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【その初恋は淡く純粋で恐ろしい】『ぼくのエリ 200歳の少女』感想

最近『ファイアパンチ』、『チェーンソーマン』の藤本タツキ先生が短編漫画を発表し話題になっていたが、その短編の元ネタの一つとして話題になった映画がある。

それが『ぼくのエリ 200歳の少女』という、2008年に製作されたスウェーデンの映画だ。藤本タツキ先生は、創作に関して多くの映画から影響を受けていることを公言しているが、この作品も観ていたということに驚いたし、筆者も大好きな作品だけに嬉しくも感じた。(まさか、この公開から10年以上も経って、ミニシアター向け作品がTwitterのトレンド入りするとは思わなかった)

今回の短編の元ネタに使われたということで興味を持った人もいると思う。今回の記事では『ぼくのエリ 200歳の少女』の内容と、その魅力を紹介していきたい。紹介文の後にはより内容に触れた内容もあるので、鑑賞済みの人も是非読んで欲しい。

『ぼくのエリ 200歳の少女』内容とその魅力の紹介

2008年製作/115分/PG12/スウェーデン
名古屋のゴールド・シルバー劇場で鑑賞したが、チケットを買う際にタイトルを言うのが恥ずかしかったのも懐かしい思い出。

ストックホルムの郊外、12歳の少年オスカーは母親と2人で公営アパートに暮らしていた。オスカーは学校でいじめに遭っており孤独な日々を過ごしていた。そんなある日、隣室に親子が引っ越してくる。隣室の子供はエリと名乗りオスカーと次第に心を通わせていく。その頃、街では奇妙な殺人事件が発生しており…というあらすじ。

ここはネタバレにならないと思うので明かすが、エリの正体は吸血鬼だ。この映画は少年と吸血鬼という「人と異形の者の恋」を描いた物語である。アカデミー賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017)をはじめ、人と異形の者の恋を題材にした創作物は数多くあるが、本作は舞台設定や雰囲気が特に素晴らしい。

物語はオスカーの視点で進むが、その生活は順風満帆とはいえない。学校では同級生達にいじめられ、母親との生活の中でも孤独を感じている(家計も苦しいため、チラシ配りのバイトもしている)家庭と学校、12歳の少年にとってその2つが世界の全てだが、オスカーの居場所はどこにもない。

孤独なオスカーがエリに惹かれたのは必然かもしれない

だからこそ、オスカーにとってエリとの出会いは特別であり救いでもあったのだろう。雪が積もる郊外という舞台設定も含めて、本編は閉じられた小さな世界のお話だ。少年の多くが異性に対してそうであるように、オスカーもエリにそっけなくしたり意地悪しながら、次第に心を通わしていく。

本作をヴァンパイア版『小さな恋のメロディ』(1971)と評した映画レビューがあったが、それも納得。2人の関係は純粋で甘酸っぱさすら感じられる。いじめや離婚した両親とのギスギスした関係など、殺伐とした世界の中でオスカーとエリとの関係だけが癒しでもあり心がくすぐられる。

本作は素晴らしい作品だが、血やいじめシーンがあるので苦手な人は気を付けて欲しい

本作は吸血鬼を題材にしているだけに血や凄惨な暴力描写も多い。オスカーの辛い境遇と合わせて、2人を取り囲む世界が血や暴力にまみれてるからこそ、余計に彼等の淡さと純粋さが際立っているのだ。

本作の監督をつとめたのは、本作の舞台と同じスウェーデン出身のトーマス・アルフレッドソン。淡々した話運びと静謐で美しい映像が特徴的だが、本作でもその作風は遺憾なく発揮されている。この静謐な雰囲気に琥珀に閉じこまれたような2人の世界が本当に素晴らしい。

本作を傑作たらしめてるのは、主演のオスカーを演じたカーレ・ヘーデブラント、エリ役のリーナ・レアンデションのキャスティングも挙げられるだろう。2人の瑞々しい演技に加え、北欧映画らしい暖かく柔らかい色使いや、可愛らしい美術も本作の魅力を引き立たせてる理由の一つだ。

オスカーの容姿含めファッションもツボ。
このざっくりしたセーターも好き。本作の色使いが好み

本作の原作者はスウェーデン出身のヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト。ホラー作家で「スウェーデンのスティーブン・キング」と称されており、日本では、これまでに2作が翻訳されて出版されている。

この映画の原作『MORSE』を読んだ時も思ったが、この作者は古来から創作物で描かれてきた異形の者を現実社会に忠実に落とし込んだような作風が印象的だと感じた。

映画は基本、原作に忠実だが、主人公のオスカーだけでなく、ホーカンやエリの被害者ラッケなど周囲の人物の心情描写などもより詳細に記載されている。映画より殺伐かつ陰鬱としてるのは北欧小説だからだろうか。映画を気に入った人は、是非ともこちらもチェックして欲しい。

という訳で、いかがだっただろうか。もし『さよなら絵梨』を読んで興味を持った人や、この記事を読んで興味を持った方は是非チェックしてみて欲しい。

好き嫌いが分かれる作風だとは思うが、好きな人にとっては特別な一本になるかもしれない。そんな魅力に満ちた作品だ。

【鑑賞方法】

【注意:以下はネタバレに触れています。未見の方はご注意ください】

これより以下は本作で意外に知られてない事や、本作のエンディングに関する考察などをまとめています。内容に深く触れているため、本編を鑑賞後に読むことをお薦めします。

【ぼかしモザイク問題について】

問題になっているのは、オスカーの許可がない状態で家にあがったため、血を流してしまったエリをお風呂場に案内する場面。この時オスカーは脱衣所のエリを覗いてしまうのだが、エリの局部にモザイクが掛かっている映像が映し出される。通常であれば、こちらは女性の局部を隠すためのモザイクだと思うだろう。

だが、これは実は男の子の割礼された跡が映されているらしい。「らしい」というのは、筆者もぼかしがないバージョンを直接確認したことがないからだ。(DVDだけでなく、劇場公開当時からぼかしが入っていたとのこと。すぐに切り替わる場面のため、劇場で鑑賞した際はぼかしを認識する前に変わってしまった)だが、こちらは公開当時から評論家や海外版を見ている人から指摘されている。

男性にとっての割礼とは男性性器の一部とくに陰茎の包皮を切り取ること。つまりエリは吸血鬼であり元は少年である。これは映画オリジナルの改変でもない。

ちなみにオスカーはエリが元少年とは気づいてない。

原作でもオスカーとの会話でエリは「少女」でないことを匂わせているし、エリの数少ない心情描写では自分のことを「ぼく」と称している。(第三者視点では「彼女」と記載されている)
エリという名前も偽名であり、本名はエライアスという男名である。

割礼された原因は明記されてないが、原作ではエリが吸血鬼の領主に吸血鬼にされた際に割礼されたらしいことが伺える。

ただ、この部分は普通に鑑賞していたらまず分からないだろう。筆者も鑑賞後に本作のことを調べて分かった次第だ。邦題が「200歳の少女」と明記されていることも混乱を生む原因の一つだと思う。

今回、本作が話題になったことで鑑賞した人の感想もいくつか拝見したが、やはりこの部分は勘違いされてるようなので、情報共有として挙げておきたい。

【オスカーの未来は?終わりのその先を思う】

本作の終わり方は人によって受け取り方が分かれるだろう。映画はいじめっ子達を惨殺したエリとオスカーが列車で逃避行する場面で終わる。

起きてしまったことは置いといて、本作は一見するとオスカーとエリの純粋な恋心が成就した物語のように見える。少なくともオスカーはそうだろう。だが、実際のところエリはどう思っているのか?そもそも本作は2人の淡い恋物語だったのか?

他の方の感想では、仮にもエリは何百年も生きている存在だけに、年を取ったホーカンに代わる新しい下僕を探しており、オスカーに白羽の矢が立ったのではないかと推測されている。

個人的にはオスカーに対する親愛の気持ちとホーカンの代わりを探すという気持ちと半々だと思う

原作だとエリの心情はほとんど描かれないため、エリがオスカーのことをどう思ってるかは分からない。オスカーとの会話内でエリは年齢こそ経てるが、精神年齢は12歳くらいから変わってないとも言っている。

確かに長くも生きてる割に、エリの言動は随分若いように感じられる。もしエリの言う通り、精神年齢が幼いままならば、エリのオスカーに対する気持ちは純粋なものなのかもしれない。

だた、映画のその後を考えるとオスカーの将来が明るいとは決して言えないだろう。あんな事件を起こした以上、地元には戻れないだろうし、幼いから生きていくのは困難だ。案外すぐに捕まるのかもしれない。それに残された母親や父親の気持ちを考えると何とも苦しい気持ちになる。

上手く生き延びたとしてもオスカーは恐らくホーカンのようになるのだろう。そう考えると、本作は実はバッドエンドなのでは?と思うが、映画を観た皆さんはどう思ったのか?是非とも感想を聞かせて欲しい。

【この作品が好きな人は以下の作品もチェックしてほしい】

『モールス』

『ぼくのエリ 200歳の少女』のハリウッドリメイク作品。監督は『猿の惑星:新世紀(ライジング)』(2014)、『ザ・バットマン』(2022)のマット・リーヴスがつとめている。

エリを演じたのは『キック・アス』(2010)のクロエ・グレース・モレッツ。こちらの映画の雰囲気も好き。本作が好きになった人は両作品を比較して観るのも楽しいかも。

『ボーダー 二つの世界』

本作の原作者、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィストによる短編集の一編を映画化した作品。罪や不安の匂いを嗅ぎとる能力を持つ女性ティーナが、不思議な男性と出会ったことで、思いもがけない体験をすることになる。監督は、イラン出身のアリ・アッバシ。

『ぼくのエリ』とは雰囲気はだいぶ異なるが、題材などは通じるものがある。本作を未見の人はできるだけ内容を知らずに観ることをお薦めしたい。
カンヌ国際映画祭のある視点部門受賞も納得の作品だ。

『裏切りのサーカス』

本作の監督、トーマス・アルフレッドソンが『ぼくのエリ』の次に監督をつとめた作品。イギリスの諜報機関サーカスを舞台に二重スパイを探し出す指令を受けた男の攻防を描いた作品。

主役のゲイリー・オールドマンをはじめ、ベネディクト・カンバーバッチ、コリン・ファース、トム・ハーディと名だたる名優達の共演だけでも一見の価値ありといえるだろう。

『ぼくのエリ』と同じく静謐な雰囲気と映像美が気に入った人は本作も是非お薦めしたい。ラストシーンは何度も繰り返して観るくらい好きな作品だ。

『サイコ・ゴアマン』

今回、本作を短編の元ネタにした藤本タツキ先生が絶賛していた作品。太古の昔に封じ込められた残虐宇宙人を復活させてしまった兄弟と宇宙人を意のままに操れる宝石を手にした少女が巻き起こす騒動を描いた作品。

本作を比較して思ったが、藤本タツキ先生は、関わる人の人生を滅茶苦茶にするくらいの女性(もしくはそれと同等の存在)が本当に好きなんだろうな。

以前、『サイコ・ゴアマン』を紹介した記事もあるので良かったら読んで欲しい。


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