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【最近読んだ論文の備忘録】Comparative phylotranscriptomics reveals ancestral and derived root nodule symbiosis programmes

Libourel, C., Keller, J., Brichet, L. et al. Comparative phylotranscriptomics reveals ancestral and derived root nodule symbiosis programmes. Nat. Plants (2023). https://doi.org/10.1038/s41477-023-01441-w

最近、窒素固定共生関連の論文を読んだので、メモ。

植物微生物間の相互作用は、植物の進化と多様性に大きな影響を与えています。たとえば、アーバスキュラー(AM)菌根菌との共生関係は約4.5億年前に起こり、植物の陸上進出に重要な役割を果たしました。その後、植物は真菌や細菌とさまざまな共生関係を築いてきました。特に、マメ科植物で代表的に見られる根粒菌やフランキアとの窒素固定共生関係は、空気中の窒素を固定できない植物が窒素を効率的に吸収するために重要です。窒素固定共生を行う植物は、主にマメ目に属する17,000種以上が知られており、他にもバラ目、ブナ目、ウリ目の植物でも230種ほどが見つかっています。これら4つの目は、窒素固定クレードとしてグループ化されます。

これまでの研究では、窒素固定共生は約1億年前に窒素固定共生クレードの起源となる植物で獲得され、それ以降、窒素固定クレードに属する非共生性の植物は進化の過程で重要な遺伝子群を失ってきたとされています(ゲノム塩基配列を比較解析した論文、Greismann et al., 2018)。しかし、窒素固定共生の祖先型植物での共生メカニズムやその後の窒素固定共生に関わる多様な植物微生物間相互作用の形成過程については、ほとんど解明されていませんでした。

この論文では、窒素固定クレードに属する9つの植物種において、共生関係形成過程での遺伝子群の転写動態を包括的に解析しました。窒素固定共生関連遺伝子群の共通の発現変動によって祖先的な植物種での窒素固定のメカニズムを推定し、逆にユニークな遺伝子群の転写動態によって窒素固定共生の多様性がどのようにして進化してきたのかを推察しました。

まず、マメ目の非窒素固定共生植物であるジャケツイバラ科に近縁の窒素固定共生植物であるオジギソウ(M. pudica)に焦点を当て、そのゲノム配列を解析しました。また、オジギソウとルピナス(Lupinus albus)の根粒形成過程での遺伝子発現動態を調べました。根粒形成をもたらすバクテリアには、オジギソウにはCupriavidus taiwanensis、ルピナスにはBradyrhizobium sp. 1AE200を用いました。さらに、公開されているデータベースから他の植物種の根粒形成過程のトランスクリプトームデータも取得し、9種類の窒素固定共生植物種の遺伝子発現を比較しました。

その結果、共通して759オーソロググループ遺伝子群の発現が上昇して、1,493オーソロググループ遺伝子群の発現が抑制されていることがわかりました。それら窒素固定共生に関連する遺伝子群のうち、側根形成やAM菌共生に関与する遺伝子群を除いた406/1,004(up/down)オーソログ遺伝子群が窒素固定共生に特有的であることがわかりました。窒素固定共生のメカニズムは菌根菌との共生から進化したと考えられ、また植物の側根形成メカニズムを活用していることから、これらに関与する遺伝子群に加えて、窒素固定共生特有の遺伝子群(の発現制御)を獲得することによって、祖先型植物における窒素固定共生が獲得されてきたものと考えられます。

窒素固定共生には、共生菌が分泌するNOD因子に対応する機構、根粒形成、バクテリアを根の根粒組織に受け入れる機構、シンバイオソームの形成維持、そして窒素固定の5段階の過程が含まれます。そこで、過去の研究で単離されている、非共生性の土壌細菌Ralstonia solanacearum GMI1000にオジギソウの自然な共生体の1つであるC. taiwanensis LMG19424の共生プラスミドpRaltaを導入し変異を生じさせた変異株シリーズ(hrcV、hrpG、hrpG-efpR)を用いて、また、C. taiwanensisのnifH変異体を用いて、根粒形成過程での転写動態を解析しました。

バクテリアに共生プラスミドpRaltaを導入し、バクテリア側のType III分泌機構を抑制するような変異を起こさせるだけで、Ralstonia のオジギソウへの感染は生じます。hrcVでは感染が生じるだけで菌が細胞内へ入っていくことはありませんが、hrpGでは根粒が形成され、菌が細胞内へ入ることが可能です。hrpG-efpRの変異だと不安定ですがシンバイオソームができてきます。C. taiwanensis nifHではシンバイオソームが形成維持されますが、窒素固定は行われません。

これらの変異株を用いた実験により、pRaltaの導入によって植物側の防御機構遺伝子群が抑制され、バクテリア側のType III分泌機構を抑制するhrcV、hrpG、hrpG-efpRの変異によって、自然な根粒共生形成時に誘導される60%以上の遺伝子発現がすでに誘導され、50%近くの遺伝子群の発現が抑制されることがわかりました。さらに、nifHやCupriavidus taiwanensisとの共生では発現変動する遺伝子群が増加していることが分かりました。興味深いことに、nifHやCupriavidus taiwanensisとの共生では窒素固定共生クレードやマメ目で共通する遺伝子群の増加はほとんど見られず、代わりにオジギソウ特異的なものやマメ目で共通していないオーソログ遺伝子群の発現が増加していることが明らかになりました。この結果から、共生菌の認識や根粒形成などの一部の遺伝子群は9つの植物種で共通していることが示されましたが、シンバイオソームの形成維持に関与する遺伝子群はオジギソウでユニークであることがわかりました。

実際に、公開されている9つの植物種のトランスクリプトームデータを解析し、誘導される遺伝子群についてどの進化ノードで発現プロファイルが分岐してきたかを共生応答全体と比較すると、オジギソウの根粒感染と器官形成、そして窒素固定に関与する遺伝子群(DEOGs)の多くは、共通の祖先やマメ目で保存されていました。一方、シンバイオソームに関与する遺伝子群はオジギソウ特異的、またはタルウマゴヤシ(M. truncatula)特異的なものが多いことが判明しました。これにより、窒素固定共生においては、感染、根粒形成、窒素固定の過程については共通の祖先を持つことが示唆される一方で、シンバイオソームの形成維持に関連する遺伝子群には多様性が見られることが明らかになりました。これらシンバイオソームに関するオーソグループ遺伝子群の多様性が植物微生物間の認識の特異性や根粒共生タイプの多様性、結果的に同様の窒素固定共生の収斂進化をもたらした可能性が示唆されます。

シンバイオソームに関連して誘導される遺伝子群の解析から、タルウマゴヤシとオジギソウに共通して短いシグナルペプチドが多く含まれていることが判明しました。しかし、それらシグナルペプチドは、タルウマゴヤシではシステインを多く含むものが多く見られる一方、オジギソウではプロリンを多く含むものが多いことも示されました。タルウマゴヤシのシステインリッチのシグナルペプチドはnodule cysteine-rich(NCR)ペプチドとして知られており、抗菌作用を持つことが知られています 。一方でオジギソウのプロリンリッチペプチドの機能は特定されていません。シンバイオソームに関連する分泌ペプチドは、少なくとも二つの独立したが類似した分子過程によって進化したことが明らかになりました。

最後に、これらの研究結果によって、窒素固定共生においては共通のメカニズムと種特異的なメカニズムが重要な役割を果たしていることが明らかになりました。特に、シンバイオソームに関連する遺伝子群の多様性は、窒素固定共生の進化と多様性に寄与している可能性が高いと考えられます。また、本研究成果で得られたリストは窒素固定共生のエンジニアリングにおいて鍵となる候補遺伝子の優先順位の決定に役立つことでしょう。

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感想

まず、オジギソウゲノムについて。
4倍体、染色体52本、797.25 Mb、シロイヌナズナの6倍(ヒトゲノムの1/4)
研究の前段階としてプレリミナリー実験でゲノムを読む時代になったんだなぁーという印象。
余談だが、確かオジギソウの概日リズムは左右の葉で独立でカップリングしていなかったはずなので、光応答や時計関係の遺伝子群の比較も面白そう。あとは葉の開閉運動に関するカルシウムイオンチャンネルとか…

バイオインフォマティクス関係について。
ベン図で窒素固定共生特有の遺伝子群や菌根菌共生、側根形成とオーバーラップする遺伝子群を示しているが、窒素固定共生と菌根菌共生で共通のはずの遺伝子が窒素固定共生特有の遺伝子リストに含まれていたり、菌根菌共生と側根形成に関与する遺伝子群のオーバーラップが意外と多かったり、微妙に謎。窒素固定共生と菌根菌共生はもっとオーバーラップしているかと思っていたが意外と少ない。もっとも、公的データベースからダウンロードしてきたデータと実際の実験条件が異なるので単純な比較ではこういうことはありそう。閾値をどこで切ったかも影響しているのかも?窒素固定共生特異的遺伝子群がおよそ400 DEOGsとなっているが、実際にはもっと少ないかも。さらに転写因子によって二次的に発現誘導がかかっているものも含まれると思われるので、意外と少ない遺伝子群のスイッチで窒素固定共生は獲得されたのかもしれない。

植物と微生物の関係は微妙なバランスで成り立っている。植物側からすれば、害のある病原菌は免疫機構で排除したいし、一方で養分を供給してくれる菌は積極的に受け入れたい。植物側はフラボノイドやサッカロイドを放出し、共生菌側はNOD factorを放出し、それらシグナルを介した相互認識が共生と根粒形成の開始点となる。その後、植物側の遺伝子が動き出し、根粒菌が植物細胞への侵入が進行して、共生状態の根粒(バクテロイド)の窒素固定活性を支えるためにさらに植物側の遺伝子群が発現してレグヘモグロビンを含むシンバイオソームができる。以前の論文だが(Marchetti et al., 2010 and 2014)、非共生性の土壌細菌Ralstonia に共生プラスミドpRaltaを導入し(nod遺伝子を含む)、菌のType III分泌系遺伝子を破壊しただけで、ある程度共生関係が進むのは興味深い。これはCupriavidus taiwanensisとRalstonia solanacearum の系統関係がたまたま近くて特殊な例なのか、他の菌でも汎用性があるのか?

窒素固定共生は主にマメ科植物で見られるが、他にもマメ目、バラ目、ブナ目、ウリ目の植物種で幅広く見られる。単純に窒素固定共生というけれど、根粒菌と共生するものもあるしフランキアと共生するものもあるし、広域宿主菌もいれば、特異的な宿主とだけ共生する菌もいる。根粒の形も有限根粒(determinate)と無限根粒(indeterminate)があり、さらに、葉緑体上のInverted repeatを失った植物クレード(Inverted Repeat Lacking Clade)に属するタルウマゴヤシやエンドウなどではNCRペプチドを発現して根粒菌の増殖を抑えた上で共生する(相利共生というよりもむしろ搾取だな)。それら植物種の系統樹上の関係はパッチ状に混在しており、シグナルペプチドの違いがその多様性の要因の一つで、違うシグナルペプチドを使った収斂進化かもというのは新しい説なのか?さもありなんなのか?

インフォマティクスの詳細が書かれていない部分もあるので、よくわからない点もあったが、有益な情報も多くて勉強になった。

Libourel et al., 2023より

Greismann et al., Science 361, 144 eaat1743 (2018)
Marchetti et al., PLOS Biology 8, e1000280 (2010)
Marchetti et al., MPMI 27, 956-964 (2014)

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