自分史的なクリッピング史料

昨日、まさかの元旦に(これは自分が勝手に思っているだけ、不測の事態にカレンダーは通用しない)石川県・能登で大地震があった。地震国家日本では避けられない非日常。未だ詳細も明らかになっていないけど、ただただ心配することしかできない。

2015年8月2日 本の小径 再評価される原民喜 死者への祈り、今に響く

この記事は日経の読書欄に掲載されるコラム的なものの一つ。今でも "活字の海で" というシリーズが連載されている。

原民喜は、広島の被爆体験を描いた小説「夏の花」が著名らしいけど、詩にも忘れ難い作品があると冒頭で語り始まっている。被爆から70年となった2015年当時、45歳で自殺(1951年)した原民喜にスポットが当たっていると。

まず、原民喜全詩集が岩波から、原民喜戦後小説集が講談社から刊行され、季刊誌の三田文学の夏季号の特集で、未発表書簡と全集未掲載作品5点が収録された。まさにスポットライトが当てられている証左。そして原爆文学という枠を超えたものというコメントが。

「夏の花」は未読だけど、「凄惨な光景を、感情を排したまなざしで描いた文章に迫真の力がある」と。「異様な出来事を正確無比に描き尽くす静謐な文体だ」とも。一方で、これとは別の観点から、研究者・竹原陽子氏は「多くの作品に、死者と深く結びついて生きた人の祈りが感じられる」とコメントしている。未読のため、そのコメントに実感がわかないものの、こうした表現は気になる。

その死者の中心は、原民喜の死んだ最愛の妻・貞恵だと。「鎮魂歌」という作品の中では妻への思いが語られ、そして呼びかけがなされている。
こうした死者と結びつく文学が改めて意識されたのは2011年の東日本大震災だという。今回の地震は元旦。この1年どんな思いを抱いていくのだろうか。

いとうせいこうは、福島の地震の後に、原民喜をしっかりと読んだと言い、原民喜の本が自分を招いているような気がしたそうな。自分のために生きるのではなく死んだ人たちの嘆きのためだけに生きよ、と原民喜は訴えていると。

確かにここでも指摘されている「私を見て」という主張が多いSNSの世界とは対極な意識なのだろうか。死者といかにつながるか、原民喜はそれを懸命に探った詩人なのだと結んでいる。悼む心が改めて皆にそなわるのか。

今回も被災者たちの元へ同じような心がたくさん届くのだと思うけど、避けられない悲劇的な事態、管理できない不運・不遇など、心を馳せる機会はこの世に余りにもたくさんある。
そうした事件をきっかけに、自分の態度・姿勢を正すよう腐心すること、キッカケを心に刻むことがとても大事だと思う。

先ずは、一刻も早く被災地の現状把握がなされますように。

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