自分史的なクリッピング史料

昨日は、大相撲に酔いしれた。何と言っても尊富士の新入幕での幕の内最高優勝だ。大の里の活躍も余計に新しい時代を感じさせる内容だった。大好きな相撲は子供の頃から。大鵬が好きで、その後は貴ノ花、そして千代の富士と続き、最近特にご贔屓の力士こそいなくなったけど、以前子どもの頃大相撲観戦をしたことがあって、その時の印象が強く残っている。頭と頭がぶつかる立ち合いの音に圧倒されたからだ。痛くないのかな?と本当に思っていた。

2024年3月25日 朝日 天声人語(昨日の余韻が冷めないうちに・・・)

尊富士は五所川原市出身の力士。金木町出身ということで吉幾三と同じ。
家内の実家も青森で、五所川原の隣で馴染みのある土地。青森出身の力士はこれまでにも多く輩出されているけど、貴ノ浪以来の優勝力士だというから相当時間が空いてしまった。解説でも存在感を示している舞の海も青森。この天声人語では、青森の詩人、高木恭造の「ねぷた」という詩が紹介され、祭の荒武者像を彷彿させると冒頭で。青森のねぶたは何度か見たし、五所川原の立佞武多も見たことがある。尊富士は前日のケガで出場が危ぶまれたけど、後悔ないように土俵にあがった。ケガをしているからこそ、攻めの姿勢で臨んでいた様子が画面からも感じられた。

所要10場所での優勝・賜杯を手にしたその気概はいかほどのものなのだろうか。24歳とその将来が大きく期待されるだけに、仮に来場所以降の成績にかかわりなく、今回の偉業は忘れられることはないと思う。地元五所川原ではパブリックビューイングで多くのファンが応援した姿がテレビで映し出されていたけど、本当に誇らしいだろうし、かのNHKのローカルニュースでは、番付にかかわりなく地元力士の活躍(勝敗)を必ず伝えている。それだけ青森という地が大相撲という文化を今もなお継承しているという証左ではないかと思う。

お祖父さんもテレビのインタビューに答えて、ほっぺにチューしたいと言っていたけど、孫の活躍を多くの人と共有できて本当に幸福なひとときを味わえたのだろうと思う。孫は大きくなっても孫なんだろうなぁ。

尊富士は、「記録も大事だけど、みなさんの記憶に残りたくて必死に頑張った」とインタビューで答えていて、はっきりと多くの人の記憶に刻まれたことは間違いない。大銀杏を結えない二人の若手力士の活躍、それも記憶に刻まれたに違いない。

青森・津軽では岩木山の雪景色が見えたとあるので、まだ春を感じるにはという時節だけど、一気に春を満喫したかも知れない。岩木山は「津軽富士」と呼ばれるほど端正な姿だし、家内の実家からもその姿をおがめることができる。朝の散歩などで、リンゴ畑と岩木山をフレームに入れてスマホで写真を撮ることが多い。ストレージには、相当な枚数が格納されていて、時折眺めると思い出がリフレインしてくる。

尊富士と津軽富士という2つの富士が地元では神話にでもなりそうだ。何せ110年前の記録を破ったのだから。WBCでもそうだけど、○○ぶりという表現は記憶の定着に大きな刺激になっている。さて自分において○○ぶりはあるのだろうか?と思うと、なかなかみつからない。これから○○ぶりを追及してみようかなぁ? とりあえず昨日の話でホットすぎるきらいはあるけれど・・・。

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