オタクは手持ちのカードを最初に全部出してしまう件

#ブックカバーチャレンジ1日目
#ソフィカル (野崎歓訳)『#本当の話』

大学以来の旧友 K女史から回ってきたブックカバーチャレンジ。なんすかチャレンジって、なに挑戦するんすか。

電子書籍のこの時代にブックカバーって、おい、40過ぎた中年かつFacebook沼的なニッチ企画だな。

あ、それって俺ターゲットじゃん。

華麗なる人脈をお持ちのK女史があえて友達の少ない島崎にこれをぶん投げてくるのだろうからには、それなりの反応をしなきゃいけないと真摯に受けとめました。

どうせ知らない本の表紙なんかあげてもつまらないものになるので、ぐだぐだコラム風に綴ってやろうかと思います。

さてK女史といえば学生時代は、まっとうな「ザ・金融めざしてます」的一橋大学の模範キャラだったように記憶しているのですが、なぜか当時僕が所属していた映画論の野崎歓ゼミで同胞になっていました。

そのゼミはK女史をはじめとした美女が4人も在籍していて、ただでさえ女子が絶滅危惧種だった当時の一橋大学でこんな可愛いこたちが集まるなんて!と僕を含め映画・文学オタクの男子たちは色めきたっていたわけです。実際、サブゼミなのにほぼ皆勤賞で出席していたのは野崎先生の指導力と言うよりひとえにK女史をはじめとする女子たちのおかげです(先生すみません)。

ゼミはフランス映画・文学に精通する野崎歓先生の高尚かつマニアックな映画論なわけですね。そこで女子たちにいい顔見せたいオタク男子たちは、めちゃめちゃイキってどうでもいいほどにニッチな知識やら自己満でしかない奇想天外な仮説をぶちまけ合うわけです。どうしてオタクって頑張るときに手持ちのカードを最初から全部だしちゃうんでしょうね。

RPGのゲームだって、難敵と戦うときは手持ちの武器や呪文を状況に合わせて使っていくというのに、こと”モテ”の領域になると長期戦を避けたいのか(じわじわ敗北する地獄を引き延ばしたくないのか)、一気呵成にオタク愛カードをぶんなげて、どん引きされて、瞬殺されてしまうのです。

まずはぐっとこらえて相手の出方をうかがい、適度なタイミングで自分を小出しに見せていく方が相手にとっての発見もあるし、自分の奥行きみたいな所へ興味を段階的にひきつけられるというものですが、そんなモテ・テクニックと無縁なところが僕たちオタクの愛すべき所でもあると自愛しています(自愛するしかないです)。

さて、そんなオタクワールドに対してもK女史は「面白いねー、そういう視点もあるんだねー」とケラケラ笑いながら楽しそうに参加していたのを覚えています。神ですね。

あと確か彼女は、大学の会報誌的なものの編集部員をやっていて一度、原稿の執筆を頼まれたことがあります。振り返ってみれば、あの頃から彼女もメディアやエディトリアルの仕事を夢見てたのかもしれません、知らんけど。

そんな彼女も新卒で金融業界に就職したあとすぐにマスコミに転職して、今やメディア業界で飛ぶ鳥を起こす勢いの一流メディア「NewsPicks」さまでブランドマネージャーをやられているわけですが、僕は僕で通信業界、広告業界ときて今はしがない二流メディアビジネスをやっていおり、そんな2人が卒業から20年以上経ってたまに仕事やメディア業界談義をさせていただく関係になるとは人生色々ですね。

その大学の野崎歓先生が翻訳されていたので手にしたソフィカル『本当の話』。赤の他人を尾行してその写メ日記を出版するという、現代ではありえそうだけれども冷静にみて常軌を逸した刺激的な作品です。と簡単に終わらしつつ、そういえば、昨年原美術館でソフィカルの企画展が行われていたのですが、そのテーマは彼女が「彼氏に振られるまでの100日間」をカウントダウンして写真でつづっていくというものでした。100日後にフラれるという絶望の前の淡々とした日常だったり彼氏への愛情が写メ日記としてつづれられていくのですが、その1枚1枚の写真に、だったのですが、昨今の「100日後に死ぬワニ」ブームをみるにつけ、「いや、あれ、結果的にはソフィーカルのぱくりというかオマージュだよね」とか言わんでいいオタク批評ぶいてしまう自分を顧みるに、ああ、大学時代からなんも変わってねーな、おれ、と。



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