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『バビロン』はチャゼル監督の映画への熱烈なラブレターだ!

冒頭から飛び散る糞という強烈なパンチが観客を出迎える。
糞に続き放尿プレイにあり得ない量のゲロ…これまでのチャゼル監督の作品と比べて、下品な描写の多さに驚いた。デートムービーを期待して観にきたカップルはさぞ面喰ったことだろう。

こうした露悪的表現は、映画業界の華やかさと対照的に舞台裏の醜悪で生々しい人間性を強調する。スポットライトを浴び人の心を動かす一方、ドラッグや酒に溺れ乱痴気騒ぎが繰り広げられる。

2022年製作/189分/R15+/アメリカ

『バビロン』で描かれるのは、変わりゆく映画の歴史だ。映画は20年代のハリウッドの【黄金期】から始まる。

20年代のハリウッドの舞台裏は自由奔放。撮影現場では人が当たり前のように負傷し、業界人はドラッグに酔いSMプレイに興じる。そこは人の死ですら軽いタブーのない世界だ。

原始的とも言える映画環境だが、時代が進むにつれ理路整然としていく。その様子はまるで人類の文化史を見ているよう。

野ざらしで行われていた撮影は、巨大なスタジオで管理されるようになり、業界人の乱痴気騒ぎは(表面上では)鳴りを潜める。大衆のモノだった映画は上流階級のインテリ層のモノになっていく、まさに映画業界の近代化だ。

面白いと思ったのは、劇中の露悪表現が映画史の変遷とも重なっていること。黄金期のハリウッドの狂騒っぷりは、規律が出来上がっていく中で失われていった剝き出しの人間性のようにも思える。

ジャックとネリーは変わりゆく時代に取り残された、言わば原始的な時代の遺産的存在だ。
ネリーが上級社会のパーティーの場で盛大にゲロを吐く場面は、理路整然とした映画業界への精一杯の抵抗でもあるし、一見、上品に見えても実は醜悪(セクハラ描写や嫌味など)な映画業界への痛烈な一撃にも思えた。

映画はネリーとジャックの物語だけでなく、業界をしたたかに生きるコラムニストのエリノアや、スターになるものの差別に苦しむシドニー・パーマーの物語が、アンサンブルように語られる。

こうした物語の根底にあるのはチャゼル監督の映画への溢れんばかりの愛。

トーキー時代の狂気とも言える撮影現場。現代の方が明らかに技術も環境も整ってるのに、この時代が最も輝かしく見えるのは、チャゼル監督がこの時代への羨望ともいえる憧れを抱いているからだろう。マジックアワーで撮影での完璧ともいえる瞬間、チャゼルが映画の何に魅力を感じているのか、本作を観れば良く分かる。

それだけじゃない。
映画終盤、劇場でのマニーとネリーのフィルムを通しての邂逅、映画は人生の一瞬の輝きを永遠にフィムルに閉じ込めておけるのだ。チャゼル監督は映画の力を信じているし、映画の魅力をあらん限り伝えようとしてくれる

全編通じて「だから映画は素晴らしい!俺はこれだけ映画が好きなんだ!」という監督の魂の叫びが聞こえてくるようである。

マニーのネリーへの恋心も、私にはチャゼル監督の映画への一途な愛のようにも思える。ネリーは言わば「黄金期の映画」を体現化したような存在で、彼女を一途に愛するマニーはチャゼル監督の自己投影したなのではないだろうか。

この2人の恋の変遷っぷりは『ラ・ラ・ランド』のよう

と、本作は映画好きにとっては、微笑ましく見応えある作品だが不満点もある。それが映画自体の長さだ。

チャゼル監督が映画を愛してるということは良く分かる。
ただ、ウンザリしてるのに推しへの愛を語られているような、そんなオタクあるあるに似た居心地の悪さも感じてしまった。そう感じたのはチャゼル監督の語り方が自分に合わなかったからかもしれない。

本作は前半の乱痴気騒ぎの黄金期が一番盛り上がる。映画業界も登場人物たちも大人しくなっていくにつれ、映画自体の勢いも失速していく。この前半にハイライトを持ってきた構成が長さを感じた理由の1つだと思う。

『ラ・ラ・ランド』も一番の盛り上がりは前半で、そこからはしんみりしたトーンになっていく。本作で『ラ・ラ・ランド』のセルフオマージュみたいな音楽を使ってるのも個人的には合わず…

また、演出も自分にはいささか凡庸に感じた。
シドニー・パーマーの物語は、人種差別があったという当たり前の事実を挙げてるだけで、パーマー自身の苦悩や葛藤を描かれてるようには感じない。

ラストの畳みかける映像も自分には感動を覚えるものではなかった。
映画史の転換となった作品を挙げたという意図は分かるが、チャゼル自身が影響を受けた作品で組んだものを見たかった。

露悪的表現も本来、こういう作風をしない人だからこそ真面目な人が無理してる感がある。こうした演出からはチャゼル監督ならではの作風が感じられない。

都市伝説を映像化したようなパートは面白いものの、トビー・マグワイアの怪演に辿り着く前に集中力が切れてしまった。

トビー・マグワイアが登場するパート自体は面白いんだけどね…

厳しい感想を述べたが、そうした不満点を含めて自分はこの作品が好きだ。

マーゴット・ロビーの体を張った演技が素晴らしいのは言わずもがな、本作で大抜擢されたディエゴ・カルバの時代とともに移り変わる演技に魅了される。キャスト陣は全員素晴らしい演技をしているし、音楽も素晴らしい。

本作はチャゼル監督の映画への強烈で熱烈なラブレターだ。それを受け取った人がどう思うかは人それぞれ。この映画の賛否両論っぷりを見ているとそう思うのだ。

※本作の原案ともなっている作品。現在品切れ中なので、本作を機に再販してほしい…


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