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PCRについて

遺伝子工学の三種の神器といえば、DNAを切り貼りしてクローニングする技術、DNAの塩基配列を決定するSequence技術、そしてPCRである。
新型コロナウイルス感染症流行時の「PCR検査」で「PCR」という単語を耳にした人も多いだろう。

今回はPCRの話。
PCRとはPolymeras chain reactionの略称で、日本語ではポリメラーゼ連鎖反応といい、DNAの特定の領域を試験管内で大量に増幅する方法のことである。
1983年にPCR法を開発したマリスは、1993年にノーベル化学賞を受賞した。

PCRの基本的な原理は
試験管チューブの中で、鋳型となる二本鎖のDNA、増幅したい目的のDNAの両端に対応する2つの一本鎖合成DNAのプライマー、バッファー、dNTPs(dATP、dGTP、dCTP、dGTPのmix)、ポリメラーゼと呼ばれるDNA合成酵素を混ぜて、
 ① 100℃近くまで混合液を温めて、二本鎖のDNAを変性させて一本鎖にする。
 ② 急激に冷却して、プライマーと呼ばれる短い相補的な一本鎖DNAを貼り付ける。
 ③ ポリメラーゼでプライマーの3’端にdNTPを繋げていき、相補鎖を伸長する。
①〜③の過程を繰り返すことによって、微量のDNAを増幅する技術である。

特に、熱変性過程でも失活しない好熱菌由来の耐熱性DNAポリメラーゼが用いられるようになってから、PCRが幅広く利用されるようになった。

原理的には、サンプル中に1分子でも含まれていれば、2のn乗で増幅することができるので、検出可能である。

増幅の過程で蛍光物質を取り込ませて検出することによって、あるいは蛍光ラベルしたプローブをハイブリダイズさせることによって、リアルタイムで定量的にPCR産物量の増幅を測定することできる。

DNAやウイルス、細菌などの有無の確認、遺伝子のクローニング、DNA断片(PCRアンプリコン)のシーケンス、SSLPやCAPSマーカーなどによる変異や多型の検出、遺伝子発現の解析などさまざまな用途に用いられています。

新型コロナウイルスSARS-CoV-2(COVID-19)のPCR検査について、世間では少なからず拡充を求める意見があるが、①検査の精度、②検査結果から得られるメリットの2つの点から個人的には微妙と思っている。
濃厚接触者など必要な人が検査を受けられないというのは論外だと思うが、一方でPCR信仰にも似たPCR万能主義みたいなものも、それはそれで違うと思う。

前述のように、PCRはサンプル中に1分子でもDNAが含まれていれば増幅して検出できる非常に感度の良い方法である。
だが、例えば喉の奥の方にウイルスがいるようなケースでは、鼻を拭ったサンプルからは検出されない。粘膜にはDNAやRNAなどの核酸を分解する酵素がたくさん含まれているので、PCRで増幅する前に核酸が分解されてしまい検出されないこともある。すなわち、必ずしも感染者から得られたサンプルにウイルス由来のRNAが含まれているとは限らない。よって、本当は「陽性」であっても「陰性」と判定されてしまう(「偽陰性」)。
また、逆に非常に感度の良い方法のなので、1分子でもコンタミしてしまえば、本当は「陰性」でも「陽性」と判定されてしまう(「偽陽性」)。Ct値だけで判定すると、夾雑物による増幅を陽性とカウントしてしまうエラーもある。
以上の理由から、実際のところ、精度は5〜7割くらいではないかと言われている。特に、本当は「陽性」なのに「陰性」と判定される「偽陰性」で出歩いて、感染を広げてきた例はたくさんあるので、あまり信用しない方がよい。

もう一つのPCR検査の問題点は、検査で「陽性」とわかったところで、特効薬がなく対処療法しかなければ、どっちにしろ安静にして寝ておくしかない。なんら治療法が変わらないのであれば、コストをかけて検査をしてもあまり意味がない。

PCR検査によって、新型コロナウイルス感染症の流行のトレンドを知ることはできるが、それなら抗原検査や下水に含まれるウイルス量の推移からでも知ることができるので、わざわざ大量スクリーニングをPCRで行う意味があるかというと、極めて微妙な気がしている。PCRの利点を挙げるとすれば、PCRで増幅したDNA断片の塩基配列を決定することによって変異を同定することができ、いち早くワクチンの開発などの対策を講じることができるということでしょうか。


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