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年明けと若者についてのしげる

2月も半ばを過ぎましたけど、あけましておめでとうございます(激遅)。2022年は激動の1年となりまして、コミティア以降(いつの?)すっかりnoteはご無沙汰しておりました。ごめんね。お久しぶりです。お元気ですか。

激動でしたし都度都度たびたびnote更新のタイミングはありましたが、告知ごととかだったので、noteに書こうとしても全然やる気が出ませんでした。「もうやったこと」「これからやること」をテキストでご説明・ご報告するというのは、なんというか書いてても「新しいこと」をやってる感覚がなくて、全然おもしろくなくて。

それで、この数か月間は書いては消し、書いては消しと努力はしつつも、更新・公開には至らなかったという感じです。めちゃくちゃな言い訳だよね。わかる。大丈夫かこいつ。四十やぞ。

それで、気付いたらもう2023年始まってだいぶ経ってしまいましたけど、ようやく、ちょっと思うことあって、更新をがんばってみます。ちょっとね、ツイッターがたいへんな危険水域な感じ(今に始まったことではないかもしれないけど)、今後どうなるんだ的な状態で、急いでやらなきゃ、という感じもあるので、とりあえずまあちょっと聞いてくださいよ。面白くなるかどうかはまだわからないけれど。

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昨年のことですけど。2022年。コミティアに久々に出たり、バンド組んでライブ活動を始めたり、自分なりにひとしきりワーッて動いてみました。コロナ禍は相変わらずだし、そのへんを含めても、できる範囲で、というリハビリのような心持で。

とはいえコミティアにしろバンドにしろ突発的には無理だから、頒布物を準備したりスタジオで曲を作ったりと、表に出るまでのプロセスもあってけっこうミチッと時間も使っていまして。「とりあえずやってみてから考えよう」の基本精神に則りつつも、表に出すのは自分が納得のいくものがいいということで。

四十になる年でもあったから、やるならやらねば、の思いも強くあったように思います。書きたい作りたい演奏したい、の純粋な気持ちがまだあるうちにカタチにしたかった。

というのも、そういう気持ちが、だんだんなくなってくんだなっていうのが、昨年あたりからようやく実感としてわかってきたのもありまして。

「モチベーションの維持、みたいなことを考え出す時点で、もう違うでしょ」という。死ぬほどやりたかったことが、そこまででもなくなったっていうなら、もう違う、みたいなこと。前にもnoteで書いたような気がしますけど。

そうなったら、また違うことやればいいって以前は思ってたんですけど、違うことをやるためには、そのために別のモチベーションも必要なんですよね。当たり前ですけど。それがなければもう、何もできない。なければ動けなくなるだけ。ウワーそれは本当にイヤだーと、一気に怖くなったのが昨年の年明け頃でしたね。

やれることをちゃんとやるぞーっていうところに、なんだろう、なんかうまい言葉が思いつかないけど「すがる」しかなくて。そんで、今のところはまだピュアな「やりたい」が強いから、それ今のうちだぞ、と、自分なりに尻を叩いて頑張ってみた感じですね。誰にも頼まれてないのにね。

自己肯定感が低いとか承認欲求がどうやっても満たせないとか、あんまり心から満足しないし、結局いつも何かが足りない感じで生きているなーというのも、別の気付きとしてありまして。だから「やめる理由がない」とか言って続けてしまってる。

「未練タラタラでカッコ悪い」と思う人も「長く続けられててすごい」と思う人もいるでしょう。事実、自分自身ですら、その思いはどちらも持っている。それでいていつもフラフラと酒を飲んで、悪いときは立ち飲み屋の酔客を相手にダル絡みする。うまく肯定感が作れない。いや酒飲んで迷惑はかけるな。アホか。やめちまえ!

でもね。それでもまだ「もういいかな」と思えない。やっぱりそれほどやってないからだな、とも思うんですけど、それってなぜなのか。どこに「やってない」基準があるのか。

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結局ね、今まで話してることってぜんぶ「自分」の話じゃないですか。作品を作ったり演奏したりするっていうのは「自分」だけのこと。そこから派生する苦しみも悩みもすべてそう。

でもそれだけでは終わらないんですよね、読んでもらって見てもらって聞いてもらって初めてワンループ成立するわけですよね。

頑張って作ったよ。コミティアも出たよ。ライブもやったよ。で、セオリー通り、やってみてから考えてみたんですけど。客のこと。端的にいうと「集まってくれる人」のこと。

見てくれる人、読んでくれる人、聞いてくれる人。自分以外のたくさんの人のこと。なんか、おれ、どうやってたんだっけって。どうやって、みんな集まってくれてたんだっけって、なったんすよ。

こういうと、昔は俺も人を集められてた、みたいな話に聞こえるかもしれませんけど、もちろんそうじゃなくてね。別に売れてないし。売れたかったなー。

まあね、集客だマーケティングだ何だかんだ、もちろんメソッドなり勘どころなりは仕事でもやってたし少なからずありますけど、そういうことでもなくて。なんか、集まることが楽しかった、みたいなところ。自分が思う「楽しい」が誰かに広がっていってる、自分もみんなも一緒に楽しい、っていうの。

「駄サイクル」(©石黒正数)みたいな言葉もあるし、その状態が一概に良いとは思わないけれど、なんか、その「楽しいの輪」みたいのは、あったなーって。

それ、どうやって信じてたんだろう、ってふと疑問が浮かびましてね。おれが楽しいって思うことを、みんなも「楽しい」って思ってくれてるんだって、なんでそう感じられてたんだろう。これって、すごいことじゃないですか? すごいことだったんですよ。

そういうところに行きついて、去年末あたりからつらつら考えていまして。なんだっけ、昔はこう、なんかもっと自然に「楽しい」が繋がってってたような気がするのに、あれれー? いうて。

そんで、ちょっと、こうじゃないかな、という答えのようなもの、あっ、となったのが本当つい最近で。

これ、「おれが若かったから」じゃないかって思うんすよ。

当たり前のことに聞こえます? それとも「は?」のほうが近いですかね?

いや、もうね。おれが若かったから。若者だったから。だから、同じような若者が「来て」くれてた、それだけだったんじゃないか。 

ぶしつけに昔語りしますけどね。小説だバンドだなんだって書いて作って演奏して、そういうのを表に出し始めて、アッ面白がってもらえてる~♡♡♡って初めて自覚できたのって25歳前後の頃だったと思うんですけど、その頃ある意味もうすでにおっさんの自覚もあって。

例えばニコ動とかね。すでにアクセスし始めて2~3年は経過してた頃だったし、頭のおかしいMADとかでゲラゲラ笑ってただけだけど、古参とは言わないまでもしっかりユーザーではあって。そこにさ、黒船来航みたいに全然よく知らないところからブームが来たじゃない。ボーカロイド。あれね。今思えば確かに革命だったよね。

あの頃はそのブームに知らず知らず乗っかってたけどさ。あれって「かねてから見知っていたプラットフォームに、若者が来てくれた、追いついてくれた」っていう見立てだったように思うわけですよ。

もちろん、最初に喰いついたのは同世代とかちょっと上の世代だったとは思うんですけど、そこにさ。「ボーカロイド面白い」って来てくれた、追いかけてきてくれた若者たちがいたから、なんていうか、成立したわけじゃん。ボカロに限らず、オタクコンテンツとかもそう。バンドだってそうかもじゃない? いやもっとそれ以外も。若い子が来てくれるプラットフォームがあり、場所があった。 

その頃そうやって、向こうから来てくれるの、めちゃくちゃ気持ち良かったと思うんすよね。なんかこう、偉そうに先輩ヅラしてたかもしんないけど、逆にだからこそ、若者の「すごさ」にも気が付きやすかった。エッなんでその齢でそんなことできるのすごい、もうおじさんはダメだねガハハ。そうやって、総じて「楽しい」が継続されてきた。

おれも、その頃はまだ、若者だったから。

実際に来てくれてた本物の若者たちから見たら、いわゆるアラサー世代だから、もうそろそろヤバいでしょって、まだその齢でやっとるんかって感じもあったと思うんですけど、「自分」はそうじゃなかったよね。自覚はおっさん寄りに持ってはいたけど、「やりたい」「楽しい」のモチベーションだけで行けてたのは、ちゃんと若かったんだと思う。しっかり若者だったよ。

そんで今よ。四十よ。

もうさ、Youtuber、Vtuber、TiKToKerじゃん。なんつーか正直ぜんぜん追えないっていうか、既視感っていうか、あこれ前にもあったな、みたいな感じで全然ハマっていかないのよ。心が。サロメ嬢はさすがに笑ったけど。あの人すごいね。なんだあいつ。

なんか、Youtuber、Vtuberのあたりはさ、「動画を見る」「配信に参加する」みたいなところは、昔のニコ動でもあったわけじゃないすか。それもあってぜんぜん目新しさとか感じなくて。

でもね。「そういった使い方を、そのプラットフォームではやったことがなかった」っていうのがあるよなーって。あの頃はニコ動がまだ新しくて、そういうところから「インターネット楽しい!」みたいなのを享受できてた気がするんですけど。

今の子たちっていうか、しっかり今、Youtube発信のコンテンツを追ってる人たちってのはもう、物心ついた頃からYoutubeっていうプラットフォームがあって、新しいも何も、「今」あるもんだから。Youtuber、Vtuberのコンテンツそのものが面白いから、楽しいから、見てるんだよなって。

いやもう強すぎ。インフラ化されたあとだから、いちいち水のありがたみに振り返らないような感じというか。「もう井戸に水を汲みにいかなくてもいいんだ~」→「は?いや別に水道あるし」みたいな差っていうか。

そんで、TiKToKなんかはもう、そもそもどういうプラットフォームなのかってよく知らないところに、急に盛り上がってきたなーって印象ですよ。何それ知らねー。知ってるけど、面白いとか楽しいってならないなーって。

そうか、そうなんだな。

そうなると、自分が若者だった、あの頃の「追いついてきてくれた!」っていう喜びが、「追い抜かれた…」みたいな、焦りのような哀しみのような感慨に変化してきてるのかもしれない。若者たちに対して。あの当時、集まってくれていたような人たちに対して。もうおれは何もできない。来てくれ、って頼むこともできない。

それなら、もうこちらから「行く」しかない。あの頃の「楽しい」を、集まってもらえる嬉しさと喜びをもう一度浴びるためには、恥も外聞も捨てて、まずはアプリなり使ってみて、コンテンツ勉強して、受け入れてもらえるように――。

……行けねー! 行けない。行けないのよ。

まずシンプルに恥ずかしい。なんというか、知ったフリも知らないフリも、もはやどちらも「恥ずかしい」じゃない。

「ティックトックわかるわかるー」「ブイチューバーとか今だれ流行ってんのー?」とかって、おっさんが若者に絡みにいく図。もう死ぬほど恥ずかしい。

なんかもう自分がそういうことやってる、というのもそうだけど、共感性羞恥っていうか、同世代くらいがワチャっとしてるのもなんだかしんどい。ビジネス利用っていうのだったらいいのかってのもあるけど、それも単なるエクスキューズのようにも感じる。だって面白いって思えないんだもの。

もう若者は来てくれないんだ、どうすっかなーって酒飲みながら、もうツイッターでゴロゴロするしかないのかなーって漠然とした絶望感を味わってました。いろいろやったけど、なんだかこう、「集まって楽しい」っていうのは、もうないんだな。

そう思ってちょっとこれ、最後に希望の話というか、おっさんならではの部分での心境の変化なんですけど。

「行く」「来る」っていう二元論じゃなく「待つ」っていうのもひとつ、状態として正常なんじゃねえかなーっていうね。

大人になったよ。もう若者じゃないよ。だからこその余裕でもって、どーんと待ってみる。ただ待つだけじゃやっぱヒマだし、それじゃしょうがねえなって、昔やったことを、もう一回やってみる。

面白いことが起こる、出会えるまで、待ちながら動いてみる。

そういうのでいいんじゃないかって。

「そうやって俺たちはいつまでも待ってた」じゃないけどさ。あの頃はただ焦燥感とか、失われていく時間への切なさとかは、確かにあったけど。俺ら世代なりの若者じゃないなりの「待ち方」ってのが、あっていいんじゃないかなーって、年明けから思うようになってきて、ちょっとラクになったよっていう話。

あー最終的にやっぱ取っ散らかっちゃった。なっが。ここまで読んでくださってありがとうございました。

なんか、まだまだ、なんかやりますので。noteもめんどくさがらずに更新するぞー。短いのでもいいよねもう。ハードル下げてこ。やってこ。動いてこ。今日はツネさんが亡くなったニュースでだいぶしんどいし、そのことは長々と書きたいけど。動いてこ。

ということで引き続き、今年もよろしくお願いします。おわりでーす。


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