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夏が信じられないあなたに

日が伸びた。何をしなくとも季節とは移り変わるものでボケーっと空を見上げては半年、夏を夢想して過ごしたが、ここからは確かな夏の下生命活動を行えることをありがたく思う。そんなものだから僕は空蝉半なのだと、そんなタイトルの記事もずっと昔にかいた。しかしやっと地に足付け歩むと思いきや太陽は余分に僕にビタミンを与え続けるため(贔屓である)疲れなど露知らず、地を踏み台により飛躍して空中へと浮かんでいく解き放たれた僕である。

昼間も様々な鳥の声を聴いた、あのとりひとつひとつに名前があるのならそれと声を一致させることもまた一興、夏のあらゆるものを強欲にかき集め一飲みで飲み干したい。かえるもくわくわ鳴いて、夜には虫が静かに鳴いて僕の迸る始末の悪い熱気を癒やしてくれるからすごい。僕は夏を網羅したいが、夏はすでに僕を網羅している。そりゃそうだ、僕が夏を意識する前から、夏は僕らを認識し、微笑んでいたのだから。

鹿田です、よろしくね。

本当は今日は夏に浮かれてフィクションホラーでもUPしようと思っていたのだが。設定など考えてメモをしていた手帳を会社に忘れて来てしまったため、いつもと変わらぬ駄文になってしまった。しかし駄文は駄文でも夏駄文である。それは月とスッポンほどの差異があり、またその差は誰の目にも明らかである。にじみ出るほどの夏エキスを読者は脳波で受け取り、たまりにたまった電子の夏エキスは読者それぞれの脳内にそれはそれは巨大な海を構築し、波が打つ度心地よくなっていく仕組みとなっている。その心地よさに身を任せすぎると、あなたも夏バカになってしまうけれど、もうかまわないよね?できたての海は不安定だから決してここで不安になって首をかしげてはいけないよ。万が一傾けたならその落とした方の耳の穴から自分自身の波が溢れに溢れ、その状態を(コカツ)というが、そうなったら最後体内の水分はすべて失われ涙さえ一滴も出なくなってしまう。そうなってしまった人たちを僕は飽きるほど見てきた。疑うな、己の夏を疑わなければそれで構わない。因みにコカツをすぎるとアキという状態になってなにをやっても飽きっぽくなってしまうらしい。ましてやその先の症状だなんて、口にすることさえ恐ろしい。ただただ何もない無の世界を、浮遊・・ し、永遠にさまようだなんて。

ま、夏を信じている限りは大丈夫だから、無駄に不安にならないでくれね。え?聴いてしまったからにはもうその恐怖を忘れられないって?子供の頃大好きだった夏も、おとなになってから昔のように好きかと畏まって問われると即答できない自分がいる、と。

まあねえ、僕にとっては揺るぎない夏だが。その他大勢にとっては夏とは抽象的な概念であり、その具体性のない夏の正体に、時に心が揺らいでしまうことはあるのかもしれない。

そうだねえ、そうならねえ。決して、決して無理やり勧誘しているわけではないからね。もしだよ、もしも夏に対する思いが揺らぐのが不安ならば、こんな素敵な宗教があるのだけれど、加入してみるのもいいかもしれない。

その宗教名は『すいか教』 崇拝する神はすいか神だ。



信じるものは、夏バカになれる!
ではまた!



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