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膝浜~掛け合いで使ったテキストを(夏バージョン付)~

「膝浜」(原作:古典落語「芝浜」 膝入れ:今井雅子、編集:関成孝)

オリジナル

CHリプレイ

初演(2022年2月)

再演(2022年6月4日)

2022年6月4日に、膝枕1周年記念フェスで再演させていただきましたありがとうございました。

三度目(2022年8月3日)

2022年8月3日、Yukoさん一周年記念のご挑戦ということで、膝浜のお相手を務めさせていただきました。

解説


年が明けても「膝浜」の朗読が続いてます。素晴らしい話にうまく膝が嵌り、根強いファンで支えらているのを改めて感じます。先日、suzuさんと掛け合いで読ませていただいたときには、久五郎は、単細胞で浅慮、瞬間湯沸わかし器のように反応する子供のような江戸っ子らしい江戸っ子、女房はそんな久五郎をささえるしっかりものの姉さん女房という設定で演じさせていだきました。

その際、今井先生のお許しをいただき、オリジナル・テキストに加筆変更を加えさせていただきました。より江戸弁らしいリズムを出そうとしたものであって内容の変更はありません。色分けをしたかったのですがnoteではできないため、加筆変更箇所を太字にしてあります。なお、演じるにあたって加えたト書きを()の中に入れてあります。また、「ひ」が「し」に近い発音になるように読ませていただきました。けっして「し」とはっきり言っているのではなく、口の中の舌の位置や緊張感を曖昧にして出てくる音で語らせていただきました。いろいろな演じ方があるとは思いますが、多少でもご参考になるなら嬉しく思います。

また、夏になっても人気の演目であるため、お盆休みを大晦日に例えて夏バージョンを用意いたしました。

再演の際には、一周年記念フェスということで『枕』を加えさせていただきました。


本文


語り「江戸の昔、膝屋の久五郎(ひさごろう)という男がおりました。膝屋というのは、浜に流れ着いた膝枕を拾い集め、磨いて売り歩くという商売。久五郎が手をかけた膝枕は、色と艶が増し、眺めるも良し、枕にするももちろん良しで、新品よりも高い値がつく人気。ところが、この久五郎、困ったことに大変な酒好きで、呑むと仕事が雑になり、浜に行くのも面倒になる。そうこうするうちに、一年も押し詰まってまいりました」


女房「(亭主を蹴っ飛ばす勢いで)おまえさん、起きとくれよ。 ちょいと! おまえさん!」

久五郎「おい、こら、布団をはぐなよ! 亭主を叩き起こしやがって、いったい どういうつもりだ?」

女房「どうもこうもないよ。 浜に行って、膝を取って来ておくれよ。おまえさんが膝を売ってくれないと、釜のフタが開かないんだよ」

久五郎「釜のフタが開かねえ? 鍋のフタ開けときゃいいじゃねか」

女房「くだらないこと言ってないでさ。もう年の瀬だよ? 大晦日になったら、掛け取りが大勢来ちゃうよ。このままじゃ年を越せないよ」

久五郎「うるっせえなあ。 ゆんべの酒がまだ抜けねぇんだ。 今日は休みだ。明日(あした)から行くよ」

女房「明日(あした)、明日。そう言って、もうひと月になるじゃないか。おまえさん、ゆんべのこと忘れたのかい? これ以上酒屋さんのツケを増やすわけにはいかないってあたしが言ったら、 おまえさん、明日(あした)からちゃんと働く、だから今夜は飲みたいだけ飲ませてくれ、そう言ったじゃないか」

久五郎「わかったよ。行きゃあいいんだろ行きゃあ。いや……けどダメだ。俺もうひと月も休んじまってんだ。商売道具だって使い物にならねぇだろうよ」

女房「何言ってんだい。 あたしは昨日や今日膝屋の女房になったんじゃないんだよ。膝を磨くやすりもちゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んで、イキのいいサンマみたいに(言葉を返せないようにきっぱりと)ピッカピカ光ってるよ」

久五郎「よく手が回りやがるなぁ。しゃあねえ、行くか」

女房「まっすぐ帰って来るんだよ。途中で一杯引っかけるんじゃないよ」

久五郎「うるっせえなぁ。こんな夜も明けねぇうちからやってる飲み屋なんかあるもんか。(歩きながら)うぅ、さぶい。 今時分(いまじぶん)仕事してるのなんざ、膝屋(しざや)か泥棒ぐらいのもんだ。膝屋なんて大して儲からねぇんだからなぁ。運良く膝を拾えるかどうか、行ってみなくちゃわからねぇ。ん? おかしいな。浜に膝屋が誰もいないじゃないか。まさか、俺が来る前に、膝をさらい尽くしたのか? いや、空がまだ暗い。膝が流れ着くのは、明るくなってからだ。ん? 鐘の音だ。今いくつ鳴った? 四つ、五つ、六つ・・(気づいて)かかあの野郎、刻(とき)ひとつ間違えて起こしやがったんだ! 見ろ、今ごろ沖のほうが白んできやがった。おてんと様のお出ましだ。 (柏手を打ち)おてんと様、今日からまた商いに出ますんで、 どうかひとつ、またよろしくお頼み申します。ん? 水ん中で何か揺れてんな。 早速、おてんと様のご利益か?」


語り「水の中からよっこらしょと引き上げた久五郎、思わず『枕!』と叫ぶなり、それを小脇に抱え、一目散に家に舞い戻ります」

久五郎「(戸をドンドン)おっかあ! 開けろ! 俺だ! 早く開けろ!」

女房「おまえさん、もう帰って来たのかい?」

久五郎「ちょっとこっち来て座れ。おめえ、今朝、刻(とき)間違えて起こしやがったろ?」

女房「ごめんよおまえさん。 すぐに気がついたんだけど、おまえさんもうずいぶん先まで行っちゃってて

久五郎「それはもういいや。 浜に着いたら、他(ほか)の膝屋もいねぇし膝(しざ)も流れ着いていねぇ。 そこにようやく、おてんと様が昇ってきてよぉ、水ん中に、なんか、ゆらゆら揺れてんだ。 なんだろうと思って取り上げてみたらよ……こいつだったんだ」

女房「ずいぶん汚い膝だねえ」

久五郎「ただの膝じゃねえ。よく見ろ、ここを

女房「まあ、なんと! この膝、徳川様の御紋がついてるじゃないか」

久五郎「膝屋の女房のくせして、気づくのが遅ぇんだよ。行方がわからなくなってた殿様の膝枕(しざまくら)だよ!」

女房「たしか、見つけた者には褒美を取らせるって」

久五郎「ああ。金百三十(しゃくさんじゅう)両って話だ」

女房「ひゃ、百三十両!」

久五郎「今頃腰を抜かしてやがる。俺にもようやく運が向いてきやがった。早起きは三文の得、なんて言うけどよぉ、 三文どころじゃねぇや、百三十両も得しちまったよ」

女房「おまえさん、この膝を金に換えて、どうするつもりだい?」

久五郎「そりゃあバンバン使うさ。金なんてものは、しまってたって増えやしねぇんだぜ。百三十両もあれば、毎日遊んで、酒飲んで、おつりが来るってもんだ」

女房「おまえさん、それ本気で言ってるのかい?」

久五郎「当ったり前じゃねえか! 毎日毎日暗いうちから起きて膝を仕入れて磨いて売り歩いて、 それでいくらになるってんだ? なんだよ、暗い顔しやがって。なにも俺一人が飲み食いするのに使ったりしねえよ。 おめえにもさんざん苦労かけたからよ、なんでも好きなもん買ってやる

女房「そういうことじゃなくってさ……」

久五郎「おめえも、そんなボロなんざ脱ぎ捨てて、派手に着飾りてぇだろ? 呉服屋行ってよぉ、着物から帯からかんざしから全部パーッと買っちまおうぜ。それからよ、ふたりで京やら大坂やら見物したりよ、 湯治場(とうじば)巡りしたりして、 面白おかしく暮らそうじゃねえか。いやー、めでてえなあ。 おぃ、酒出してくれよ。祝い酒だ」

女房「こんな朝っぱらから呑んで……今日は、もう浜に行かないのかい?」

久五郎「なんだよ、浜って?」

女房「膝の浜に決まってるじゃないか」

久五郎「何言ってんだ? 百三十両が転がり込むんだよ? もう膝なんて拾わなくたっていいんだ。くだらねえこと言ってねぇで酒持って来い!」

女房「はい、はい。これで最後だよ(大きな音でドン!と置く)」

久五郎「なんだよ、めでてえ気分にケチをつけるんじゃねぇよ。(呑んで)はー、旨ぇ、仕事の心配しねぇで呑む酒はうめえなぁ。そうだ、百三十両ってぇ大金が転がり込むんだ。 もっといい酒と食いもんをあつらえようじゃねぇか。なじみの連中にも声かけて、気前のいいとこ見せてやるか!」


語り「さあ、いい気になった久五郎。酒だ、刺身だ、天ぷらだと大盤振る舞い。若い衆を大勢呼んで、ドンチャン騒ぎ。酔いが回って、高いびき」

女房「(さいしょよりもっと激しく)おまえさん、起きとくれよ。 ちょいと! おまえさん!」

久五郎「おい、こら、布団をはぐなよ! 亭主を叩き起こしやがって、いったい どういうつもりだ?」

女房「どうもこうもないよ。 浜へ行っとくれよ」

久五郎「浜? まだそんなこと言ってやがる。それにしても、ゆんべはよく飲んだなぁ」

女房「めでたい、めでたいってお酒飲んでたけど、どうするんだいこのお勘定? 酒屋にてんぷら屋に魚屋。ツケがどっさり」

久五郎「金なら、アレがあるじゃねぇか」

女房「寝ぼけたこと言ってないで、 浜へ行っとくれよ。おまえさんが膝を売ってくれないと、釜のフタが開かないんだよ」

久五郎「何言ってるんだよ? 釜のフタが開かねえなら、アレ使って開けりゃいいだろ?」

女房「アレって何だい?」

久五郎「昨日(きのう)のアレだよ」

女房「昨日のアレ?」

久五郎「とぼけるなよ。俺が昨日浜で拾ってきた殿様の膝枕だよ!」

女房「おまえさん、昨日浜へなんか行ってないだろ?」

久五郎「何言ってんだ?  おめえ、昨日(きのう)俺を叩き起こしたじゃねぇか」

女房「おまえさんが起きたのは昼過ぎだよ。何がめでたいんだか知らないけど、今日は俺のオゴリだって、若い衆を大勢呼んで来て、さんざん飲み食いして、そのままグーグー寝ちゃってさ。 それで今あたしが起こしたんじゃないか。 いつ膝の浜なんか行ったの

久五郎「ちょっと待ってくれよ。俺は昨日(きのう)、たしかに、おめえに起こされたよ。おめえに刻(とき)間違えて起こされて、浜に着いたら他(よそ)の膝屋もいなくて膝も流れ着いてなくて、夜が明けるのを待ってたら、おてんと様が昇ってきて、おてんと様にご挨拶して、そしたら水ん中で何かがゆらゆら揺れてて……そうだよ! はっきり覚えてる! 徳川様の御紋! 俺、殿様の膝枕拾ったんだよ! 百三十両の褒美がもらえる膝枕! 膝の浜で!」

女房「はー、情けない。普段から商いもしないで、楽して儲けることばかり考えてるから、そんな情けない夢見たんだね」

久五郎「あれが夢なわけねぇよ! だって俺、膝の浜で鐘の音聞いた

女房「おまえさん、今聞こえてるのは何だい?」

久五郎「今? あ、鐘の音だ……」

女房「そうだよ。明六つの鐘だよ。 うちにいたって聞こえるんだ。 昨日、この鐘の音が聞こえてる頃、おまえさんはまだぐっすり寝てた。 おまえさん、浜じゃなくて、夢の中で聞いたんだよ」

久五郎「おい、それじゃあ殿様の膝枕拾ったのは夢で、飲み食いしたのは本当だってのか?」

女房「そういうことだね」

久五郎「はー、割りに合わねえ夢、見ちまったなぁ。 おめえの言うとおりだ。 毎日毎日、商いにも行かねえで、金が欲しい金が欲しい……そんなムシのいいことばっかり考えてるから、こんなみっともねぇ夢、見ちまうんだ。 俺は自分が情けねぇよ。 金もねぇのに、調子に乗って、あんなに酒や食いもんあつらえちまってよぉ。(勢いをつけて) おっかあ、縄出してくれ」

女房「(強く嬉しさと期待を込めて)拾った膝枕を縛る縄だね? 浜に行ってくれるのかい?」

久五郎「こんな勘定、とてもじゃねえが払えやしねえ。 首くくって死のう」

女房「(あきれ果てて)バカなこと言ってんじゃないよ! これくらいの勘定、おまえさんがその気になって働けば、なんとでもなるじゃないか!」

久五郎「(女房の声に少しおじけて)何言ってんだ? 膝の一つや二つ売って、なんとかできる額じゃねぇよ」

女房「(諭すように)おまえさん、腕はいいんだから。酒さえ呑まなきゃ江戸で一番の膝屋だって評判だよ。浜でコツコツ拾った膝が、おまえさんの腕にかかれば、百三十両に化けるんだよ」

久五郎「そんなことムリに決まって……いや、やってみなくちゃわからねぇか。おめえに言われたら、できるような気がしてきたよ」

女房「(強く背中を押すように)その心意気だよ、おまえさん」

久五郎「おぅ、おっかぁ、俺、今日限り酒やめるよ。 おめえに誓って、もう一滴だって呑まねえ。 よーし、さっそく商いに……いや、けどダメだ」

女房「何がダメなんだい?」

久五郎「俺もうひと月も休んじまってんだ。 そんなに休んでたら、商売道具だって使い物にならねえだろうよ」

女房「何言ってんだい。 あたしは昨日や今日膝屋の女房になったんじゃないんだよ。 膝を磨くやすりだって、ちゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んで、イキのいいサンマみたいにピッカピカ光ってるよ」

久五郎「手回しがいいなぁ。ん? なんか夢ん中でも こんなやり取りした気がするなぁ。ま、いいっか。それじゃ、行ってくるぜ!」


語り「さあ久五郎、それからはまるで人が変わったように商いに精を出します。 浜で拾った膝を俺の腕で百三十両に化けさせてやるぞとばかり、絵筆を走らせて絵を描いたり、彫り物を入れたり。十二単を着せた源氏物語膝枕や絢爛豪華な花魁膝枕、勇ましい侍膝枕といった細工膝枕が大当たり。三年の月日が経つ頃、奉公人十三人を抱える膝問屋『膝久(ひざひさ)』の主となっていました。 その年の大晦日」

久五郎「おい、 火鉢に火が入ってねえじゃないか。 これから寒い中大勢来なさんだろ。」

女房「大勢って……誰かいらっしゃるのかい?」

久五郎「今日は大晦日だ。掛け取りのやつらが来るんだろ?」

女房「何言ってんだいおまえさん。 うちに掛けを取りに来る人なんて、一人もいないよ」

久五郎「大晦日に掛け取りが来ない?」

女房「おまえさんが一生懸命稼いでくれたおかげだよ。 あたしが布団をはがなくたって、毎日朝早く起きて、浜に出かけて、商いに精を出してくれて……」

久五郎「そりゃあ、商売が楽しくって仕方ないからな」

女房「商売が楽しい?」

久五郎「ああ。膝屋ってのは、いい商売だよ。お客さんが店の前を通りかかって、こんな膝は見たことねぇって驚いてくれる。久五郎が手をかけた膝はいいねぇ、(思いを込めて強く)日本一だねぇって笑ってくれる。 そんな顔をもっと見たくて、俺は毎日毎日 膝を拾って、磨いて、手を加えて、売り歩いてんだ。お客さんが面白がってくれて、そこに銭がついて来る。こんなに楽しいことはねぇや。こないだなんかぁ『おばあちゃん膝枕』を買って行った客は、三十年ぶりにばあちゃんに会えて、子どもの頃の気持ちに帰れたって泣いて喜んでくれた。なんで膝屋なんかになっちまったんだって思った頃もあったけど、とんでもない、俺ャね、この商売をやるために生まれてきたんだ」

女房「おまえさんも、すっかり、いい顔になったよ。酒びたりの頃とは別人みたいだ」

久五郎「酒なんか呑むヒマがあったら、膝を磨きたい。そう思えるようになったのは、(強く)おめえのお陰だ。 こんなろくでなしに愛想尽かさず、今までずっと支えてくれたんだぁ、(しみじみと) ありがとうよ」

女房「あのね、おまえさんに見てもらいたい物があるの」

久五郎「なんだ? 正月の着物か? だったら俺が見たってしょうがねえよ。 着物のことなんざ、よく分からねえ」

女房「ううん。着物じゃないの。聞いてもらいたい話もあるんだ。お前さん、あたしの話を最後まで怒らないで聞いてくれるかい?」

久五郎「なんだよ、あらたまって」

女房「怒らずに最後まで聞くって、約束してくれる?」

久五郎「怒りゃしねえから。 話してごらんよ」

女房「おまえさんに見てもらいたい物ってのは……(ゴソゴソと取り出して)これなんだよ」

久五郎「な、なんだ、このずっしり重い革袋は?」

女房「中を見てごらん」

久五郎「なんだこりゃ。金貨がどっさり。おめぇ、知らねぇ間(ま)にずいぶん貯め込みやがったな。一体いくらあるんだ?」

女房「百三十両あるよ」

久五郎「ひゃ(しゃっ)、百三十両!」

女房「おまえさん、百三十両って数に覚えはないかい?」

久五郎「百三十両? うっ、そういえば……あれは三年前の年の暮れ。 膝の浜で殿様の膝枕拾う夢を見た。見つけた者に取らせる褒美がたしか金百三十両……オッ!

女房「おまえさん、あれね、夢じゃなかったんだよ」

久五郎「夢じゃなかった?」

女房「三年前のあの日、おまえさんは本当に膝の浜へ行って、 殿様の膝枕を拾って帰って来たんだよ」    

久五郎「やっぱり。夢にしちゃずいぶんハッキリしてたもんなぁ。(強く怒って)おい、おめえ、どうしてそんな嘘つきやがった? 亭主騙すようなマネしやがって!」

女房「待っておまえさん。約束してくれたよね? あたしの話を最後まで怒らずに聞くって」

久五郎「フン、 わかったよ。聞くだけは聞いてやる」

女房「三年前のあの日、 あたしも舞い上がったよ。 これで方々へのツケが払える、年が越せるって。でも、すぐに怖くなったの。 あんたは膝屋。膝屋が殿様の膝を拾って届けたりしたら、痛くもない腹を探られちまうんじゃないかって。それに、たった一つの膝で百三十両なんて大金を手に入れちゃったら、おまえさん、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなっちまうんじゃないかって……。 だからあたし、おまえさんに、殿様の膝枕を拾ったなんてのは夢だったって言い張って、信じ込ませたんだ」

久五郎「(がっくりとして嘆いて)なんだよ。俺はてっきり、夢だったんだとばかり……」

女房「大家さんが代わりに殿様に届けて、褒美の百三十両を受け取ってくれた。うちに蓄えがないと思い込んで、必死に働いてるおまえさんに、早く知らせてあげたかった。けど、このお金を見せたら、また元のおまえさんに戻っちゃうんじゃないかって……」

久五郎「(流れが少し変わる。次の女房の言葉を誘導するように)それで、なんで今日、話すことにしたんだ?」

女房「さっき、おまえさん、商売が楽しくって仕方ないって言ったよね。この仕事をやるために生まれてきたんだって。それを聞いて、この人はもう大丈夫だって思えたの。やっと言えます。(涙ぐんで頭を下げて)おまえさん、ずっと嘘ついてて、ごめんなさい。三年も女房に騙されてたなんて、腹が立つでしょう。許せないでしょう。あたしの話を最後まで聞いてくれてありがとう。この先は、気の済むまで怒るなり、殴るなり、してください」

久五郎「殴るなんて……おぃ、頭上げてくれ。頭下げるのは俺のほうだ」

女房「え?」

久五郎「俺のためを思って、ずっと腹に納めてくれてたんだな。・・なぁ、 辛かっただろぅ

女房「おまえさん……」

久五郎「あのまま殿様の膝枕を金に換えてたら、あっという間にその金を酒に換えて、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなってただろうよ。酒より商いのほうが面白いなんざ、知ることもなかっただろうぜ。俺の女房がどんなにいい女か、気づくこともなかっただろう

女房「おまえさん……」

久五郎「よく(強めに)夢にしてくれたな。ありがとよ

女房「おまえさんこそ、いい男だよ……ああ、やっと胸のつかえが取れた。こんな晴れ晴れした気持ちは三年ぶりだよ。ねえ、おまえさん、一杯呑まないかい? 祝い酒にさ」

久五郎「祝い酒か。 酒を飲みながら、除夜の鐘が聞けるなんて、いいもんだなぁ……いや、やっぱりよそう。また夢になるといけねえ」

女房「夢になんか、ならないよ。(きっぱりと)あたしが夢にしないよ」

久五郎「実を言うと、酒はもう欲しくないんだ」

女房「おまえさん、ほんとに変わったね」

久五郎「ああ。もう酒には溺れねぇ。どうせ溺れるなら」

女房「! ちょいと、おまえさん! びっくりするじゃないか。いきなり、あたしの膝に飛び込んじゃって」

久五郎「このやわらかさ。この沈み心地。やっぱり生身の膝にはかなわねぇ。この膝があれば何もいらねぇや」

女房「(こどもに言うようにやさしく)おまえさんったら。こんな膝で良かったら、好きなだけ甘えとくれよ。おまえさん、この三年、休みなしで働いてくれたんだ。しばらく浜に行かなくたっていいんだよ」

久五郎「いや、浜にはもう行ってる」

女房「(きょとんとして)おまえさん、もう夢を見てるのかい?」

久五郎「ここは……日本一の (嬉し泣きして)膝の浜だ

おあとがよろしいようで・・・


『膝浜』夏バージョン


夏を迎えても根強い人気の膝浜。しかし、さっすがに、酷暑の中で、「さ、さぶい!」はピンとこない。じゃぁ、夏バージョンに変えてみようかと。お盆を大晦日に例えて変えてみました。どうぞ、よい夏をお迎えください。

本文


語り「江戸の昔、膝屋の久五郎(ひさごろう)という男がおりました。膝屋というのは、浜に流れ着いた膝枕を拾い集め、磨いて売り歩くという商売。久五郎が手をかけた膝枕は、色と艶が増し、眺めるも良し、枕にするももちろん良しで、新品よりも高い値がつく人気。ところが、この久五郎、困ったことに大変な酒好きで、呑むと仕事が雑になり、浜に行くのも面倒になる。そうこうするうちに、お盆休みが近づいてまいりました。

女房「(布団がないので亭主を蹴っ飛して)おまえさん、起きとくれよ。 ちょいと! おまえさん!」

久五郎「おい、こら、蹴とばすな! 亭主を叩き起こしやがって、いったい どういうつもりだ?」

女房「どうもこうもないよ。 浜に行って、膝を取って来ておくれよ。おまえさんが膝を売ってくれないと、釜のフタが開かないんだよ」

久五郎「釜のフタが開かねえ? 鍋のフタ開けときゃいいじゃねか」

女房「くだらないこと言ってないでさ。もうお盆になっちゃうよ。休み前に、掛け取りが大勢来ちゃうよ。このままじゃ夏を越せないよ」

久五郎「うるっせえなあ。 ゆんべの酒がまだ抜けねぇんだ。 今日は休みだ。明日(あした)から行くよ」

女房「明日(あした)、明日。そう言って、もうひと月になるじゃないか。おまえさん、ゆんべのこと忘れたのかい? これ以上酒屋さんのツケを増やすわけにはいかないってあたしが言ったら、 おまえさん、明日(あした)からちゃんと働く、だから今夜は飲みたいだけ飲ませてくれ、そう言ったじゃないか」

久五郎「わかったよ。行きゃあいいんだろ行きゃあ。いや……けどダメだ。俺もうひと月も休んじまってんだ。商売道具だって使い物にならねぇだろうよ」

女房「何言ってんだい。 あたしは昨日や今日膝屋の女房になったんじゃないんだよ。膝を磨くやすりもちゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んで、朝採ってきたカツオの腹みたいに(言葉を返せないようにきっぱりと)ピッカピカ光ってるよ」

久五郎「よく手が回りやがるなぁ。しゃあねえ、行くか」

女房「まっすぐ帰って来るんだよ。途中で一杯引っかけるんじゃないよ」

久五郎「うるっせえなぁ。こんな夜も明けねぇうちからやってる飲み屋なんかあるもんか。(歩きながら)なんだい、この時間でもむしむしするじゃねぇか。暑くなりそうだなぁ。 今時分(いまじぶん)仕事してるのなんざ、膝屋(しざや)か泥棒ぐらいのもんだ。膝屋なんて大して儲からねぇんだからなぁ。運良く膝を拾えるかどうか、行ってみなくちゃわからねぇ。ん? おかしいな。浜に膝屋が誰もいないじゃないか。まさか、俺が来る前に、膝をさらい尽くしたのか? いや、空がまだ暗い。膝が流れ着くのは、明るくなってからだ。ん? 鐘の音だ。今いくつ鳴った? 四つ、五つ、六つ・・(気づいて)かかあの野郎、刻(とき)ひとつ間違えて起こしやがったんだ! 見ろ、今ごろ沖のほうが白んできやがった。おてんと様のお出ましだ。 (柏手を打ち)おてんと様、今日からまた商いに出ますんで、 どうかひとつ、またよろしくお頼み申します。ん? 水ん中で何か揺れてんな。 早速、おてんと様のご利益か?」


語り「水の中からよっこらしょと引き上げた久五郎、思わず『枕!』と叫ぶなり、それを小脇に抱え、一目散に家に舞い戻ります」

久五郎「(戸をドンドン)おっかあ! 開けろ! 俺だ! 早く開けろ!」

女房「おまえさん、もう帰って来たのかい?なんだい、汗びっしょりじゃないかい」

久五郎「(はぁはぁ)。ちょっとこっち来て座れ。おめえ、今朝、刻(とき)間違えて起こしやがったろ?」

女房「ごめんよおまえさん。 すぐに気がついたんだけど、おまえさんもうずいぶん先まで行っちゃってて

久五郎「それはもういいや。 浜に着いたら、他(ほか)の膝屋もいねぇし膝(しざ)も流れ着いていねぇ。 そこにようやく、おてんと様が昇ってきてよぉ、水ん中に、なんか、ゆらゆら揺れてんだ。 なんだろうと思って取り上げてみたらよ……こいつだったんだ」

女房「ずいぶん汚い膝だねえ」

久五郎「ただの膝じゃねえ。よく見ろ、ここを

女房「まあ、なんと! この膝、徳川様の御紋がついてるじゃないか」

久五郎「膝屋の女房のくせして、気づくのが遅ぇんだよ。行方がわからなくなってた殿様の膝枕(しざまくら)だよ!」

女房「たしか、見つけた者には褒美を取らせるって」

久五郎「ああ。金百三十(しゃくさんじゅう)両って話だ」

女房「ひゃ、百三十両!」

久五郎「今頃腰を抜かしてやがる。俺にもようやく運が向いてきやがった。早起きは三文の得、なんて言うけどよぉ、 三文どころじゃねぇや、百三十両も得しちまったよ」

女房「おまえさん、この膝を金に換えて、どうするつもりだい?」

久五郎「そりゃあバンバン使うさ。金なんてものは、しまってたって増えやしねぇんだぜ。百三十両もあれば、毎日遊んで、酒飲んで、おつりが来るってもんだ」

女房「おまえさん、それ本気で言ってるのかい?」

久五郎「当ったり前じゃねえか! 毎日毎日暗いうちから起きて膝を仕入れて磨いて売り歩いて、 それでいくらになるってんだ? なんだよ、暗い顔しやがって。なにも俺一人が飲み食いするのに使ったりしねえよ。 おめえにもさんざん苦労かけたからよ、なんでも好きなもん買ってやる

女房「そういうことじゃなくってさ……」

久五郎「おめえも、そんなボロなんざ脱ぎ捨てて、派手に着飾りてぇだろ? 呉服屋行ってよぉ、着物から帯からかんざしから全部パーッと買っちまおうぜ。それからよ、ふたりで京やら大坂やら見物したりよ、 湯治場(とうじば)巡りしたりして、 面白おかしく暮らそうじゃねえか。いやー、めでてえなあ。 おぃ、酒出してくれよ。祝い酒だ」

女房「こんな朝っぱらから呑んで……今日は、もう浜に行かないのかい?」

久五郎「なんだよ、浜って?」

女房「膝の浜に決まってるじゃないか」

久五郎「何言ってんだ? 百三十両が転がり込むんだよ? もう膝なんて拾わなくたっていいんだ。くだらねえこと言ってねぇで酒持って来い!」

女房「はい、はい。これで最後だよ(大きな音でドン!と置く)」

久五郎「なんだよ、めでてえ気分にケチをつけるんじゃねぇよ。(呑んで)はー、旨ぇ、仕事の心配しねぇで呑む酒はうめえなぁ。そうだ、百三十両ってぇ大金が転がり込むんだ。 もっといい酒と食いもんをあつらえようじゃねぇか。なじみの連中にも声かけて、気前のいいとこ見せてやるか!」


語り「さあ、いい気になった久五郎。酒だ、刺身だ、天ぷらだと大盤振る舞い。若い衆を大勢呼んで、ドンチャン騒ぎ。酔いが回って、高いびき」


女房「(さいしょよりもっと激しく)おまえさん、起きとくれよ。 ちょいと! おまえさん!」

久五郎「おい、こら、人のこと蹴るんじゃないよ! 亭主を叩き起こしやがって、いったい どういうつもりだ?」

女房「どうもこうもないよ。 浜へ行っとくれよ」

久五郎「浜? まだそんなこと言ってやがる。それにしても、ゆんべはよく飲んだなぁ」

女房「めでたい、めでたいってお酒飲んでたけど、どうするんだいこのお勘定? 酒屋にてんぷら屋に魚屋。ツケがどっさり」

久五郎「金なら、アレがあるじゃねぇか」

女房「寝ぼけたこと言ってないで、 浜へ行っとくれよ。おまえさんが膝を売ってくれないと、釜のフタが開かないんだよ」

久五郎「何言ってるんだよ? 釜のフタが開かねえなら、アレ使って開けりゃいいだろ?」

女房「アレって何だい?」

久五郎「昨日(きのう)のアレだよ」

女房「昨日のアレ?」

久五郎「とぼけるなよ。俺が昨日浜で拾ってきた殿様の膝枕だよ!」

女房「おまえさん、昨日浜へなんか行ってないだろ?」

久五郎「何言ってんだ?  おめえ、昨日(きのう)俺を叩き起こしたじゃねぇか」

女房「おまえさんが起きたのは昼過ぎだよ。何がめでたいんだか知らないけど、今日は俺のオゴリだって、若い衆を大勢呼んで来て、さんざん飲み食いして、そのままグーグー寝ちゃってさ。 それで今あたしが起こしたんじゃないか。 いつ膝の浜なんか行ったの

久五郎「ちょっと待ってくれよ。俺は昨日(きのう)、たしかに、おめえに起こされたよ。おめえに刻(とき)間違えて起こされて、浜に着いたら他(よそ)の膝屋もいなくて膝も流れ着いてなくて、夜が明けるのを待ってたら、おてんと様が昇ってきて、おてんと様にご挨拶して、そしたら水ん中で何かがゆらゆら揺れてて……そうだよ! はっきり覚えてる! 徳川様の御紋! 俺、殿様の膝枕拾ったんだよ! 百三十両の褒美がもらえる膝枕! 膝の浜で!」

女房「はー、情けない。普段から商いもしないで、楽して儲けることばかり考えてるから、そんな情けない夢見たんだね」

久五郎「あれが夢なわけねぇよ! だって俺、膝の浜で鐘の音聞いた

女房「おまえさん、今聞こえてるのは何だい?」

久五郎「今? あ、鐘の音だ……」

女房「そうだよ。明六つの鐘だよ。 うちにいたって聞こえるんだ。 昨日、この鐘の音が聞こえてる頃、おまえさんはまだぐっすり寝てた。 おまえさん、浜じゃなくて、夢の中で聞いたんだよ」

久五郎「おい、それじゃあ殿様の膝枕拾ったのは夢で、飲み食いしたのは本当だってのか?」

女房「そういうことだね」

久五郎「はー、割りに合わねえ夢、見ちまったなぁ。 おめえの言うとおりだ。 毎日毎日、商いにも行かねえで、金が欲しい金が欲しい……そんなムシのいいことばっかり考えてるから、こんなみっともねぇ夢、見ちまうんだ。 俺は自分が情けねぇよ。 金もねぇのに、調子に乗って、あんなに酒や食いもんあつらえちまってよぉ。 おっかあ、縄出してくれ」

女房「(強く嬉しさと期待を込めて)拾った膝枕を縛る縄だね? 浜に行ってくれるのかい?」

久五郎「こんな勘定、とてもじゃねえが払えやしねえ。 首くくって死のう」

女房「(あきれ果てて)バカなこと言ってんじゃないよ! これくらいの勘定、おまえさんがその気になって働けば、なんとでもなるじゃないか!」

久五郎「(女房の声に少しおじけて)何言ってんだ? 膝の一つや二つ売って、なんとかできる額じゃねぇよ」

女房「(諭すように)おまえさん、腕はいいんだから。酒さえ呑まなきゃ江戸で一番の膝屋だって評判だよ。浜でコツコツ拾った膝が、おまえさんの腕にかかれば、百三十両に化けるんだよ」

久五郎「そんなことムリに決まって……いや、やってみなくちゃわからねぇか。おめえに言われたら、できるような気がしてきたよ」

女房「(強く背中を押すように)その心意気だよ、おまえさん」

久五郎「おぅ、おっかぁ、俺、今日限り酒やめるよ。 おめえに誓って、もう一滴だって呑まねえ。 よーし、さっそく商いに……いや、けどダメだ」

女房「何がダメなんだい?」

久五郎「俺もうひと月も休んじまってんだ。 そんなに休んでたら、商売道具だって使い物にならねえだろうよ」

女房「何言ってんだい。 あたしは昨日や今日膝屋の女房になったんじゃないんだよ。 膝を磨くやすりだって、ちゃんと研いで蕎麦殻の中に突っ込んで、あさ採りカツオの腹みたいに、ピッカピカ光ってるよ」

久五郎「手回しがいいなぁ。ん? なんか夢ん中でも こんなやり取りした気がするなぁ。ま、いいっか。それじゃ、行ってくるぜ!」


語り「さあ久五郎、それからはまるで人が変わったように商いに精を出します。 浜で拾った膝を俺の腕で百三十両に化けさせてやるぞとばかり、絵筆を走らせて絵を描いたり、彫り物を入れたり。十二単を着せた源氏物語膝枕や絢爛豪華な花魁膝枕、勇ましい侍膝枕といった細工膝枕が大当たり。三年の月日が経つ頃、奉公人十三人を抱える膝問屋『膝久(ひざひさ)』の主となっていました。 その年、まもなくお盆休みとなるころ」

久五郎「おい、冷えたもんはどこにあるんだ。 この暑い中、大勢来なさんだろ。」

女房「大勢って……誰かいらっしゃるのかい?」

久五郎「だってよ、もうお盆だろう。休み前で掛け取りのやつらが来るんだろ?」

女房「何言ってんだいおまえさん。 うちに掛けを取りに来る人なんて、一人もいないよ」

久五郎「お盆前に掛け取りが来ない?」

女房「おまえさんが一生懸命稼いでくれたおかげだよ。 あたしが布団をはがなくたって、毎日朝早く起きて、浜に出かけて、商いに精を出してくれて……」

久五郎「そりゃあ、商売が楽しくって仕方ないからな」

女房「商売が楽しい?」

久五郎「ああ。膝屋ってのは、いい商売だよ。お客さんが店の前を通りかかって、こんな膝は見たことねぇって驚いてくれる。久五郎が手をかけた膝はいいねぇ、(思いを込めて強く)日本一だねぇって笑ってくれる。 そんな顔をもっと見たくて、俺は毎日毎日 膝を拾って、磨いて、手を加えて、売り歩いてんだ。お客さんが面白がってくれて、そこに銭がついて来る。こんなに楽しいことはねぇや。こないだなんかぁ『おばあちゃん膝枕』を買って行った客は、三十年ぶりにばあちゃんに会えて、子どもの頃の気持ちに帰れたって泣いて喜んでくれた。なんで膝屋なんかになっちまったんだって思った頃もあったけど、とんでもない、俺ャね、この商売をやるために生まれてきたんだ」

女房「おまえさんも、すっかり、いい顔になったよ。酒びたりの頃とは別人みたいだ」

久五郎「酒なんか呑むヒマがあったら、膝を磨きたい。そう思えるようになったのは、(強く)おめえのお陰だ。 こんなろくでなしに愛想尽かさず、今までずっと支えてくれたんだぁ、(しみじみと) ありがとうよ」


女房「あのね、おまえさんに見てもらいたい物があるの」

久五郎「なんだ? 浴衣選びか? だったら俺が見たってしょうがねえよ。 着るもんのことなんざ、よく分からねえ」

女房「ううん。浴衣じゃないの。聞いてもらいたい話もあるんだ。お前さん、あたしの話を最後まで怒らないで聞いてくれるかい?」

久五郎「なんだよ、あらたまって」

女房「怒らずに最後まで聞くって、約束してくれる?」

久五郎「怒りゃしねえから。 話してごらんよ」

女房「おまえさんに見てもらいたい物ってのは……(ゴソゴソと取り出して)これなんだよ」

久五郎「な、なんだ、このずっしり重い革袋は?」

女房「中を見てごらん」

久五郎「なんだこりゃ。金貨がどっさり。おめぇ、知らねぇ間(ま)にずいぶん貯め込みやがったな。一体いくらあるんだ?」

女房「百三十両あるよ」

久五郎「ひゃ(しゃっ)、百三十両!」

女房「おまえさん、百三十両って数に覚えはないかい?」

久五郎「百三十両? うっ、そういえば……あれは三年前の年の暮れ。 膝の浜で殿様の膝枕拾う夢を見た。見つけた者に取らせる褒美がたしか金百三十両……オッ!

女房「おまえさん、あれね、夢じゃなかったんだよ」

久五郎「夢じゃなかった?」

女房「三年前のあの日、おまえさんは本当に膝の浜へ行って、 殿様の膝枕を拾って帰って来たんだよ」    

久五郎「やっぱり。夢にしちゃずいぶんハッキリしてたもんなぁ。(強く怒って)おい、おめえ、どうしてそんな嘘つきやがった? 亭主騙すようなマネしやがって!」

女房「待っておまえさん。約束してくれたよね? あたしの話を最後まで怒らずに聞くって」

久五郎「フン、 わかったよ。聞くだけは聞いてやる」

女房「三年前のあの日、 あたしも舞い上がったよ。 これで方々へのツケが払える、年が越せるって。でも、すぐに怖くなったの。 あんたは膝屋。膝屋が殿様の膝を拾って届けたりしたら、痛くもない腹を探られちまうんじゃないかって。それに、たった一つの膝で百三十両なんて大金を手に入れちゃったら、おまえさん、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなっちまうんじゃないかって……。 だからあたし、おまえさんに、殿様の膝枕を拾ったなんてのは夢だったって言い張って、信じ込ませたんだ」

久五郎「(がっくりとして嘆いて)なんだよ。俺はてっきり、夢だったんだとばかり……」

女房「大家さんが代わりに殿様に届けて、褒美の百三十両を受け取ってくれた。うちに蓄えがないと思い込んで、必死に働いてるおまえさんに、早く知らせてあげたかった。けど、このお金を見せたら、また元のおまえさんに戻っちゃうんじゃないかって……」

久五郎「(流れが少し変わる。次の女房の言葉を誘導するように)それで、なんで今日、話すことにしたんだ?」

女房「さっき、おまえさん、商売が楽しくって仕方ないって言ったよね。この仕事をやるために生まれてきたんだって。それを聞いて、この人はもう大丈夫だって思えたの。やっと言えます。(涙ぐんで頭を下げて)おまえさん、ずっと嘘ついてて、ごめんなさい。三年も女房に騙されてたなんて、腹が立つでしょう。許せないでしょう。あたしの話を最後まで聞いてくれてありがとう。この先は、気の済むまで怒るなり、殴るなり、してください」

久五郎「殴るなんて……おぃ、頭上げてくれ。頭下げるのは俺のほうだ」

女房「え?」

久五郎「俺のためを思って、ずっと腹に納めてくれてたんだな。・・なぁ、 辛かっただろぅ

女房「おまえさん……」

久五郎「あのまま殿様の膝枕を金に換えてたら、あっという間にその金を酒に換えて、ますます働くのが馬鹿馬鹿しくなってただろうよ。酒より商いのほうが面白いなんざ、知ることもなかっただろうぜ。俺の女房がどんなにいい女か、気づくこともなかっただろう

女房「おまえさん……」

久五郎「よく(強めに)夢にしてくれたな。ありがとよ

女房「おまえさんこそ、いい男だよ……ああ、やっと胸のつかえが取れた。こんな晴れ晴れした気持ちは三年ぶりだよ。ねえ、おまえさん、一杯呑まないかい? 祝い酒にさ」

久五郎「祝い酒か。 酒を飲みながら、ゆったりとお盆を過ごせるなんてなんて、いいもんだなぁ……いや、やっぱりよそう。また夢になるといけねえ」

女房「夢になんか、ならないよ。(きっぱりと)あたしが夢にしないよ」

久五郎「実を言うと、酒はもう欲しくないんだ」

女房「おまえさん、ほんとに変わったね」

久五郎「ああ。もう酒には溺れねぇ。どうせ溺れるなら」

女房「! ちょいと、おまえさん! びっくりするじゃないか。いきなり、あたしの膝に飛び込んじゃって」

久五郎「このやわらかさ。この沈み心地。やっぱり生身の膝にはかなわねぇ。この膝があれば何もいらねぇや」

女房「(こどもに言うようにやさしく)おまえさんったら。こんな膝で良かったら、好きなだけ甘えとくれよ。おまえさん、この三年、休みなしで働いてくれたんだ。しばらく浜に行かなくたっていいんだよ」

久五郎「いや、浜にはもう行ってる」

女房「(きょとんとして)おまえさん、もう夢を見てるのかい?」

久五郎「ここは……日本一の (嬉し泣きして)膝の浜だ

おあとがよろしいようで・・・

リプレイ

夏バージョン朗読にリプレイです。

8/13 鈴蘭さんによる膝開きです。


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