見出し画像

神話と現実が交わる時、悲しき宿命と愛の物語が生まれる『水を抱く女』

3月26日から公開されている『水を抱く女』。ベルリンを舞台に、水の妖精ウィンディーネと潜水夫の恋を描いた作品だ。監督は『東ベルリンから来た女』(2013年)、『未来を乗り換えた男』(2019年)のクリスティアン・ペッツォルト。神話のウィンディーネを現代に置き換えた本作は、大人向けのおとぎ話といえる作品で、劇中にはペッツォルト監督ならではの作風も感じさせられた。今回は感想と共に本作の内容を紹介していきたい。

画像1

映画は、カフェでウィンディーネが恋人のヨハネスから別れを告げられる場面から始まる。立ち去ろうとするヨハネスに「私と別れたら殺すわよ」と告げるウィンディーネ。しかしヨハネスはウィンディーネが席を離れてる間に立ち去ってしまうのだった。悲しみに暮れるウィンディーネだったが、彼女の前に潜水作業員のクリストフが現れる。強く惹かれ合った2人は恋に落ち幸せな時間を過ごすが、ウィンディーネにはある宿命が迫っていた…というあらすじ。ウィンディーネとは、女性の形をした水の精霊。その誕生はギリシャ神話からと言われており、アンデルセンの『人魚姫』のモチーフになっているほか、ゲーテや三島由紀夫などが作品の題材にするなど、多くの文学者を魅了し続けている存在だ。

ちなみに本作を観る上で、『ウィンディーネは愛する男が裏切ったとき、その男は命を奪われ、ウィンディーネは水に還らなければならない』という情報は頭に入れておくことをお薦めする。(ここを知らないとストーリー上で?になる部分があると思うため)

水を抱く女② (1)

本作もウィンディーネを題材にした作品だが、劇中にはペッツォルト監督ならではの意図を感じる特徴がある。1つ目はウィンディーネの視点で物語が語られているということ。ペッツォルト監督によると、ウィンディーネの神話は一方的な男性目線で描かれてきた。だからこそ監督は、男性目線から解放された新しいウィンディーネを描こうとしたと語っている。確かに本作では、ウィンディーネが博物館でガイドとして働いてる姿やアパートの自室で生活する様子が描かれており、神話の存在というより現代に生きる女性という風に見える。こうした描写からは、ペッツォルト監督がファンタジー映画のヒロインではなく、自立した女性としてのウィンディーネを描いていることが見て取れる。

水を抱く女⑤ (1)

2つ目の特徴はウィンディーネを通して、ベルリンという都市について語っていること。ウィンディーネの職業は、博物館での街の歴史のガイド。劇中では、何度もベルリンの歴史について語る場面が登場する。ペッツォルト監督はこれまでの作品でも物語を通じて、ベルリンという街を語ってきた。今作で印象的なのは、ベルリンという都市がもともと沼地であったということだ。ペッツォルト監督は今のベルリンは人工的で神話を持たない近代的な都市だと語る。沼地の水を抜いた時に、本来ベルリンが持っていた歴史や物語も一緒に消えてしまったとも。それを取り戻せる場所として、博物館を登場させるのだが、そこにウィンディーネという生ける伝説を登場させ、歴史を語らせてるという構図が面白い。そこには、現代の再開発が進むベルリンに対する批判と、ベルリンが失ってしまった神話性を思い起こさせようとする意図が感じられる。本作はファンタジー映画だ。しかし、今の時代性を反映させた社会派な一面も持ち合わせており、それこそがペッツォルト監督の作風といえるだろう。

水を抱く女③ (1)

そして、本作を語るうえで最も重要なのが、ウィンディーネを演じたパウラ・ベーアの存在だ。パウラ・ベーアは子供の頃から演劇の世界におり、オゾン監督の『婚約者の友人』(2016年)では主演をつとめ、『ある画家の数奇な運命』(2018年)ではヒロインをつとめるなど、今最も注目されている女優の1人といえるだろう。ペッツォルト監督とは『未来を乗り換えた男』(2018年)に続いてからの出演となっている。今作では、無邪気さと妖艶さを同居させたウィンディーネを見事に演じ切っており、第70回ベルリン国際映画祭では最優秀主演女優賞を見事受賞している。個人的にはニコール・キッドマンを思わせる風貌で、眼がとても魅力的な女優だ。一見クールに見えるが、劇中では恋してる時の無邪気さが凄く可愛く、いい意味でギャップを感じさせてくれた。今後も注目していきたい女優である。ウィンディーネと恋に落ちるクリストフを演じたのは『希望の灯り』(2019年)のフランツ・ロゴフスキの存在もわすれてはいけない。こちらもペッツォルト監督『未来を乗り換えた男』(2018年)に続いての出演となっており、本作ではピュアで朴訥な青年を演じている。

水を抱く女④ (1)

ロマンチックな出会いから始まった2人の恋だが、ある宿命により劇的な変化を迎える。ラストはとても切ない。しかし2人の間に確かに愛は存在したのだろうと思わせる終わり方だった。果たして2人がどうなったのか?それは実際に観て確かめて欲しい。


読んでいただきありがとうございます。 参考になりましたら、「良いね」して頂けると励みになります。