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おひとり暮らし、始めてみた。

「一人になりたい時間が増える」っていうのは、気を遣う人間関係の中にいる時間が多いから、なんだろうなぁ。「もぉ、こっちはこんなに○○のこと考えて動いてるのにッ!」みたいなことを思っちゃう関係。それで、実際に「一人になる」時間を増やしてみて、じぶんはほんとに「ひとり」が向いているのか、それとも現状をただ受け入れたくないから反動でそう思っているだけなのか、も分かるので、ストレス抱え続けるくらいなら次のアクションを考えて動くのがやっぱり一番だと思うのでありまする。

実家時代、小さい頃はそんなことを感じたこともなかった(考えたこともなかった?)のに大きくなるにつれて?煩わしさが増えて、めちゃくちゃ「一人になりたい(と思っていた)」人間だった。といっても、それは別に当時は「一人」になりたかった訳ではなく、ただその現状が嫌で苦痛だっただけ。

ただ、じぶんは人生の中で「一人暮らし」というのを一度も経験したことがないので、ほんとに根っからの「一人になりたい」人間じゃないのではなかろうか、と踏んでいる。現に、ついったらんど に現実世界で話し相手がいなくなって住み始めたくらいだから。一人になりたい のではなくて、別に人数にはこだわりはそんなになくて「できる限り自由でいたい」だけで。それは、同じ空間にいる人間が増えれば増えるほど不自由に感じる可能性は高くなるので、少人数を好んでいるだけなのでは。と。

なので、そういう場所に居合わせる確率は低くなるけれど、仮に大人数が居てもものすごくじぶん的に居心地良い空間であればそれはすごいこと。ついったらんど がそれに近い感覚。

対1でコミュニケーションを取るのがすきなのでグループで複数人の中で何かをやりとりするとなると途端に消極的になる気がする。笑 その点、Twitterは 流れるタイムラインは 対∞ だけれど 個々のTweetに関しては 対1 で成り立つ ので、こんなに続いてるんだろうなぁ。

ここ数年、3人以上で会うことをほんとに減らしていて、基本2人で話すようにしているので、その相手との対話に集中できていて内容もちゃんと憶えていられる。あたしのCPUはそんなに有能じゃないんだよな… もうちょと頑張る脳だったら良かったのかもやもやけれど...🧠💭

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この日は、英語で話せて楽しいぃぃぃてなった日やった。なんか、こう、好きなことに熱中してる人と話せる時間というか、良い距離感でお互いの彼是を勧めあったり教えあったりできる時間が、とても心地よく感じる。

"You're now exploring what you are passionate about. "

みたいなこと言ってくれてた人がいて。英語が話せる話せない、とかじゃなくて、こう、じぶんが毎日を過ごす中で考えてるアレコレがこーであーでみたいなことをちゃんと聞こうとしてくれる人がいるというのは、救われるのだよなぁ。みんなが思う「あたし」と、それを実際に経験・体験している あたし とでは、捉え方も感じ方も違って、それは当たり前でだから何も全てを分かってほしいなんて思わないけれど、ただ楽しみを見つけてそれを楽しんでいるだけではないんだよね、そこを分かってくれるのは、すごいと思った。

もちろん、他人の思考プロセスや思考時間とじぶんのそれとが同じになることは絶対ないはずで、だからそれを聞いたところでじぶんもそうであると安心できる、なんてことは全くないけれど、こういう話をした上で、じぶんの決めたことに責任持てるようただ楽しめばいい、って思えるのはすごく強い。

ということで、今月は頻繁にトーキョーに行くことにした(いつもこんな感じで、腰重いのにすっっごくフットワーク軽いという矛盾を抱えて生きている。笑)2020秋。思う存分、楽しみたい。おわり。


本をたくさん買って、たくさん読んで、たくさん書きます(たぶん)