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この指はピアノを弾きたい旋律は言葉にならないままでいいから

noハン会に参加されたみなさんのレポート、おそらく全部拝読しました。

ほとんどコメントできなかったのは、気持ちが言葉にならず、それを言葉にする時間を捻出することもできず...  読んでしまうとなおさらにレポートめいたものは書けず...  ただみなさんのnoteから暖かい衝撃波を受けたまま今に至り... 

私、このままレポートを書かないまま終わってしまいそうです。本当に今こそ遅筆を恨む。でも、みんながあれだけ詳細に書き取ってくれたから(圧巻でした…!!)私たちはたしかにいたし、あの日はあったと言えるから、レポート、私にとって宝物です。

なんども貼っていますが、みなさんの感想、レポートが詰まったマガジンを置いていきます。


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タイトル、寝ぼけたことを言っていると自分でも思う。もちろんピアノなんて弾きたくはない。それでも今は弾くしかないのかもしれない。うまく言葉にならないままでも、仕方がない。書けることだけでも、書くことにする。


始まりを自分ですこし振り返ってみた。

私は一応主催で、手をあげたからには、とにかく場所を確保してどんな会になろうとも絶対にやろうと思った。蓋を開けてみてどうなったとしても別にいい、くらいの気持ちで始めたのだった。


7/14の私の投稿から引用...

「noterさんでハンドメイド作家さんなみなさんと、展示販売会とかやれたら最高なんじゃないですか!?」
 上記ツイートに良き反応をいただけて、私は100%本気になりましたよ♡これは必ずやりましょう。note書いてるハンドメイド作家さんに会えて作品も見れて買えちゃったりするイベント!

...っていうのはまあ一つの口実でよくて。いつも読んでるnoterさんに会いにいけるオフ会的な機会を作れたらとても楽しいんじゃないかっていう会です。いや、ぜったい楽しいでしょ!!!

Koji(コジ)さんの伝説のnote、ブックカバーは「世界」を守りたい。これに感銘を受けて、それに自分も便乗するような感じだった気がする...。

でも、今でもこの時の勢いは妙で、目に見えない存在が、ひょいと私の背を押して、指をスマホに走らせたのではという感じがある。


さて、会社でも他でもイベントに関わったことはあり、私は、仕切り屋の顔を持っていた。なんでも把握しておかないと気が済まず、仕事を全て割り出して、ひとつひとつ担当を決めないと安心できないようなところがあった。

そんな私のイベントは、自分が必死こいて一人でやるか、やりきれず誰かにケツを拭かれるか... 自分にとってはどちらも地獄であり、大変だった。

私はケツを拭かれるというのが大嫌いらしい。いや、そもそも考えかたが間違っているのはわかっている。私を手伝ってくれる人って、別に私のケツをわざわざ拭きにきてくれているわけではない。

というか、それは私のケツではない。

みんなのケツ… ?

でもない。

ケツではなくて、みんなのお楽しみというか... みんなで一緒に食べる食卓のご飯を作っているだけのようなことだった。


やりたいからやっている。

単に、それなのだった。

おまゆさんのジワジワ編にもあった。

だれも「やらなきゃ」という気持ちではなく、「やりたい」という気持ちでそこに参画していた。


私が欲張ってnoteのお知らせをごちゃごちゃと書いていたのは、たしかに書いてはいたけれど。noハン会の運営って、今までの自分の経験と比較して、めちゃくちゃ楽だったのだった。

ひとえに、運営スタッフ、参加者のみなさん、そしてサポーターのみなさんのその「やりたい」気持ちがそこにあって、そしてそれをnoteやTwitterで表現してくれたからだった。

私という人間は、常に周りの人の機嫌を伺っている。私を従属させるには、ひとつ不機嫌な表情をすれば十分だ。しかし、今回一緒に企画したおまゆさん、コジさん、一伽さん、はるさん。機嫌がよいどころか、ものすごく前のめりだった。

参加者、サポーターのみなさんも、どうやら「お客さん」ではないようだった。

私は、これはもう力を抜いていいのだとわかり、むしろ力を抜かなければならないとわかり、みなさんにとにかくお預けすることができた。


これって、おそらく、私にとってさりげなく革命だった。


なぜ仕切らないと不安かといえば、人を信用していないからだった。私の親は私を信用できずに管理、干渉していたから、私も他人にそのようにするしかなかったのだと思う。親については、それはもう仕方がない。私は私で他人を信用する経験を積んでいかないといけない。

そうでなければ、いくら人の中にいても、常に誰とも敵対しているようなそんな状態で生き続けなければならない。その恒常的なダークな世界観を、noハン会は少し明るくしてくれたように思う。そんな私の精神衛生的なことからも、関わってくれたすべての人に、心からのありがとうを言いたいです。



当日の振り返り

イベントとしての改善点を出そうと思えばいくらでも出せそうなのですが..なかでも私が一番に反省したのは、撮影専門スタッフが不在だったこと。

会場スタッフのみなさんが撮ってくれるというし、どうせスマホで私も撮るし。まあなんとかなるでしょう.... という考えは、

甘かった。完全に。

まず、会場はオシャレではあったが照明がイケてなかった。そしてスタッフが他にやることが多すぎて、撮影は大変だっただろう。私に至っては店でずっと話していたので、ひどいものだった。

でも、別にいいの。

私たちには言葉があるから、写真なんて。もはや無粋です。と、今回ばかりはいい切らせていただきたい。

事実、写真よりも言葉からのほうが伝わってくるから、みなさんのレポート... 本当にすごかった... (語彙力...)

みなさんのスマホの写真もちゃんと撮れてたし、それに、おまゆさんのイラストは写真よりもずっとその空気を写し取っていた。あの絵も宝物です♡


小さな輪がとてもうれしい

話は変わるけれど。昨日、ピースオブケイク社で開かれた、ユーザーイベントについての勉強会に参加してきて、一通りみなさんの話を聞いて感じたことは、プロデューサーの徳力さんって本当いい人だなーということと、やっぱりnoハン会は最高だったなということだった。

たしかにイベントにはテクニックがたくさんあって、私も真似したいと思うこともあった。ただ、正直みんなの心が集まっていれば、テクニックなしでも成功してしまう。やりたいからやる、が結局大事ですね、という話もあり、すべてはみんなの心が集まるためのテクニックなのだった。

note運営が非公式noteイベントを何かお手伝いできないか、という話題を私も考えてみたけれど... 特になかった。noteという不思議で優しい街、このインフラでこれだけ気の合う人たちと出会える、話せる。それで十分だろう。

もっとこのイベントを大きくしていこうとするなら話は別だけれど、個人的には、世界が広すぎて生きづらい。と思ってきたから...経済的な話は、今は少しだけおやすみさせて欲しい。ただ、大きな輪を無理に作ったり運営しようとしたりするよりも、小さな輪が少しずつ広がったり、小さな輪がたくさんあったほうが平和に暮らせるのは、あるだろうな...。


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私は、次回をやるなら一番前で旗を振るのは身を引こうと思っていたのだけど、Koji(コジ)さんががっしり旗を持っていたからとても嬉しくて。

私は仕事ができるようでできない人なんだけれど、何か力になれたらな、と思っています。またみんなで、フリフリ、振っていきたいです。


まだとりとめもなく書きたいのですが....。これからもしまた私が妙なタイミングでこの日のことを語り出してもどうか許してください。

誰でも「スキ(♡)」できます。「読んだよ」って軽い気持ちで押してくれたら嬉しいです^^ サポートはnoteを書くカフェ代に使わせていただきます。ありがとうございます。