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母の日とプリン

母は料理が上手だった。
厳しい経済の中でやりくりをして、ホワイトソースから作るグラタンやりんごが入ったゴロゴロのポテトサラダ、舌がやけどするような揚げたての一口カツ…手が込んでいるのに手早く作ってくれるお惣菜を当たり前に食べていた。

母の作るお弁当は茶色くてちょっと恥ずかしかった。
恥ずかしかったけれどおいしかった。
色とりどりのお弁当を持ってくるクラスメイトに囲まれて、フタで茶色いおかずを隠すようにしてこそこそ食べた中学生の頃…それでも母のお弁当には前の晩のさつまいもの天ぷらを甘辛く煮付けたものや、甘じょっぱい卵焼きなど、必ず楽しみな一品があった。
母との思い出はおいしいものと繋がっている。

母はお菓子作りも好きだったので、たまに気が向くとパウンドケーキや大学芋、牛乳寒天などを作ってくれた。
残ったご飯を干飯にして油で揚げて、塩や砂糖を振ったり、飴がけにしたもの。
余った餃子の皮を揚げたおせんべいや、残った天ぷらの衣にレーズンを入れた揚げたての即席ドーナッツ。
グーグルもクックパッドもない時代、夕飯の材料の残りを無駄にせず上手におやつにしてくれていたと思う。

レアチーズケーキやワッフルなど、新しいものに挑戦するとしばらくそれが続いた。
バナナとリンゴをミキサーにかけて炭酸で割った生ジュースソーダはちょっと謎な味だったけれどおいしかった。
半分に切ったすいかの果肉を兄と私にスプーンで思う存分掘らせたところに、赤玉スイートワインとサイダーを入れたものはワクワクするようなデザートで、ストローで果汁を吸ったり、果肉を刺して細い円柱状のスイカを並べたり…今では衛生上ちょっとどうなの?と思うけれど…。まぁ、おかげで元気に育ちました(笑)
余談となるが、あの赤い丸が印刷されたラベルの甘いワインをジュースだと思っていた私は、ある日流しの下あたりでその瓶を見つけ、母の留守に大喜びで気分よく飲んだ。
そのまま習い事の音楽教室に行ったときには酔っぱらってフラフラしていたらしい。
教室のおばさんから連絡をもらった母がすっ飛んで迎えに来た。
今だったらとんでもない話だが、当時は何とものどかで、あとあとまで笑い話となるエピソードとなった。

普通にあたりまえに母が良く作ってくれたのはプリンだった。
カラメルが甘くてきちんとほろ苦いプリン。
卵液をふきんで濾せば口当たりも滑らかになるんだろうけれど、そうすると量が減ってしまうからそのまま。
なので、母が作るプリンは白身がかたまりになって口触りが悪かった。
セイロで蒸しあげる、今はあまり見ないアルミのプリン型に入った母のプリンは、少々舌触りが悪くてもバニラエッセンスがほのかに香って当たり前に普通においしかった。

今は手作り風のプリンがコンビニで買える。
卵にこだわったプリン、生クリームが入ったプリン、舌触りがなめらかなプリン…いろいろな種類が手軽に買える。
プッチンプリンが発売された時は、母のプリンよりもプッチンプリンが断然よかった。
容器の底のあの小さなプラスチックの突起を折り取るようにして、お皿にプルンと出すことはとても魅力的だった。
母のプリンを拒否して、プッチンしていたと思う。
当たり前に普通においしかった母のプリンは、今考えればとてもおいしい特別なプリンだった。
プッチンはプッチンでおいしかったけれど今でも似たような味はいつでもすぐに食べられる。
つくづくもったいないことをしたと思う。

あさっては母の日だけれど、面会の予定日ではない。
なので、明日の食事介助のためにさっきプリンを作った。
卵液をざるに入れて、泡だて器で泡が立たないように気を付けながらかき混ぜて濾す。ざるを使うと量が減らない。
カラメルを使うので、カスタードの砂糖は控えめに。
その代わりバニラオイルを多めに入れたプリン液は…アルミではないガラスの型に入れて湯気のたった蒸し器に入れる。
すぐにとろ火にしてしばらく蒸したら火を止めて蓋を取らずがまんがまん…。
母が作ったプリンに比べると格段に舌触りは良い。

なのに、やっぱり母の作ったプリンには遠く及ばない。

安い材料を上手に使った母の得意そうな笑顔と、お菓子が出来上がるまでワクワク感。
台所に漂う甘いカラメルの香りとセイロの蒸気の匂い。
いろいろなものが絡まって、幸せなプリンの記憶を作っている。

そんな幸せの記憶の作り主はすっかり寝たきりになってしまって、認知症も進みもう会話も成立しない。
それでも、一瞬マスクを下ろした私を見て
「かわいいねぇ」
とうれしそうに言ってくれる。
気恥ずかしくなるその言葉は、母が持つほんの一握りの、でも最大限の好意を表す言葉なのだろう。

今年も母の日をお祝い出来そうでよかった。
来年はもうわからない。
そんな状況だ…。
でもやっぱり少しでも元気になってほしい。
家にも連れてきたいなぁ、と思う。

もう、バッグもイヤリングも洋服もプレゼントしても意味がない。
明日、娘の作るプリンに合格点はでるかな…?





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