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【最近読んだ論文の備忘録】Uncovering the transcriptional regulatory network involved in boosting wheat regeneration and transcription

Liu et al., 2023
https://www.nature.com/articles/s41477-023-01406-z.epdf

一般的に、動物では生殖細胞やiPS細胞、トカゲの尻尾やプラネリアの細胞などを除いて、一度分化した細胞は他の細胞に分化することはできません。それに対して、植物では一度分化した細胞から再び他の細胞を再分化させることができ、個体を再生することも可能です。と一般的に述べられていますが、実際には容易に再分化が可能な植物種はシロイヌナズナやタバコなどに限られています。

遺伝子組換えやゲノム編集などの植物バイオテクノロジー分野では、カルスや未分化の胚に遺伝子を導入し、遺伝子導入した細胞を選抜して再分化させることにより、形質転換体植物を得る手法が一般的です。しかし、穀物であるコムギなどの単子葉植物では、植物体の再生効率が低いため、遺伝子組換えやゲノム編集による新規作物の開発は困難を伴います。

植物体の再生は、オーキシンを豊富に含むカルス誘導培地(CIM)におけるカルス誘導と、その後にサイトカイニンを豊富に含むシュート(地上部)誘導培地(SIM)におけるシュート誘導の2つの段階で行われます。シロイヌナズナやタバコでは、葉、胚軸、プロトプラストなど、さまざまな器官からカルスを誘導することが可能ですが、コムギなどの単子葉植物では、未分化の胚など一部の組織のみからしかカルス形成を誘導することができません。この違いは、穀物の成熟組織には再生能力のある細胞が存在しないためであり、シロイヌナズナの成熟した器官とは異なることに起因します。例えば、シロイヌナズナでは根の維管束の内鞘細胞が再生能力を保持しており、CIM上では内鞘細胞から側根形成過程を経てカルスが生じ、カルスがSIMへ移されると、根の幹細胞遺伝子群の発現が抑制されるとともに、茎頂分裂組織の形成維持に関与する遺伝子群の発現が活性化されて、カルスがシュートへと変換されます。シロイヌナズナの再生過程には、転写因子群の連続的な発現とエピジェネティクスな調節が関与しています。

単子葉植物の再生はより困難ですが、近年、いくつかの遺伝子を導入することで再生効率を向上させることが報告されています。BBMとWUS2の過剰発現は、トウモロコシ、イネ、ソルガムで、WOX5やGRF4-GIF1はコムギでカルスからシュートへの変換効率を向上させます。これらの報告にもかかわらず、穀物における再生プロセスの分子メカニズムはまだよく理解されていません。

この論文では、コムギの中で最も形質転換が容易な品種であるFielderを再生過程を研究するための材料として、シュート再生過程で系時的にサンプリングを行い、RNA-Seqライブラリー、ATAC-seqライブラリー、ヒストン修飾(H3K27me3、H3K4me3、H3K27ac)用CUT&Taqライブラリーを作製して、コムギのシュート形成における転写とクロマチンダイナミクスを解析しました。コムギのシュート再生過程では、発芽後約14日の未熟胚の摘出片をday 0としました。誘導3日後(day 3)で組織片は細胞分裂を開始し、カルスを形成しました。誘導6日後(day 6)、カルス表面は隆起し始め、9日後(day 9)には隆起した突起が支配的かつ密になり、茎頂頂端分裂組織(SAM)の前駆体の形成が始まりました。誘導12日後(day 12)には、カルスから数層の細胞が剥離し、カルス表面付近の突起は発達を続け、多くのSAMが形成されました。

トランスクリプトームプロファイルの解析によって、再生過程において全ゲノム中の37%のコード遺伝子の遺伝子発現の変動を確認し、広範なトランスクリプトームのリプログラミングが生じていることがわかりました。エピゲノムデータの比較では、オープンクロマチン、H3K27ac、H3K4me3などの活性型クロマチンは互いに正の相関を示し、抑制型ヒストンマークH3K27me3は負の相関を示しました。オープンクロマチンとH3K27acのピークは主に転写開始点(TSS)付近にあり、H3K27me3とH3K4me3は遺伝子全体に分布していました。高発現遺伝子は一般にアクセス可能なクロマチン状態にあり、H3K27ac、H3K4me3が多く、逆に、低発現遺伝子または全く発現していない遺伝子は、H3K27me3でマークされた不活性型クロマチンの特徴を示していました。このことは、コムギのシュート再生プロセスを形成するクロマチンアクセシビリティのダイナミズムを浮き彫りにしています。

コムギのシュート再生時の転写動態を理解するために、発現変動を示す遺伝子(DEG)を6つのクラスターに分類しました(C1, day0で直ちに誘導されるもの、C5, day3で一過的に誘導されるもの、C6/C2, day3以降ダラダラと発現するもの、C3/C4, day6-9-12で発現するもの)。まず、C1での LEAFY COTYLEDON 2 (TaLEC2)などの胚決定遺伝子が阻害される脱分化が再生の第一条件であることが示されました。オーキシン処理後のday 3で、TaWOX11、WOUND INDUCED DEDIFFERENTIATION 3 (TaWIND3)およびDOFファミリーのいくつかが、迅速かつ一過的に活性化されました(C5)。一方、tRNAのプロセシング、rRNAの代謝過程、細胞分裂に関連する遺伝子群はオーキシン添加後の過程で持続的に活性化されており、細胞増殖と翻訳が再生過程で常に活性化されていることも明らかになりました(C6/C2)。オーキシン処理後に順次活性化されるものとしては、E2F TRANSCRIPTION FACTOR D(TaE2FD)、BBM、AUXIN RESPONSE FACTOR 5(TaARF5)などの細胞周期、細胞分裂およびオーキシン応答関連遺伝子が誘導された(C3)後に続いて、TaLBD17、BEARSKIN 1(TaBRN1)、NAC DOMAIN CONTAINING PROTEIN 21(TaNAC021)、WOX5、SHORT ROOT(TaSHR)、YABBY1(TaYAB1)といった根およびシュートの発生に関連している遺伝子群の発現が誘導されました(C4)。

コムギの新芽再生期における転写プロファイルと協調したクロマチン動態を調べたところ、コムギの新芽再生過程における転写動態は、主にクロマチンアクセシビリティの変化と協調しており、部分的にはコムギの新芽再生過程で活性化される遺伝子のH3K4me3獲得またはH3K27me3喪失と協調していることが明らかとなりました。コムギのシュート再生におけるオーキシンとサイトカイニンの役割に着目してトランスクリプトームとエピジェネティクスデータを調べてみると、day 3でカルスにおける内因性オーキシンの再分布に関与しているオーキシン輸送遺伝子が高発現し、オーキシンシグナル伝達経路に関与する遺伝子が、day 6-9-12期間中に活性化されることがわかりました。オーキシン応答エレメント(AuxRE)が近傍のオープンクロマチン領域に存在しオーキシン散布後に発現が上昇する遺伝子に着目すると、メリステムアイデンティティ遺伝子、サイトカイニン合成・シグナル伝達遺伝子、オーキシン合成・輸送・シグナル伝達経路遺伝子の3つの主要なグループを含む9,471個の標的遺伝子が同定されました。メリステムアイデンティティ遺伝子が含まれていることはオーキシンシグナル伝達がカルス誘導プロセスを駆動していること、サイトカイニン合成・シグナル伝達遺伝子が含まれていることは、オーキシンシグナルがサイトカイニン経路を活性化し、後の器官分化プログラムを始動させることを示唆しています。オーキシン合成・輸送・シグナル伝達経路遺伝子の発現は、異なるステージでオーキシン濃度とシグナル伝達のバランスを維持する役割を果たしている可能性を示しています。興味深いことに、いくつかのオーキシン輸送およびシグナル伝達経路遺伝子は、B-ARRとARFの両方によって制御されており、オーキシンとサイトカイニンシグナル伝達のクロストークによって、後の器官分化が導かれていることがわかりました。

ATAC-seqのフットプリントによりオープンクロマチン領域を解析すると、その半数近くがシロイヌナズナのTF結合モチーフと一致ししていました。トランスクリプトームプロファイルと相関して、LEC2、DOF5.6、WOX11、BBMなど、植物再生に関与する既知の調節因子のTF活性が有意に変化していました。その結果から転写制御ネットワークを推察し、1,766個のTFが介在する31,272個のノードと8,856,326個のエッジを含むネットワークを得ました。 このうち、シロイヌナズナのオルソログTFと標的遺伝子の間ので1,253の制御関係は、酵母モノハイブリッドシステム検証されています。このネットワークモデルを時間軸でシミュレーションしてみると、予想されたように、各クラスター内のTFは、自身のクラスター内の標的遺伝子を制御することができると同時に、クラスターC5-C6-C2-C3-C4の間には、一般に遺伝子発現の時間軸に沿った順次的な制御関係が見いだされました。それぞれのクラスター内の遺伝子は、同じクラスター内のTFによって制御されており、また後に発現したクラスター内の遺伝子は、前に発現したクラスター内のTFによって制御されています。その中で、合計446のコアTFを抽出し、AP2、ERF、HD-ZIP、DOF、G2-likeおよびNACファミリーが非常に多く含まれていることがわかりました。彼らのモデルでは、TaWOX11、TaDOF5.6およびTaWIND3が最初に活性化され、次にTaBBM、TaAIL5およびTaSCRを活性化してカルス形成を促進します。

コムギとシロイヌナズナのデータを比較したところ、カルス誘導では、ほとんどのDEGがオルソログ遺伝子を持ち、35%だけが種特異的であることがわかりました。どちらの植物種でもWOX12は根の分裂細胞が作られる時期、WOX5は根の分裂期に発現することが推定されました。全体として、コムギとシロイヌナズナのカルス誘導プロセスは保存されており、同じ誘導ステージのサンプルは、同じ種内の異なる誘導ステージよりも、2つの種間でより類似していました。しかし、いくつかの再生因子はコムギとシロイヌナズナで発現パターンが異なっており、TFのモチーフ活性も異なっていました。特に、カルス誘導初期にオーキシンによってday 3に一過性に誘導されるC5には、異なる発現パターンを持つオルソログ遺伝子が多く存在していました。例えば、DOF5.6の活性スコアおよび発現レベルはコムギではカルス誘導の初期段階で上昇するが、シロイヌナズナでは後期段階で上昇します。オーキシンによって一過的に誘導される時期のシロイヌナズナのクラスターにはDOF ではなく、LBDファミリーとNACファミリーが多く含まれていました。 LBDの過剰発現はシロイヌナズナの再生プロセスを促進することが報告されています。

そこで、コムギのカルス誘導初期に種特異的に発現するTFとしてDOFファミリーに着目し、コムギ品種Fielderの未熟胚からの再生のために、TaDOF5.6またはTaDOF3.4のいずれかを共形質転換しました。TaDOF5.6およびTaDOF3.4の共形質転換は、カルス誘導効率を52%から88%および85%へ、形質転換効率を26%から50%および55%へ、それぞれ有意に増加させることができました。さらに、Jimai 22(JM22)やKN199のような再生が困難なコムギ品種でも試験を行いました。TaDOF5.6およびTaDOF3.4の共形質転換は、これら再生困難かコムギ品種でも形質転換効率を増加させることが確認できました。TaDOF5.6とTaDOF3.4は、LBD、YAB、SCARECROW-LIKE 27(SCL27)などの根やシュートの分裂組織形成に関連する遺伝子の発現を直接制御していました。TaDOF5.6およびTaDOF3.4は、根およびシュート分裂組織の発達を促進することにより、コムギのシュート再生効率を高める新規なブースターとして機能します。

遺伝子形質転換の成功の鍵は元の細胞組織の再生能力です。コムギのシュート再生過程においてはシロイヌナズナと同様にエピゲノミックな制御が深く関わっており、クロマチンアクセシビリティと転写制御は連続的に共制御されていました。本論文では、シロイヌナズナの既知の再生因子のオルソログ遺伝子40個を含む、合計446個のコアTFによる転写制御ネットワークが見出されました。その制御はオーキシンシグナル伝達や根の発達に関連する遺伝子の制御に影響を及ぼす可能性が示唆されています。コムギの再生過程とシロイヌナズナの過程の比較解析によって、特定の転写因子群ネットワークが再生を促進することが明らかになりました。基本的な分子ネットワークは類似していましたが、カルス誘導の初期課程でシロイヌナズナではLBDやNAC転写因子が再生を促進することが示されているのに対して、コムギの再生課程ではDOFおよびG2-likeが誘導されていルことが特徴的でした。本論文では、マルチオミクスデータの統合によって、コムギの再生過程の転写制御ネットワークとエピゲノムのダイナミクスが明らかにされ、形質転換効率を向上させるための新しいアプローチが提案されています。例えば、再生効率の低い他のコムギ品種において446のコアTFはどうなっているのかをゲノム比較解析(446のコアTFコード領域とオープンクロマチン領域の配列の比較)したところ、247遺伝子にコーディング領域の変異があり、188遺伝子に制御領域の変異があることがわかりました。特に、WOX、C2H2およびNACファミリーの3つのTFの遺伝的変異は、分化したカルス率と相関していました。将来これら遺伝子群を組み合わせて導入してやることによって、コムギの再分化効率をより高めることが可能となるかもしれません。

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雑感

再分化過程における遺伝子発現とエピジェネティック制御の関係は、植物や動物の細胞の再生や発生過程で重要です。DNAメチル化やヒストン修飾によって、転写が制御され、必要な遺伝子だけが活性化されます。今回の研究と同様の再生分化の過程での遺伝子発現とエピジェネティック制御の動態は、すでにシロイヌナズナやイネでも解析されているが、カルス誘導時に一部異なる転写ネットワークが働いているのは興味深い。

今回の研究は、形質転換効率が低いコムギで再分化過程を研究するため、形質転換が相対的に容易なフィルダー品種を用いています。この選択は、効果的な研究を可能にするための重要なポイントであり、形質転換効率の高い植物種であれば車輪の再発明のような結果しか予想されないだろうし、形質転換効率の低い品種を使うと再分化過程での解析は不可能であろう。

ここでは、コムギとシロイヌナズナの再生過程の違いが、カルス誘導初期の転写因子の違いによる可能性が示唆されています。コムギの形質転換困難の原因はカルス誘導の難しさと関連しており、この研究結果がその認識と一致しています。

一方で、形質転換が上手くいかない多くの植物では、未分化胚から正常な地上部が成長しづらい場合があります。実際にシロイヌナズナやトマトでも幼葉がたくさんできた後にそこから完全な地上部が出てこないことがあります。地上部が出てこないケースでは、また別の転写因子群が影響を及ぼす可能性が考えられます。

植物体由来のカルスは無秩序な細胞の塊ですが、どうやって秩序だった器官が形成されるのかや、地上部の成長が制御される仕組みについては未解明の部分が多いです。今後の研究でさらなる洞察が期待されます。

あと、どうでもいい話ですが、形質転換の困難な植物に遺伝子を導入して形質転換効率を向上させる手法はどの程度の植物まで応用可能なのでしょうかね?
効率が低いもののなんとかして遺伝子を導入できる場合には、例えば今回のDOFなどを導入して形質転換効率を向上させることは可能だが、本当に形質転換ができない植物では難しそうですね。


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