは言う。ネオナチに惹かれる人たちの多くが、自分たちこそ今の社会で虐げられている、という被害者意識を持っている。疎外されたと感じる人々が過激思想に引き寄せられる。そんな構造を知ると、社会的包摂は弱者保護の問題にとどまらず、民主主義の問題になるのだろう。~常設展示を一通り見て回り、この博物館にはわかりやすく共感できる理念がある、と感じた。それは先述したメッセージの続きに表れている。そこには「歴史を学ぶことの意義は、社会は変えられるとわかること」と書かれていた。実はこの博物館は「国立」の「歴史博物館」であるが、同国の輝かしい歴史を記したものではない。むしろ、歴史の暗い面を正面から見ようとしている。~さらに、歴史の解釈が時代により変化することも明示されている。常設展示では、かつて英雄視されていた国王にも暴君の一面があったことや、歴史的な出来事を記した絵画をファクトの観点から検証できるコーナーがあった。歴史博物館は、単に昔のものを展示するのにとどまらず、歴史修正主義やフェイクニュースといった現代の問題を批判的に検証する力を養える場所になっていた。~歴史の解釈は時代の影響を受ける、つまりバイアスから自由ではないことを肝に銘じなくてはいけない。私たちがいかなる未来を作りたいのか、現状と理想のギャップはどのくらいあるのか正面から見る勇気を持ちたい。』

民主主義の限界は「民以上の指導者は絶対に選出されず、誰が指導者に成るかは民の行動の結果である」という事なのだ。ポピュリズム(大衆に迎合して人気をあおる政治姿勢)が台頭してくると「引き戻せない空気」が充満し、その集団は破滅へと突き進んでしまう恐れがあるのは歴史が証明している。誰かが貴方を縛る法律や空気を創るのではない。貴方を含めた「民」がそうするという事をひとりひとりが肝に銘じておかなければならない。

投票率8割の国が「民主主義の危機」を警戒の訳
スウェーデン取材で見えた日本に通じる課題
https://toyokeizai.net/articles/-/308703

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