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俺はヒーロになりたかった

俺にはその力がないけれど、みんなには救われてほしいと思ってる。俺が誰かを救いたいのは、俺が救われたいからだ。俺はヒーロになりたかった、俺はみんなと仲良くなりたかった。自分の幸せをぶち壊したのは自分だ、悪いのはいつも自分だ。母親の影響でジャニーズしか見てなかった、あの頃に戻りたい。当時、家には木更津キャッツアイのビデオテープがあって1年に1回くらい母親と一緒に見ていた。昔は全然わからなかったけれど、あれはめちゃくちゃ良いドラマで、構成が斬新でストーリーもbgmも役者も全部が全部すごい作品なんだ。主人公の年齢をいつのまにか越えてしまっていた。俺が人生の道を踏み外したのは中学1年サッカー部に入部したときだった。あのとき確かにずり落ちる音がした。中学に上がり急にできた先輩後輩という関係性。年齢関係なく誰もが友達であった俺に新しいルールが重くのしかかった。あそこから人が怖くなった。上下関係が嫌で嫌でしょうがなかった。どうしてみんな同じじゃないの?差なんてつける必要ないじゃん。今思えばあそこから競争社会が始まった気がする。ミスすると先輩に怒られ部の中での格が下がる。上手いやつは先輩に気に入られ良い思いをする。きったねぇ世界だ。気に食わねえやつらだ。お前らだって競争社会に入りたてのしたっぱのくせになに偉そうな顔して命令してんだ。今ならこんな風に怒れるけれど、当時の俺はどうすることもできず、ただ自分に危機が訪れる度に感情を殺して自分の心を守っていた。それが癖になり、心は徐々に濁っていく。汚れ、光を失い、感度も鈍くなり、どんどん人間から遠ざかっていく。俺は人間の自分とロボットの自分を使い分けられていた。友達と接するときは人間、勉強の時はロボットだ。その方が作業効率が良い。なのに、いつのまにか、俺はロボットだけ。いつしか、人の気持ちがわからなくなり、思いやりは欠如し、少しずつ自己中心的になり、人の繋がりなどどうでもよくなった。孤立を望み、一人でいることを望み、人間関係を避け、ただ、ひたすら勉強を行う、将来への不安を払拭するため、その1点のみを追求する壊れた人間、イカれたロボットになりさがってしまった。大学に入り、勉強はもうやらなくていい、そうなったとき、その先に待っていたのは、人との交流が一切できない人間もどきの自分が、孤独な毎日を送るだけの日々だった。元来、一人っ子だったのが運の尽きか、俺は一人でも十分生きていけた。一人で楽しむ術を知っていた。だから人間関係で言えば絶望的状況に立たされていたが、自分が孤独だと気づかないほどに毎日は充実していた。孤独なリア充だった。やることは毎日あったし、目標もあった。ないのは友達や彼女だけ。人との繋がりだけが損なわれたごくわずかな感情と思いやりを持った奇妙なロボットが毎日平然と稼働していた。一人ならなんでもできる。そう思っていた。しかし、社会は甘くない。絶対に人と関わりざるを得ない。そういった場合、特に初対面の人や大勢の人がいる場では、また俺はあのときのサッカー部員だったときのように感情のスイッチをオフにして、ただその場で、なにも考えられない頭で自分でも嫌気がさすほど陳腐な応答をし続ける非常に面白味のない人間もどきに成り下がる。脳が圧迫されてなにも考えられなくなる、あの現象がなくなれば、どんなに楽しく生きていけたか、どれほどみんなと仲良くやっていけるのか。ぐーっと視界が狭まるように意識の流れが極端に小さい穴を通過する、針に糸を差すような作業を人と会うたびに行わなければならず、その時はどうしても、ほとんど無意識で発せられるような一番楽な選択肢を選びとることでしか、普通の会話のやり取りの間に言葉を滑り込ませることができない。俺はいつも思う。ああ、なんでこんなこと言ってるんだろうな。言わないように頭を無理矢理使ってみることもあるが脳までの思考回路が黒い霧で遮られ、どこにあるのか探索していくうちに息苦しくなり、結局、奇妙な間を作ったあげく、なんでもないごく平凡なことをのらりつらりと言ってしまうのである。一人になると脳を包む黒い霧は散り散りになり、堰を切るように意識の流れが循環し始める。あの時、こう言っておけばよかった。なんで、あんなことを言ってしまったんだろう。わかってる、全部わかってるんだ。滞っていたから、通行止めになっていたから。もうどうしようもなく俺の手には負えない十数年に及ぶ汚染の蓄積により泥が積み重なり、通路は錆びて、細菌は自由に動き周り、霧はいたずらをする術を知り、俺の思考の邪魔をする。俺にできることは、ずっと一人でいることか、ずっと一人でいると錯覚しながらみんなの前に現れるか、あるいは、俺の頭の汚れをきれいさっぱり取るように努め、本来の俺を取り戻すかだ。今の俺には野心があり、信念があり、情熱がある。過去の俺をかっさらい、今までに手に入れられたはずの財宝も根こそぎいただき、俺が救える限りの人間、全てを救ってみせる。ヒーローになる準備は、もうできている。


小さい頃からお金をもらうことが好きでした